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【中編戯曲】熊は熊であり、熊として熊である。

熊は熊であり、熊として熊である。

登場人物
 熊   (佐藤)    男
 学級委員(学級・山本) 男
 飼育委員(飼育・藤野) 女
 保健委員(保健・井上) 女
 
 生徒たち

 
開演。客電が消え、観客の話し声が徐々に静かになっていくにつれて、客席で話をしていた高校の制服を着た女子生徒たちの話し声が浮き上がってくる。

生徒1 熊出るんだって。
生徒2 熊?
生徒1 熊、熊。
生徒3 熊って熊?
生徒1 熊。
生徒2 やばくない?
生徒3 出るの? 熊。
生徒1 学校に熊出るとかやばくない?
生徒2 やばいやばい。
生徒3 出るの? 熊。
生徒1 熊とかマジでないわ。
生徒2 嘘でしょ?
生徒1 嘘じゃないし。中学一緒だった山ピーが見たって。
生徒3 熊出るとかヤバイって。
生徒1 やばいやばい。

舞台上にかわいらしい熊のお面をつけた男(以下、熊)がやってくる。

生徒2 なにあれ?
生徒3 なに?
生徒1 熊だ。
生徒2 熊?
生徒3 熊なの?
生徒1 熊、熊。

そして威嚇のポーズ。

熊 がおー。
生徒2 がおーって言ったよ?
生徒1 熊だ熊。
生徒3 熊なの?
生徒1 熊だよ熊。
生徒2 熊じゃなくても、がおーって言うよ。
生徒3 そうか、熊じゃなくてもがおーって言うよね。
生徒1 でも熊だって。
生徒2 熊かなぁ?
生徒3 熊じゃないでしょ。
生徒1 熊じゃないのかなぁ?

熊 熊です。

生徒1 熊って言ったよ。
生徒2 ホントだ。熊だって。
生徒3 熊なのかな。じゃあ。
生徒2 聞いてみたら?
生徒1 聞くって?
生徒2 直接聞いてみようよ? 熊ですか?って。
生徒3 熊ですかって?
生徒2 そうそう。
生徒1 聞いてみようか。
生徒3 うんうん。
生徒2 せーのっ。
生徒達 熊ですかー?

熊 熊ですよ。

生徒1 熊だった。
生徒2 熊だったよ!
生徒3 熊が出たぁ!

客席に居た生徒たち、逃げ去る。
ほうきを持った女(飼育)がやってくる。

飼育 誰?
熊 がおー。
飼育 がおーって言った。熊かな?
熊 がおー。
飼育 がおーって言う人の可能性もあるもんね。がおーっていいたい時もあるもんね。だって私達は高校生。がおーっていいたい日もある。だから熊じゃなくて、がおーっていいたい子なんだ。だよね?
熊 熊です。
飼育 熊だった。
熊 熊でした。
飼育 熊ですか。
熊 がおー。
飼育 困ったなぁ。

飼育、ほうきで熊を牽制している。
黒縁メガネを書けたきっちりと学生服を着て偉そうな男(学級)がやってくる。

学級 どうしたの?
飼育 いい所に学級委員が来た。
学級 そうですよ。学級委員ですよ。
飼育 学級委員はクラスの代表よね。
学級 そう、クラスの代表。それが学級委員。
飼育 困ったことがあったらまずは、
学級 学級委員がささっと解決。
飼育 じゃあ、よろしくお願いします。
学級 おやおやトラブル困っちゃうなぁ。なになに、なんなの? 宿題忘れた? 遅刻でもした?
飼育 熊。
学級 くま?
飼育 そう。熊。
学級 熊。
飼育 そう、熊。
学級 熊ねぇ。
飼育 熊なの。
学級 どいういうこと?
飼育 ほら熊がいる。
学級 熊なの? 熊じゃないんじゃない?
飼育 熊だって熊。ね? ほら、がおーって言って。
熊 がおー。
飼育 ほら、がおーって言った。
学級 がおーって言ったね。
飼育 ほら熊。
学級 熊かなぁ? 熊を気取ったやつなんじゃないの? ほら、高校生って熊気取りな時があるでしょ?
飼育 熊気取り? そうなの?
学級 そう。熊な気分の時もあるよ。ああ、熊だなぁ。今日は熊だ。熊だわぁ。っていう日。
飼育 そうなの? でも、熊だって言ってるし。
学級 言ってるの?
飼育 うん。熊ですよね?
熊 熊です。
飼育 ね?
学級 熊かぁ。
飼育 熊よ。熊。
学級 熊気取りなだけじゃないかなぁ。ねぇ、本当は熊じゃないですよね?
熊 熊です。
飼育 ほらぁ。
学級 どうしても熊なのですか?
熊 どうしても熊です。
飼育 だから、最初からそう言ってるでしょ。
学級 それはくまったなぁ。くまったくまった。
飼育 もうっ。

飼育、ほうきで学級委員をばしばし叩く。

飼育 なんとかしてよっ、学級委員!
学級 いやぁ、熊とかどうしたらいいんだよ。死んだふりする?
飼育 テレビでそんなの意味ないって言ってたよ。
学級 もうイタイから叩くのヤメテ。
飼育 じゃあなんとかしてよ。
学級 いやぁ、そんなのどうしたらいいんだよ。
飼育 どうしたらってあんた学級委員でしょ。
学級 それこそ飼育委員の仕事だろ。誰、飼育委員。
飼育 私。
学級 じゃ、よろしく。
飼育 ちょっとちょっと。かわいいウサギちゃんや、できてもヤギまでだって。熊はほら、熊だから。
学級 全部あわせて生き物だろ。熊だって生きている。ぼくらはみんな生きている。
飼育 それをいうなら学級の問題全部の責任をもってあたるのが学級委員でしょ。
学級 いやほら、ボクは他にやることたくさんあるから。掃除とか掃除とか掃除とか。
飼育 あんたいつも掃除サボってるじゃない。
学級 忙しいんだよ。掃除なんて清掃委員がやりゃいいんだ。
飼育 うわっ最悪。
学級 そうだ日直だ。今日起きた問題は日直の責任だ。
飼育 そうね。さすが賢いわ。
学級 ふふん。ボクは学級委員ですよ。
飼育 で、今日の日直は?
学級 あっ、
飼育 あって言った。
学級 ちょっとボクは学級会議がありますので。
飼育 ちょっと待った。
学級 ああ、忙しいなぁ。
飼育 今日の日直は、

学級、そそくさと逃げようとするが、飼育に首根っこをおさえられる。

学級 ああ、
飼育 おまえだぁ。
学級 あぁ。なんてこった。
飼育 さぁさぁさぁ。
学級 待って待って待って。
飼育 さぁさぁさぁ。
学級 やめろ。ほうきでつつかないで。
飼育 じゃあ叩く。
学級 イタイイタイイタイ。わかったわかったから。
飼育 さぁ、なんとかしてよ。
学級 なんとかって、どうしたらいいんだよ。
飼育 どうしたらって、どうにかよ。
学級 だから、どうにかってどうしたらいいんだよ。
飼育 どうにかって、なんとかよ。
学級 なんとかって、なんだよ。
飼育 なんだって……えい、ごちゃごちゃとうるさい。観念しろい。
学級 ひぃ。

飼育、ほうきを学級につきつける。
学級、じりじりと熊に近づいていく。

学級 くまさん、くまさん。どうしたの?
熊 ……。
学級 くーまさん、くーまさん。どうしったの?
熊 ……。
学級 なんだ、おとなしくてかわいい熊じゃないか。ふふふ。こんなのを怖がるなんて、ビビリだなぁ。
熊 がおー!
学級 ひぃい!

気軽に近づこうとした学級に熊が威嚇する。
学級、驚いて腰を抜かし、なんとか這って離れる。

学級 いたたた。腰が腰が。
飼育 た、大変。
学級 保健委員! 保健委員はいないのか!
飼育 助けてくださーい。

保健委員登場。

保健 呼びました?
学級 た、助けて。
保健 どうしたの?
飼育 熊よ、熊が出たの。
保健 熊?
熊 ……。

熊、急におとなしくなっている。

保健 佐藤君?
熊 どうも。
飼育 佐藤君?
保健 同じクラスの佐藤君でしょ?
飼育 え、佐藤君?
保健 佐藤君でしょ?
熊 佐藤です。

熊、おめんを取る。

学級 なんだ、お前佐藤じゃないか。
熊 佐藤です。
飼育 そうだ佐藤だ。

学級、立ち上がって再び偉そうになる。

学級 なんだ、佐藤かよ。熊じゃないじゃないか。
熊 佐藤ですけど、熊です。
学級 え?
熊 がおー!
学級 おおっ。

熊、学級に襲いかかろうとする。
学級、慌てて逃げて再び腰砕けになる。

学級 いたたたた。
保健 大丈夫?
学級 腰が腰が。
保健 まあ、大変。
飼育 ちょっとどういうことよ。
熊 すいません。
学級 保健委員さん、腰がいたい。
保健 まあ、かわいそう。

保健、学級の腰をさする。

学級 直った。さすが保健係。
保健 よかった。
熊 がおー。
学級 ひぃ。
飼育 ちょっと佐藤君。なんで熊のフリなんかしてるのよ。びっくりするじゃない。
保健 どうしたの? 佐藤君。
熊 すいません。
学級 そうだ。お前は佐藤であって、熊じゃないんだ。
熊 ガオー。
学級 お前は佐藤だ、熊気取りの佐藤だ。
保健 そうなの?
熊 違う! ボクは佐藤ですが、熊だったのです。熊であり、熊として、熊である。純然たる熊の佐藤であって、佐藤が熊なんだ。ガオーーーー!
学級 ひぃいい。なんてやつだ。
飼育 佐藤君、頭おかしくなっちゃったの?
保健 そんなこと言っちゃダメでしょ。違うよね。
熊 ええ、違います。ボクはただ熊だったのです。なぜボクが熊なのかはわかりません。けど、悲しいことに熊だったのです。ボクが熊であることは、太陽が太陽でありつづけることと同じように、変わらぬ事実なのです。ボクはそれを受け入れ、自分が熊であるという熊としての熊を受け入れている熊なのです。
学級 熊熊熊熊、意味が分からない。
飼育 あんた頭いいんでしょ。
学級 わかるかよ。
保健 佐藤君、かわいそう。
飼育 かわいそう?
保健 佐藤君が熊だったなんて。
熊 ありがとう。
保健 どうしても熊なの?
熊 ええ、どうしても熊だったのです。そりゃ、熊でなければどんなによかったろうかと思いました。なぜ自分が熊であるのか? そう思っても仕方がないのです。熊は熊なんですから。
飼育 そんなの隠してればいいんじゃない。だって昨日まで佐藤君だったじゃない。
熊 ええ、ご迷惑をおかけしますが。ボクは佐藤と言う名の熊だったのです。
学級 熊が喋るか。
保健 熊だって喋ってもいいと思うけど。
熊 ええ、喋る熊なんです。
飼育 なるほど。
学級 喋る熊なら喋るなぁ。
保健 すごいね。熊なのに。
熊 ええ、我、熊ゆえに、熊なのです。
学級 くそう。賢そうな言葉をつかいやがって。
飼育 賢い熊ね、イロイロ使えそうね。
学級 なんて悪い顔をしてるんだ。
飼育 ペットっていうのはね、人間の役に立つからペットなのよ。
熊 ガオー!
飼育 脅すなんて悪い熊ね。しつけてやらないと。
熊 ガオー!
飼育 ふん。佐藤君なら怖くなんてないんだから。
学級 なんて強いんだ。かっこいい。
飼育 私は飼育委員なのよ。
熊 ガオー!
飼育 こら、むやみに威嚇しちゃダメでしょ。熊鍋にするわよ。
保健 まあ、
学級 それはダメだろ。
保健 おいしそう。
学級 ええっ、
飼育 おいしく頂くぞ。
熊 すいませんでした。
飼育 いくら熊が危険だっていったって、人間様には勝てないんだ。弱肉強食の頂点に立つ人間様にとっては、熊なんかおいしい鍋用のお肉。
保健 でも動物園の熊はかわいいわ。
飼育 そう、観賞用としてもよし。
保健 熊の胆嚢はお薬にもなるわ。
飼育 そう、薬用としてもよし。
保健 熊のお人形はとってもかわゆい。
飼育 そう、マスコットキャラとしてもよし。
学級 熊って役に立つんだなぁ。
飼育 そう。熊っていいんです。
熊 ありがとう。
飼育 というわけで、こんな素敵な熊を、手放すのはもったいない。というか、生き物係として私の管理下において、運用させていただきます。
学級 すばらしい!
飼育 まずはそうね、観賞用として鑑賞料をせしめて、ゆるキャラとしてグッズも展開。その後は芸を仕込んでショーを開催しましょう。私たちのクラスは熊のいる教室として全国に広くアピールするのよ。
学級 すばらしい!
飼育 さあ、忙しくなるわ。学級委員!
学級 は、はい!
飼育 さっそく宣伝よ。放送委員、放送委員はいないの!?
学級 ボクじゃありません。
保健 私でもないわ。
飼育 放送委員は私でした。飼育委員兼放送委員でした。さあ、そうとなったら、さっそくプロモーションビデオを撮ってユーチューブに流さないと。カメラ、カメラを持ってきて。日直。
学級 …あ、ぼくか。
飼育 さあ、さっさとカメラを持ってくる。
学級 はい。
飼育 文化委員はどこ。音楽を流して。
保健 あ、私です。
飼育 なんなの、一人何個も委員を兼任してるのね。
保健 少子化社会ですもの。
飼育 さあ、アッパーな曲をかけて、明かりも凝ってね。カメラはまだなの!
学級 はい。

学級、カメラを飼育に渡す。

飼育 さあ、佐藤君、めいいっぱいポーズを決めて!
熊 がおー!

パーティーソングが大音量で流れる。
(キャリーパミュパミュみたいなの)
飼育の声にあわせて、熊に色々なカラーの照明がスポットであたる。

飼育 もっと怖く!
熊 がおー!

飼育 もっとかわいく。
熊 がおん♪

飼育 もっと偉そうに。
熊 がおん。

飼育 もっと楽しそうに。
熊 がおっ。

飼育 もっとセクシーに!
熊 がおぅん…。

飼育 もっともっとセクシーに!
熊 がおぅおぅん。

飼育 もっとー!
熊 がおぅんがぉうんぅん。

飼育 もっとぉおおお!
熊 がうんっ。

かなりむりなポーズをとりつづけた結果、熊が倒れる。
暗転。


客席の明かりがつくと、熊がつけていたお面のプリントがはいったTシャツを着た生徒がやってくる。(最初の声の生徒と同じ)

生徒1 ここに熊がいるんだって。
生徒2 どこどこどこ?
生徒3 いなくない?
生徒1 超かわいいんですけど。
生徒2 見ちゃうよねぇ。熊、見ちゃうよねぇ。
生徒3 もうマジくまるー。
生徒1・2 くまるー。

飼育が、やはり熊のお面プリントTシャツを着て、熊グッズの入った箱を持ってやってくる。

飼育 熊ティー熊ストラップー熊タオルはいかがですか? ただ今、新製品の熊飴も発売しております。熊鑑賞のお供にぜひお買い求めくださいっ。また、熊鑑賞会入場チケットもこちらで格安で販売しております。ぜひお声をおかけください。
生徒1 入場チケットだって。
生徒2 熊ストラップ欲しい。
生徒3 すいません。入場チケットっていくらですか?
飼育 まいどまいど、お一人500円です。
生徒3 高いなぁ。
生徒2 高いよぉ。
飼育 高い? なにをおっしゃる。喋る熊はここでしか見れないのです。世にも珍しい喋る熊。この世に熊は数あれど、喋る熊はここだけだ。見たくねえってんなら帰ってくんねぇ。
生徒1 どうする?
生徒2 どうしよっか。
生徒3 もうちょっと安くならない?
飼育 しかたないなぁ。3人さん、かわいい(かっこいい)から、特別に3人1000円でいいよ。
生徒1 それは安い。
生徒2 どうする?
生徒3 お願いします。
飼育 はい、お買い上げありがとうございます。おまけに熊ストラップあげちゃう。
生徒2 ラッキー。
飼育 さぁ、ではごらんいれましょう。余にも珍しい喋る熊。どうぞ。

舞台に明かりが入ると、中央に檻が置かれており、その真ん中で熊が寝転がっている。

生徒1 熊だ!
生徒3 かわいいー。
生徒2 くまるー。
生徒1・3 くまるー。

熊、ちらりとだけ生徒達のほうを見るが、まったく動く気配がない。

生徒3 なんか動かないんだけど。
生徒2 喋んないし。
飼育 おい、佐藤! お前、サービスしろっ。
熊 ……。
生徒1 なんかくまくなーい。
生徒2・3 くまくなーい。
飼育 佐藤! なんとか言えよ。
熊 …。
飼育 ほら、ガオーでも、なんでもいいから言え。
熊 …。
飼育 いえよ、おい!
熊 ガ。
飼育 そう、ガオーだ。
熊 ガ。
飼育 いいぞ。
熊 ガ。
飼育 うん。
熊 ガンダム。
飼育 なんでガンダム!
生徒2 ガンダムって言った。
生徒1 ガンダムなのあれ?
生徒3 違うでしょ。ガンダムじゃないって。さすがに。
飼育 いやすいません。ちょっとお腹すいてて機嫌悪いのかな。ほら肉やるぞ肉。
熊 ……。
飼育 お前熊なんだろ。喋ってくれよ。熊ですって。
熊 く。
飼育 そう、熊だよな。
熊 く。
飼育 いいぞいいぞ。
熊 くま。
飼育 熊って言いましたよ! 熊って。
熊 くまぜみ。
飼育 シャアシャアシャアシャア。ああ夏だなぁって。それはセミのやつ!
生徒3 セミだって。
生徒1 セミなの?
生徒2 つうか、あれ人間じゃない?
生徒3 だよねぇ。普通に人間じゃない?
飼育 いや、熊なんですよ。
生徒2 詐欺じゃない。
生徒3 なにそれー。がっかり。
生徒2 普通に佐藤って言ってたし。
飼育 いやそれは、
生徒1 お金返してよ。
飼育 いや、本当に喋る熊なんですって。
生徒2 慰謝料として熊ストラップはもらっていきます。
飼育 そ、そんなぁ。
生徒3 みなさん、これは詐欺ですよー!
飼育 ちょっと待って。

生徒達、飼育からお金と熊ストラップを奪って去っていく。

飼育 ひ、ひどいぃ~。

飼育、泣く泣く去っていく。

舞台に保健が熊の餌をもってやってくる。

保健 おまたせ。ご飯ですよ。
熊 ……。
保健 ごめんね。遅くなって。なんか外すごい騒ぎで、みんなてんやわんや。なんかみんな怒ってるみたいなの。
熊 ……。
保健 どうしたの? ぜんぜんご飯食べないけど。
熊 ……。
保健 お肉嫌だった? 魚の方がよかった?
熊 ……そういうわけじゃないんです。
保健 じゃあなに?
熊 すいません。
保健 なんで謝るの?
熊 自分が熊だったばかりに。
保健 何を今更、どうしたの?
熊 ボクは熊ですか?
保健 佐藤くんは熊なんでしょう?
熊 ええ、ボクは熊であると思います。
保健 だからどうしたの?
熊 違うんです。熊であるのはボクなのに、まわりにボクが熊であることを押し付けているのでないか、そう感じているのです。
保健 なんで? しかたないじゃない。佐藤君は熊なんでしょ?
熊 しかしそれはボクが熊だからです。他の人間からしたら、ボクは熊ではなかったのではないか? なのにそれをむりやり熊だと押し付けてしまった。その結果、こんなことになってしまった。ボクは本当に熊なのか? 熊だということを押し付ける熊なのかもしれない。それは本当に熊なのか? 純然たる熊はそんなことをせずとも熊なのではないのか? 我考えるゆえに熊ではないかもしれないのです。

間。

保健 むずい。
熊 すいません。
保健 佐藤くんが熊かどうかはわかんないけど。佐藤くんは佐藤くんでいいと思うんだけど。
熊 なぜですか?
保健 だって、熊の佐藤くんだって、佐藤くんが熊だって、一緒でしょ? 佐藤くんは佐藤君なんだし。別の熊でも人でも佐藤くんじゃないし、佐藤くんも別の人でも熊でもないんだから。
熊 ありがとう。
保健 ほら、食べて。
熊 ええ。

学級委員が駆け込んでくる。

学級 大変だ。体育委員と風紀委員が暴徒化したお客さんに倒されちゃったわ。
保健 それは大変。手当てしにいかなきゃ。
学級 ああ、あいたたたた。
保健 どうしたの?
学級 なんか人権と動物愛護を叫ぶ図書委員に、本の角で殴られたんだ。
保健 まあ、大変。それはすごく痛い。
学級 そう、すんごく痛い。
保健 手当てしなくちゃ。
学級 そうそう。手当てして。
保健 どこが痛いの?
学級 全部全部。
保健 まあ大変。
学級 痛いの痛いのとんでけやって。
保健 ええっ、それは。
学級 学級委員のお願い。
保健 お願いでも。
学級 じゃあ、学級委員からの命令。
保健 め、命令じゃあ。
学級 ほら、いたいのいたいの。
保健 い、いたいのいたいの。
学級 とんでけーって。
保健 とんで……。
熊 がおー!
学級 びっくりした。なんだ佐藤いたのかよ。
熊 がおー!
学級 ちっ、ごろごろしてるだけのやつが、邪魔しやがって。
保健 そんなこといっちゃだめだよ。
学級 大体こんなことになったのはこいつのせいだろ。俺たちもうすぐ受験だぜ? それがこんな騒ぎになっちまって。やってらんねえよ。せっかく学級委員になって内申点かせごうってのに。こう問題おこされちゃ、逆効果だってんだよ。
保健 そんなことないって。
学級 なんでこんなやつのために、俺たちが迷惑しなきゃなんないんだ。
保健 そんなこといっちゃだめだって。
学級 なんでだよ。
保健 佐藤君も熊になりたくてなったんじゃないんだから。
学級 なんだよ。じゃあわざとじゃなかったらなにやってもいいっていうのかよ。みんなだって人間になりたくって人間になったわけじゃないだろ。でもみんな人間やってるんだよ。熊だからって迷惑かけていいっていうのはおかしいだろ?
保健 それはそうだけど。
熊 がおー。
学級 がおーだって。ぜんぜん怖くないや。
熊 ……。
学級 ほれほれ。熊の分際で人間様になにかできるんならやってみなってんだ。

学級、檻に近づいて熊を挑発する。
熊がのっそり近づいてきて、学級の服を掴もうとした。

熊 がおぉ!
学級 ひぃ。な、なんだよ。こいつ、アブねえよ。こんな熊、警察に突き出しちまえばいいんだ。
保健 ダメ。
学級 なんでだよ。
保健 熊だけど佐藤君だもん。
学級 なんだよ。保健委員、もしかして佐藤のこと好きなのか?
保健 え、それは。
学級 あ、マジで?
保健 そういうわけじゃ。
学級 じゃあ、なんでこいつばっかりかばうんだよ。
保健 かわいそうだし。
学級 はは。かわいそうだって。おい、聴いたか? お前はかわいそうなんだよ。かわいそうな熊の佐藤君。なんか言ったらどうなんですか?
熊 ……。
学級 おいおい。だんまりか? いいよなぁ。熊は。試験も学校もないってかい。
保健 もうやめてよ。お願い。
学級 どいつもこいつも熊熊熊。なんなんだよ。学級委員はこのオレなんだ。なんでこいつばっかりなんだ。おかしいだろ。
保健 どうしたの。変だよ。
学級 変? オレが変? オレが変なわけがあるわけがない。俺がいつだって正しいんだ。こいつは熊なんかじゃない佐藤なんだ。熊のフリをした佐藤なんだ。おい佐藤こら、なんかいってみろ。
保健 危ないから。
学級 分かった。保健委員は変なやつが好きなんだな。こいつが熊だから好きなんだ。
保健 違うから。ね? 落ち着いて。
学級 落ち着いてるから。分かった。俺も正直に話そう。
保健 正直に?
学級 みんなには黙っていたんだけど。実はオレは正体を隠していたんだ。
保健 な、なに?
学級 オレは、

カメラを持った飼育がやってくる。

飼育 なに騒いでるの?
学級 オレは、宇宙人だったんだ!!
飼育 え?
保健 宇宙人?
学級 そう、オレは実は宇宙人だったのです。
飼育 マジ?
学級 マジ。
保健 嘘でしょ?
学級 宇宙人でした。
飼育 とってもよろしいですか?
学級 どうぞ。
飼育 すごい。

飼育、写真を撮る。

飼育 ちなみに、宇宙人は生き物になるのかな?
学級 わたくし、生きていますので、生き物と捕らえていただいてもかまわないでしょう。
保健 そうなんだ。
飼育 じゃあ、私の仕事だ。
学級 ええ、飼育委員の仕事かもしれません。
飼育 違う。
学級 違う?
飼育 あるときは生き物に優しい飼育委員。あるときはメディアの最先端をつかさどる放送委員。その実態は!
学級 え、なに?
飼育 科学特捜委員だったのです。
学級 科学特捜捜委員?
飼育 そう。学校におきる不思議な現象を調べる秘密裏に結成された委員会なのです。
学級 なにそれ。
飼育 学校の七不思議や、幽霊事件などを解決したのは私なのです。
学級 へぇー。
飼育 さ、宇宙人さん。いきましょう。
学級 行くってどこに。
飼育 理科室。
学級 理科室?
飼育 ええ。ちょっと身体を調べたいなって。
学級 いやいやいや、もしかして解剖しようとしてない?
飼育 ん?
学級 絶対そうだろ。
飼育 さ、行くよ!
学級 いやだ。嘘です。嘘でしたから。
飼育 嘘発見器もあるからねー。行きましょうね~。

学級、飼育に無理やり引っ張られて退場。

保健 なんかすごいことになったね。
熊 ……。
保健 ごめんね。みんなびっくりしてどうしていいか分からないだけだと思うの。本当はね、みんなとってもいい人なの。知ってるよね?
熊 ひとつお願いがあります。
保健 なに?
熊 この檻を開けてもらえませんか?
保健 え、檻を?
熊 大丈夫です。誰も襲いはしません。ただもう帰ろうと思うのです。
保健 帰る? どこに?
熊 少なくともここはボクのいる場所ではないんでしょう。熊は熊がいる場所があると思うのです。
保健 それはどこ?
熊 わからない。ここじゃないどこか。
保健 そんな場所ないかもよ。
熊 でもいかないといけない。
保健 ここにいたらいいじゃない。ちゃんと私が面倒見るから。みんな佐藤君のこと好きになってくれるから。
熊 それでも行こうと思うんです。
保健 どうしても?
熊 ボクは熊なのです。
保健 私、本当は佐藤君のこと好きなの。
熊 ……。
保健 熊だからじゃない。ずっと昔から好きなの。それが熊だったとしても、佐藤君は佐藤君でしょ。私、佐藤君が好きなの。
熊 ありがとう。
保健 ね、ここにいて。
熊 ボクもあなたが好きです。
保健 ほんと?
熊 でもごめんなさい。
保健 そんな。
熊 ボクは熊なんです。好きだけど、それ以上に人間を怖いと思ってしまうのです。下手をすれば、おいしいと思ってしまう日がくるかもしれない。ボクは熊なんです。
保健 どうしても?

熊、くまのお面をつける。

熊 ボクは、熊、です。
保健 ……。
熊 お願いします。この檻を開けてください。

保健が檻をあける。
勇壮な音楽が流れてくる。(例えば「ボレロ」のような)
熊がゆっくりと、観客席に降りて来る。

熊 さあ、熊が通りますよ。お気をつけください。熊がみなさんの前を通り抜けます。皆さんが人間であるのと同じようにボクは熊であるのです。まるで人間と疑ったことがないように、私も熊であることを疑ったことがないのです。

生徒達が観客席入り口を開けて入ってくる。

生徒1 自分を熊なんて変だ。
熊 熊は熊であり、熊として熊なのです。ボクはみなさんが人間であるのと同じように、熊なのです。そして、それは熊であるがゆえ、ボクは熊として生きると言うことなのです。
生徒2 人間なのに熊だなんて変だ。
熊 なぜみなさんはボクは熊ではないと言えるのでしょうか? ボクは熊であるのに、熊でないことなどあるのでしょうか? ボクを熊でないということは、それはみなさんが自分自身を人間ではないかもしれないと言うことなのではないでしょうか?
生徒3 熊だ、熊が来る!
熊 さあ、熊が通りますよ。道を明けてください。そして避けるのです。熊は人間ではないのです。人間を襲う事だってあるんです。飼いならされた熊もいれば、人間を襲う熊だっているのです。ご注意ください。死んだフリなんて意味がありません。熊を見れば一目散に逃げるべきなのです。さあ次のセリフが熊であるボクからみなさんに言うことができる唯一の、そして最後の台詞です。
保健 佐藤君!
熊 がおー!

熊、観客入り口へ去る。

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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