見出し画像

【中編戯曲】御成愛式目

御成愛式目

登場人物
 おゆり 16歳
 与吉  16歳
 吉村 エリ  16歳
古瀬 翔(ふるせ しょう)16歳/巨勢 新造(こせ しんぞう) 

時と場所
 江戸時代、元号でいうと寛文10年(西暦1671年)頃の農村。
 夏頃の、河川敷と、与吉の家。


夜更けの河川敷。
男(与吉)が立っている。
小走りで、女(おゆり)がやってくる。

与吉 (おゆりに気づく)
おゆり 遅くなって、ごめんなさい。
与吉 いや、かまんよ。わりな、呼び出したりしてよぉ。
おゆり ううん。あの、私…、
与吉 ゆり…おゆりさん、おめでとぉ。
おゆり よきっちゃん……
与吉 わいみてぇな、水百姓の子がよぉ、偉そうにいうのもな、なんかやけどよぉ、めでてえわなぁ、村一同お祭り騒ぎよぉ。
おゆり そう。
与吉 川村のじっちゃかてよぉ、びっくらこいてひっくりかえってよぉ、そこん肥溜め落ちちゃあったわ。
おゆり ふふふ。大丈夫だったの?
与吉 おう。じっちゃはいつもんことよ。
おゆり ……私。
与吉 ワイも嬉しい。うん、嬉しよぉ。
おゆり そ、そう……。
与吉 コンマイころからよぉ。こん村で育ってよぉ、まあ悪さもしたけどよぉ、許しちゃってや。
おゆり 本当よ。いつもいじわるするんだから。
与吉 まあ、それもええ思い出やして。
おゆり そうね。
与吉 ワイもよぉ、丈夫な嫁もらってよぉ、たんと子供作ってよぉ。幸せになんだぁ。
おゆり そう。
与吉 な?
おゆり そうね。大丈夫よ。よきっちゃんなら。
与吉 おうよぉ。
おゆり 明日、行くの。
与吉 ほうかぁ。
おゆり ……。
与吉 明日は、明日はよぉ、畑行かねえとよよぉ。いかねえから、行けねえけどよぉ。
おゆり ……。
与吉 わりぃな。
おゆり ううん、しかたないよね。
与吉 うん……おめでとう……。ワイ、行くわぁ。
おゆり ……ごめんね。
与吉 おう。じゃあな。
おゆり あ、あの!
与吉 な、なん?
おゆり こ、これ……。

おゆり、髪飾りを差し出す。

おゆり これ……受け取って。
与吉 いや、
おゆり お願い。
与吉 ……。
おゆり ……。
与吉 いらねえよぉ。ワイ、こんなん使わねぇ。
おゆり …そう。
与吉 いらねえよぉ。
おゆり そうだよね。ごめん。
与吉 ……じゃあな。
おゆり さよなら。
与吉 ……じゃあ。

与吉、振り切るように走りだそうとした時、

エリ ちょーーーっとまった~~~!

驚いて立ち止まる与吉。
ふらりと現代風のギャルファッションを来た女(以下:エリ)が現れる。

エリ あんた~、なんでそこ受け取らないのよ。
与吉 あん?
エリ 思いよ、あれは! 女の思い。あなたに覚えてて欲しいっていう! そういうやつでしょ。なんで受け取らないのよ!
与吉 え? いや、す、すいません。
エリ ほら、受け取る! あなたも渡す!
おゆり あ、は、はい。

二人、困惑しながら、髪飾りを受け渡す。

おゆり あ、どうぞ。
与吉 あ、どうも。
エリ うんうん。

間。
エリ、与吉に詰め寄る。

エリ ちょっと~。
与吉 は、はい?
エリ ちょっとちょっと。
与吉 え? え?
エリ なんかないの! 気の利いたの。
与吉 え? き、気の利いたん?
エリ そうそうそうそう。
与吉 い、いや~~。
エリ ダメ、本当ダメ。マジでダメ。
与吉 あ、すいません。
エリ ここはさぁ、これを君だと思って、大事にするよとかそういうの。
与吉 あ、はい。
エリ はいじゃなくて。はい、言って。
与吉 君を、あ、えっと君だと思って大事にするよ。
エリ そのままじゃん!
与吉 ええ?
エリ まあ、いいけど。
与吉 あ、すいません。
エリ うん。

間。
エリ、おゆりに詰め寄る。

エリ で? 
おゆり え?
エリ からの~~?
おゆり い、いや~。
エリ いやっ、なんか言わないと!
おゆり あ、いや、あ、どうも、ありがとう。
エリ ありがとう? なんで。
おゆり あ、すいません。
エリ もう、なんなのよ~。そこは違うじゃん。どうしてほしいのさ~、言ってよ~。
おゆり あ、いや。その。
エリ だいたいさぁ、なんなのこれ? もう、信じられないんですけど。っていうか、ここなんなんの? 日光江戸村? 太秦?

与吉が、後ろからエリをはがいじめにする。

与吉 ゆりちゃん! 逃げろ!
おゆり よきっちゃん!
与吉 行け! いいから!
おゆり で、でも!
エリ ちょっ離せよ! なにしてんだよ!
おゆり よきっちゃん!
与吉 こ、これ。

与吉、なんとか片方の手で、カンザシを取り出す。

おゆり え?
与吉 こんなもん、いらないかもだけど。
おゆり 私に?
与吉 うん。
おゆり ありがとう。
与吉 安物だけど。
おゆり ううん。嬉しい。
与吉 ゆきちゃん。幸せになれよ。
おゆり ありがとう……ごめん!
与吉 じゃああなああ!

おゆり、去る。

与吉 ああ……。

与吉、手を離し、落ち込み座り込む。
エリ、落ち込む与吉の肩を叩く。

与吉 あん?
エリ グッジョブ!
与吉 んだよ、おめー。
エリ よかったよー、やればできんじゃん。
与吉 なんだよ。おめえよ。誰なんだよ。
エリ え? いや、道に迷っちゃってさぁ。そしたらさぁ、とんだラブトラブルやってんじゃん。もうキャーキャーもんよ?
与吉 おめえ、座敷わらしか?
エリ ザ・しきわらし? なにそれ?
与吉 はぁ。おまんのせえで、わやくちゃよ。
エリ はぁ? マジ信じられない。あたしのオカゲで、いい感じになったんでしょうがっ!
与吉 いいよ、もう。
エリ いやいや。あんた、どうすんのよ。
与吉 どんすんのって、なにが。
エリ この後さ、
与吉 あ? この後って?
エリ 明日、離れ離れになっちゃてる系でしょ?
与吉 ああ。
エリ で?
与吉 あ?
エリ からの~?
与吉 なんだよ。
エリ いや、そこはあんた。
与吉 もう、ほっといてくれよ。
エリ からの~~?
与吉 なんよ、そん、からのーってよ。
エリ いや、そこは奪わないと。
与吉 奪う?
エリ ボクと一緒に逃げてくれ!ってやつでしょ?
与吉 なっ、ワイがか?
エリ そうそう。ここはそういかないと。だって愛しあう二人が、別れ離れになったままじゃ、駄目じゃない?
与吉 そ、そんな事、む、ムリよ!
エリ ちょぉっとなんでよ~。愛でしょ? 愛?
与吉 そ、そないでーそれた事、で、できんよ!
エリ いいの~? あの人、もう二度と会えなくなるかもよ~?
与吉 ほ、ほれは……。
エリ ほらほら~運命の人逃しちゃっていいの~。
与吉 い、いや……。
翔 あ、あの~~。

高校の制服姿で、帽子にメガネを掛けた男(以下:翔)が現れる。
しかしながら、泥だらけで、非常に汚い。

エリ くさっ! くさっ!
翔 助けて~~。
与吉 なんじゃあ~、おまん。
翔 そこで足滑らせて~。
エリ 近付かないで!!
与吉 肥溜め落ちたんかっ!
翔 助けてくださ~~い。
与吉 と、とりあえず洗えよ。
翔 ど、どこで~。
エリ ムリムリムリムリ。
与吉 うちの井戸使え! すぐそこやから!
翔 あ、ありがとうございます~~。
エリ ひ~~。
翔 あ、吉村さん?
エリ え? 誰?
翔 オレ、古瀬~。
エリ え? 古瀬君?
与吉 なんや、知り合いか?
翔 吉村さ~~ん。
エリ だから近づくな!
翔 そんな~~。
与吉 ええから、はよう来い!
翔 ひい~~~。

三人、退場。
暗転。


与吉の家の中。
ボロボロの部屋で、物も少ない。
エリが、一人で、部屋をきょろきょろ見ている。
与吉が、服を持ってやってくる。

与吉 なんやぁ、キョロキョロして。なんもない部屋や。
エリ いや~本当に何もない。
与吉 わるかったの、貧乏で。
エリ いや~、なんか時代劇みたい。
与吉 時代劇?
エリ いや~、服とかさぁ、さっきのおゆりちゃんとか、着物だったし。
与吉 なにいうとんな?
エリ ま、いっか。それよりさ~それよりさ~、ね? どうするの? ね? ね?
与吉 どうするって。何を。
エリ なにって、おゆりさん? だっけ?
与吉 ……。
エリ どうするのよ。なに? 他の男と結婚しちゃうの?
与吉 まあ、ゆくゆくは。
エリ ゆくゆくは?
与吉 巨勢いうここらを治める武家の養子になるらしい。
エリ 武家?
与吉 せや、詳しくはしらんが、どこかのえらい武家の旦那に見初められたんやが、嫁入り前に、そこの養子ちゅうことにするちゅう感じや。
エリ ???
与吉 まあ、ようあることや。
エリ なんで?
与吉 なんでって、身分の違いを隠すのんに、一旦武家の娘ということにしたら、関係ないやろ。武士なんてメンツが大事やからの。
エリ ふ~ん。
与吉 まあ、ええことや。めでたいことよぉ。
エリ ふ~ん。そうなの?
与吉 こんな村から、えらい武家の側室がでるらそうそうない。それこそ大出世や。
エリ 玉の輿?ってやつ。
与吉 ……まあそういうことやな。
エリ そっか~燃えるわね。
与吉 燃える?
エリ ハードルが高いほうが、燃えるのよ。ライバルはお金持ちで、ハンサム。もう完全にこれはこっちが最後大逆転のパターンよ。あんた、もうもらったもんね。
与吉 なんな?
エリ あんたが、彼女をかっさらうってことよ。
与吉 いやいやいや、無理だムリムリ。
エリ なんでよ~。愛しあう二人が高い障害を乗り越えて、最後に結ばれるパターン以外に何があるってーのよっ。
与吉 ワイとよぉ、ゆりちゃんは、そんなんじゃねえよぉ。
エリ あ~ん? じゃあ、なんだってのよ。
与吉 いや、ほやかて、それは、小さい頃から同じ村で育って仲のええ、幼なじみっちゅう。
エリ え~い。

エリ、与吉にチョップ。

与吉 ってぇ。なにすんなっ。
エリ あの場面を見て、まだ意地をはるかっ、このバカチンがぁ。
与吉 うっせえよぉ……そもそも向こうはそんな気はねぇよ。
エリ えーい!(もう一度チョップしようとする)
与吉 (避ける)やめや。
エリ どう見てもこう見ても、誰が見ても、向こうもあんたに気があるでしょうがぁ!
与吉 そ、そうかの?
エリ え~い、白々しぃ、あんた!
与吉 あん?
エリ きらいじゃないよ、そのもどかしい感じ!
与吉 なんなんだよ、おめ~よ~。
エリ このもやもや映画なら一時間ぐらいたった感じね。いいわ。グーよ。グー。
与吉 意味わかんねえよ。
エリ まあ、そこはもう認めよう。ね?
与吉 いや、まあ仮にそうだとしてもよぉ、ワイとゆりちゃんでは身分が違うわな。
エリ そんなの障害にもならないわ。古い古い。もっと高いの頂戴。
与吉 もし、この縁談、ワイが潰すら、そ、そんなことしたら、命はないどころか、この村がどんな目にあわされるか。
エリ え? そうなの?
与吉 下手すりゃ、村ごとなくなるかもしらん。
エリ やばいじゃん。
与吉 せや。
エリ キター、高いハードルキター。村か、愛か。キタキタ―。
与吉 しかたねぇ。こればっかりは。
エリ ま~た~、意地はっちゃって。ダメダメ。そんなの。オールニーデュラブラブラブ♪
与吉 おるねらぼらぼ?
エリ 愛が全てよ。愛愛愛。
与吉 愛?
エリ そう! 人はなぜ生まれてくるのか!それは愛よ愛! すべては愛があればオールオッケイ。愛があれば世界は平和だし、愛があれば人は生きていけるの!
与吉 ほうか……異人さんの考えることは違うの~。
エリ 異人さん?
与吉 おめえさん、海の外から来たんだろ?
エリ え~? 違うし。日本生まれ日本さんのなでしこさまさま。
与吉 しっかし、その格好、コトバもよくわからんしよ。
エリ そう?
翔 す、すいませ~~ん。
与吉 お?
翔 こ、これでいいんでしょうか?

翔が、下半身ふんどし姿で現れる。

エリ ちょっ、古瀬くん、なにその格好!
翔 いや、これしかないっていうから。
与吉 おめぇ、ふんどしも締めた事ねえのか。
翔 いや、ないですよ普通。
与吉 ほれ、股引。
翔 あ、すいません。
エリ ちゃんと洗ったの?
翔 まだ臭う?
エリ ちょっと。
翔 ご、ごめん。
エリ 古瀬くん、なんでここにいるの?
翔 え? なんでって……。
エリ っていうか、帰り方わからないんだけど。分かる?
翔 いや、そもそもここがどこか。あの、ここ、どこですか?
与吉 どこって、おめ、天川(あまかわ)村だよ。
翔 天川村?
エリ ってどこ?
翔 ……なんか聞いたこと……。
エリ いや、私、普通に遊びに行って、電車乗ってて……。で……あれ?
翔 あの、今っていつですか?
与吉 いつって、夜だよ。
翔 あ、そうじゃなくて、何年ですか?
与吉 あ? 寛文(かんぶん)10年だ。
翔 寛文?
エリ なにそれ。平成でしょ?
与吉 平成? また変わったんか?
翔 まさか……。
エリ なになに?
翔 これって江戸時代かもしれない。
エリ 江戸時代でござる?
翔 ござるござる。
与吉 なぁ、なんなんだよ。
エリ タイムスリップしたの!?
翔 かも。
与吉 なんだなんだ?
翔 未来から来たんですよ。僕らは。
与吉 みらいってとっから来たのか。
エリ 違う未来! 未来!
与吉 あ? あ?
翔 僕達、遠い将来、先の時代から来ちゃったんですよ。
与吉 へ~。
エリ あ、わかってない。
与吉 いや、そんなこと急に言われても。
エリ どうしよう! え? なにそれ?
翔 いや、周りもいかにも江戸時代って感じだし、この人の話きく限り今は江戸時代っぽい。
エリ どうしよう。帰れるの?
翔 さぁ。
エリ あんたはどうやって来たのよ。
翔 え? いや、その……。
エリ なによ。
翔 いや……。
エリ ちゃっ、ちゃと言いなさいよ!
翔 え、いや、吉村さん、見かけたら、ちょっと後をね、ついていってて~。
エリ はぁ?
翔 まあ、なんか変な電車乗ったから、あわててボクも乗ったんだけど、なんかふらふらっとして、気づいたら、ここにいて……。
エリ はぁ~、あんたがストーカー?
翔 え? ちがっ。
エリ ざっけんなよって、なんで寝てるの!
与吉 いや、もうなに言ってんのか、全然だし。
エリ こっちは一大事なの!
与吉 どうでもいいし。オレ疲れてるし。
エリ どうでもよくない!
与吉 なんだよ~、全然わかんねえんだよ。お前らの話はよ~。お前らも帰れないんなら、適当に寝てていいからよ。じゃ、おやすみ。
エリ もう、人が大変だってのに!
翔 まぁまぁ。
与吉 もう、どないもなんべぇ。
エリ 分かった、私がおゆりさんの気持ち聞いてくる。これでいいでしょ?
与吉 はぁ?
エリ お互い、気持ちがハッキリしたら、もう後は突き進むだけじゃない。ふたりとも愛し合ってるのに、別れ離れになるなんて変だよ。
翔 いや、でも。
与吉 やめろよ。わいらの問題になんでそんなに首つっこむんだ。
エリ 愛よ! 愛のためよ!
与吉 なんだよ!
エリ いってくる!

エリ、飛び出す。

与吉 ああ。
翔 なんか、すいません。
与吉 なぁ。
翔 はい。
与吉 あいつ、おゆりちゃんの家知ってるのかあ?
翔 あ。
与吉 しょうがねぇなぁ。
翔 すいません。ちょっとバカなんです。でもそれがカワイイっていうか。いいなぁって。
与吉 おめぇも大変だな。
翔 いや、ちょっと思い込み激しい所あるんで。
与吉 おゆりの家は、この道まっすぐいって、一番大きな屋敷だ。すぐ分かるわ。
翔 あ、そうですか。
与吉 ま、行ってやりな。
翔 すいません。ありがとうございます!

翔、行こうとするが、

与吉 あのよぉ、
翔 はい?
与吉 それ、履いてけ。
翔 あ、あはは。

翔、照れながら股引を履き、

翔 じゃ、行ってきます。
与吉 まあ、多分入れてくんねぇと思うから、帰ってこいよ。どうせおめえら、泊まる場所ねぇんだろ。
翔 はい、すいません。ありがとうございます。
与吉 無茶すんなよ。
翔 はい、じゃ。

翔、去る。

与吉 ……おるねじゅらぶらぶら、ねぇ~。

与吉、寝転がる。
暗転。


夜の河川敷。
おゆりが、ホッカムリをして、小走りにやってくる。
途中で、息を切らせて立ち止まる。
おゆり、懐からカンザシを取り出して、それを眺め、そして抱く。

エリの声 あ~~、私のバカバカバカー!
おゆり 

おゆり、声がしたので、慌てて物陰に隠れる。

少ししてエリが、とぼとぼと歩いてくる。

エリ おゆりさ~~ん。どこですか~~。あ~~ん。っていうか、ここどこですか~~? っていうか、私どこにいるの~~。あ~~ん。

おゆりが、顔をだす。

おゆり あの……。
エリ は、はい?
おゆり 大丈夫ですか?
エリ た、助けてくださ~~い。
おゆり あ、さっきの人……。
エリ え?
おゆり あの……。

おゆりがホッカムリを外す。

エリ えっと……。
おゆり さっきは……。
エリ あ、どうも。
おゆり あ、与吉さんとココらへんで。
エリ あ、おゆりさん!
おゆり あ、はい。
エリ よかった~~。

エリ、おゆりに抱きつく。

おゆり ひ、ひえ~~。
エリ もう、超怖かったんですけど。
おゆり は、離してください。
エリ 暗いし、怖いし。もーハゲそう。
おゆり は、ハゲる?
エリ マジ怖かった、マジ怖かった!
おゆり あ、あの……は、離して~。
エリ あ、てへぺろ。
おゆり ど、どうしたんですか?
エリ あ、そうそう。おゆりさん捜してたの。そしたらさぁ、うちさぁ、どこいったらいいかわかんないっていう奴? やっちまったなぁ~って感じ? てへぺろよ。ウルトラテヘペロンよ。ハゲハゲ。
おゆり 私を捜してたんですか?
エリ そうそう。あれ? なんでだっけ?
おゆり あ、あの……さっきははありがとうございました。
エリ さっき?
おゆり こ、これ。(かんざしを取り出す)
エリ ああ~~。
おゆり あのまま与吉さんとお別れになってしまわなくて、よかった。
エリ あは~ん? でしょ~?
おゆり は、はい。
エリ あ、そうだ。おゆりさん的に、どうしたいのさ~。二人はラブラブトレイン超特Qでしょ?
おゆり ぶらぶらとれーちょうとくゆう?
エリ もうっ好きなんでしょ? ヨキチンの事!
おゆり よきっちゃんですか?
エリ そうそう。もう認めちゃいなよ~~。
おゆり はい。
エリ お、すぐ言う―。
おゆり 子供の頃から、よきっちゃんとはずっと一緒だったんです。よきっちゃんは子供の頃から、とってもかっこ良くて、小さい子の間では頼れて、みんな憧れていたんです。
エリ ええ~。
おゆり ふふ。今じゃ、ふたりともおとなになって、身分やら、貧富の差で、すっかりしょげちゃったけど。
エリ 分かる~。
おゆり でも、本当のよきっちゃんはとってもかっこいんです。
エリ ラブ目線ではそう見えるのね~。
おゆり ぶら目線?。
エリ 愛は偉大ねって事!
おゆり ……。
エリ そうそう思い出した。でさぁ、お友梨さん的にはどうしたいの? 明日、離れ離れになっちゃうんでしょ? このままでいいの?
おゆり 私……。
エリ っていうか? ラブ名探偵の目はごまかせませ~ん。ふふふふふ。
おゆり な、なんですか?
エリ あなた~、こんな真夜中に、カンザシを大事に持って、こんな場所を一人歩いておられる。そして~、この道の先にはなにがあるか~。私の目はごまかされませんよ~。
おゆり ……。
エリ この先にはなにがあるか~。そう、ヨキチンの家だぁ~。
おゆり ……。
エリ いやはや、二人の恋はノンストップ。おじゃま虫は必要なかったのかもしれません。どうぞ、お行きなさい。そしてゴクラブ浄土へと、ゴゴーヘブンですぅ~。ふふふふふ。
おゆり ち、違います。
エリ いやいや、全ての物証が、真実を述べておりますぅ~。
おゆり ただ……最後にちゃんとお別れがしたかったから。
エリ はぁ?
おゆり もう、多分会えなくなっちゃうから。
エリ ちょっ待てよぉ~。
おゆり な、なんですか?
エリ 駆け落ちでしょう!
おゆり か、駆け落ち!!
エリ 駆け落ちしかないでしょ。いつやるの!
おゆり え?
エリ 今でしょ! 今でしょ今でしょ今でしょ!
おゆり そ、そんな事!
エリ なんでぇ、二人は愛し合ってるのに、別れなきゃならないのよ! ほら後は、あの美しい未来という名の一番星に向かって手を取り合って、駆け抜けろでしょ!
おゆり そ、それは……。
エリ ヨキチンだってあんたのこと思って、眠れず今頃涙ボロボロよ。
おゆり そ、そうなんですか!
エリ いや、多分。
おゆり ……。
男の声 お嬢さん、嘘はいけないよ。
エリ な、何奴!

頭に笠を被り、武士の服装をした男(以下:新造※翔役と一人二役)が現れる。

新造 お嬢さん。どうかしましたか?
おゆり はっ。

男が笠を上げて、顔を見せる。

おゆり 新造さん……。
エリ 新造!?
新造 どうも。こちらの奇抜なお嬢さんは、どちらですかな?
おゆり あ、この方は……。
エリ 出たな恋敵め!
新造 恋敵? いやいや、私はそんなんじゃありませんよ。もうすぐこの方の父親になる巨勢新造というしがない侍です。さぁ、女性がこんな夜中にであるては危険ですよ。帰りましょう。
おゆり あ……。
エリ おゆりさんは、用事があるの!
新造 与吉というものの所ですか?
おゆり ……。
エリ そうだよ。二人は愛し合ってるんです。
新造 そうなんですか?
おゆり 違います。
新造 違うって言ってますよ?
エリ ちょっと~待ってくださいよ~~。
新造 君もわからない奴だな。彼女がこういってるのはね。その与吉くんのためでもあるんだよ。
エリ はい?
新造 これ以上は、彼にも迷惑がかかるかもしれない。そういうこと。
エリ はい、わかりません!
新造 ……彼女はね、これからとても高い身分の方へ嫁ぐことが決まってるんだ。この村とは無関係。つまりすべてなかったことになるんだ。それを破れば……。
エリ や、破れば?
新造 与吉という人間の存在も消える。
エリ へー。
新造 そういうこと。
エリ ……。
新造 殺されるって事!
エリ なるほど!
新造 さ、分かったら、行きなさい。我々も帰りましょう。
おゆり はい……。
エリ おゆりさん……。
おゆり あの……与吉さんによろしくおねがいします。
エリ いいの?
おゆり ……。
新造 さぁ、明日、我が家に来れば、こんな田舎のことはすぐに忘れますよ。貴方のような素晴らしい女性にふさわしい物を良いしています。着物も、食べ物も比べ物にならないのです。ああ、琴もご用意しましたよ。私も聞かせていただきたいものだ。あの方の心を打った琴の音を。
おゆり ……。
新造 さぁ、行きましょう。
エリ ぐぬぬ……。
新造 おや、それは?
おゆり これは。
新造 なんだ汚い。捨ててしまいなさい。私の家に来ればあなたにふさわしい物がまっていますよ。

新造、おゆりのカンザシを奪おうとする。

エリ ひでえ! なにすんだ!(飛びかかろうとする)
新造 あんまり聞き分けがないと、あなたも消えますよ?(刀に手をかける)
エリ ひぃ。
新造 こんな夜中に女一人、川で死んでいても、妖怪が仕業かもしれんなぁ。
おゆり ヤメテください! 渡します渡しますから!
エリ おゆりさん……。
おゆり いいの……。
新造 さぁ。

新造、カンザシを川に捨てる。

おゆり ああっ!
新造 行きますよ。

新造、おゆりを連れて去る。

エリ、カンザシを拾う。

エリ ひどっ! なにあいつ! っていうか、古瀬君そっくり。待ち伏せとか、あの顔はストーカーの血を受け継いでるのね。キモッ。キモッ、キモッ!


与吉の家。
与吉が奥の部屋の前に立っている。

翔の声 ぶあっくしょん!
与吉 おーい、大丈夫かぁ?
翔の声 ちょっとくしゃみが。風邪かな?
与吉 おめー、女追っかけて、肥溜め落ちるとか、しかも一日に二度って。情けなさすぎんべぇ。
翔の声 ちょっと追い打ちかけないでくださいよ! こっちだって分かってるんです。
与吉 とりあえず、ちゃんと体洗えよ!
翔の声 は~~い。
与吉 ほんとう。ありえねぇ~。
翔の声 あの~。与吉さん。
与吉 んだぁ?
翔の声 ここ、本当に江戸時代なんですね~。
与吉 江戸時代?
翔の声 ボクらの時代には江戸時代って言うんです。
与吉 ほうか。ほいたら、これから先、どないなるんよ。
翔の声 いや~、ボクあんまり歴史は~。
与吉 しらんのか。
翔の声 まあ、外国の黒船が来て、どかーんなって、殿様がなんか返して、散切り頭を殴ったら、文明開化の音がするんです。
与吉 なんじゃそりゃ。
翔の声 だからそんなに知らないって言ったでしょ。それでその後、戦争があって、原爆どっかんで、降伏して、戦後に高度成長期でもはや戦後じゃないんです。
与吉 ようわからんて。
翔の声 でもいいですよ。現代は、学校とかしんどいけど。それなりに原子力の問題とか自信もあったり、隣の国は怪しいけど、それなりに、みんな幸せですよ。
与吉 幸せに聞こえへんな。
翔の声 みんな自由ですよ。なに言ってもいいんです。それこそ自由に恋愛してもいいし、
与吉 ほうか、自由に恋愛してもええ時代がくるんか。
翔の声 はい。まあもてなさすぎて逆に辛いですけど。
与吉 せやろうなぁ。おマン、モテなさそうやもんなぁ。
翔の声 そうなんです~。
与吉 生まれてくるのが早すぎたなぁ。ワイは。
翔の声 あ、あの~~。ボクこれから、どうなるんでしょうか~。
与吉 どうってなにが?
翔の声 このままここで暮らしていかないといけないとなったらです。
与吉 まあ水百姓でもするしか、ねえんじゃね?
翔の声 ひゃ、百姓ですか。
与吉 ほやかて、家も土地もねえべ。
翔の声 はい~。
与吉 うちの畑でも手伝うべや。
翔の声 そうですか~。
与吉 天川村も、そげな悪い場所でもねえべ。
翔の声 天川村……。そういえば、ここって天川村っていうんでしたっけ。
与吉 せや。
翔の声 じゃあ、巨勢新造って知ってます?
与吉 あん!
翔の声 ボクのご先祖様らしいんですけど。
与吉 なん!
翔の声 この辺を治めてたらしいんですけどね。うちの親がもう酔っ払っちゃ、家はえらい武家の血筋だったんだ~。だからプライドをもてもてって言って、うるさいのなんの。関係ねえよって思うんですけどね。
与吉 おめえ、新造様の子孫か!

与吉、奥の部屋のふすまを開ける。
翔が、ふんどし一丁で驚いている。メガネは外している。

翔 ちょっっと~、なにするんですかっ!
与吉 ちょっとそれ外せ。
翔 ちょっメガネ~。
与吉 あで~(あらー!)新造様そのもんだ。
翔 返してくださいよ。
与吉 すまんすまん。
翔 ひどいなぁ。何にも見えないんですよ。
与吉 ほいたら、おめえ本当に遠い先の時代から来たんだな。
翔 知ってるんですか? 巨勢新造って。
与吉 おめ、ゆりちゃんが養子に行く先の武家様だよ。
翔 えっ! そ、そうなんですか?
与吉 そだよ。明日、そこへ行くんだ。
翔 ゆりさんって、じゃ、じゃあおゆりさん? 理由の由に、利益の利で?
与吉 あん? そうだったかな?
翔 あでででで。
与吉 なんだ?
翔 あ、いや。
与吉 それより、はよう、服着ろ。
翔 あ、すいません。
与吉 ほな、わいちょっと探してくるわ。
翔 え?
与吉 おまんのぶらぶらねいじゅをよ。
翔 ぶらぶら?
与吉 あのヘンチクリンなオナゴよ。
翔 吉村さん?
与吉 今頃迷子で泣いとるやろ。ま、まっちょれ。
翔 あ、自分も、
与吉 ええわ、だぼぉ。また肥溜めオチられても、もう着るもんねえわ。
翔 はぁ。
与吉 待っちょれ。
翔 すいません。

与吉、去る。

翔 おゆりさんが、あのおゆりさんで……ということは、た、大変だ。ってどうしようどうしよう。え? やばくない?
エリ やばーーい。

エリが入ってくる。

翔 吉村さん!
エリ わーん。江戸時代キライー。
翔 ど、どうしたの?
エリ おゆりさん、連れて行かれたよ~。
翔 連れて行かれた?
エリ あんたみたいな人、うざいストーカー侍。侍ストーカー。
翔 お、おれみたいの?
エリ 新造とか言ってた。
翔 巨勢新造!
エリ しらないし、ストーカー侍だし。
翔 やっぱりそうなんだ!
エリ なになに?
翔 大変なんだよ!
エリ どういうこと?
翔 おゆりさんは吉宗の母親だ!
エリ え? なになに?
翔 吉宗の母親なんだよ!
エリ 誰? 吉宗って。
翔 知らないの? 将軍だよ。将軍!
与吉 しょ、しょ、しょ、将軍!
翔 そうだよ。
エリ へ~。
翔 ……分かってない?
エリ えへっ。
翔 徳川吉宗だよ! 暴れん坊将軍!
エリ マツケンの人!
翔 そう!
エリ す、すごおーーー! 
翔 分かった?
エリ へ~。 マツケンのお母さんなのか。
翔 分かってないじゃん!
エリ だからなんなのよ。
翔 おゆりさんが!
エリ へ~。
翔 おゆりさんが、将軍の母親になる人なの!
エリ へ~。
翔 もうっ! いい? 巨勢家ってオレのご先祖なの。
エリ あ、それでクリソツなんだ。
翔 そう。で、家の言い伝えで、天川村の農家の娘を養子にして、将軍の側室にしたの。
エリ 側室?
翔 まあ、奥さん。
エリ へ~。
翔 それがおゆりって名前なの。それで家は、将軍家に引き上げられて繁栄したんだけど。
エリ え? じゃあ、古瀬くんってぼっちゃん?
翔 まあ、ボチボチ。
エリ へ~。そうなんだ。
翔 そんなのどうでもよくて、つまり、あのおゆりさんが嫁ぐ先は、紀州徳川で、後々には、江戸幕府の将軍になる徳川吉宗のお母さんになる人なの!
エリ まあ、なんか凄さだけはわかった。
翔 分かってないって。つまり、おゆりさんが、嫁ぐ先は紀州徳川のお殿様ってことなんだよ!
エリ え~、ゴイスーじゃん。超絶玉の輿って事でしょ?
翔 そう! でも大変なことしようとしてたの。エリちゃんは!
エリ はぁ!
翔 おゆりさんと与吉さんがくっついたら、吉宗は産まれてこないでしょ?
エリ あんたエリちゃんって言った?
翔 あ、ごめん……。
エリ まあ、いいよ。なんか大変なんでしょ?
翔 そう、将軍が産まれてこないなんて歴史がどれだけ変わるかわからない。
エリ へ~。
翔 つまり、俺達の時代が大きく変わっちゃうんだよ。
エリ へ~。
翔 下手すりゃ、江戸時代がずーっと続くかもしれないし、
エリ あ、なんか大変そう。
翔 だから、原宿も渋谷も、時代劇のまんまかもしれないの!
エリ ええ! 大変!
翔 最先端ファッションが、ちょんまげにふんどしになるかもしれないの!
エリ あ、ちょっとオモシロイかも。
翔 くそっ、後退したか。
エリ ごめんね、バカで。
翔 でもそこがイイ!
エリ いや、も~。なによ急に。口説いてるの?
翔 いや……ってそれどころじゃなくて! あのあれだ、このままいったら、キムタクもフクヤマもみんなチョンマゲになってるかもよ!
エリ イヤーー! 絶対イヤーー!
翔 分かった?
エリ うん。ごめんね。
翔 つ、疲れた……。
エリ 大変だね。
翔 そう。まあ、与吉さんも諦めてるみたいだし、おゆりさんも連れ戻されたんなら大丈夫だと思うんだけど。
エリ あ、やば。
翔 そういえば、与吉さんと会わなかった?
エリ 会った。
翔 で、与吉さんは?
エリ あ、ヤバイわ。
翔 なに?
エリ 言っちゃったよ。おゆりさんの所に。
翔 ええっ!
エリ いや~、さっき会った時にすげえ、言っちゃって。愛について語っちゃって。
翔 で、で?
エリ なんかすごい興奮して、ラブラブファイヤーで、おゆりさんのところへ走っていったよ? いや、かっこよかったな、ヨキリン。
翔 だ、だめじゃん!
エリ ええ~?
翔 と、止めなきゃ!
エリ いいじゃん。愛じゃん。ラブじゃん。いけてるじゃん?
翔 だから、こんままだと、すまっぷが、嵐が、大嵐幸太郎一座とかになるの。
エリ そ、それはヤバイ!
翔 とめなきゃ。
エリ ええ~。
翔 行くよ! ほら!
エリ も~、疲れてるのに~。
翔 大変なの!
エリ も~~。

翔、エリの手を引いて走り去る。

エリ もー、強引♪

暗転。


夜の河川敷。
おゆりと与吉が座っている。
ふたりとも背後を向いていて、与吉は倒れこんでおり、おゆりに抱かれている。

与吉 ああ、星がキレイだ。
おゆり よきっちゃん……。
与吉 ごめんよぉ、明日、見送りにはいけなくなっちまいそうだなぁ。
おゆり いやよ……。
与吉 なんでこうなっちまったんだろうなぁ。
おゆり ……。
与吉 あいつらが言ってたんだ。遠い先の時代には、自由があるんだってよ。身分もない、差別もねえ、みんな自由に恋愛して、好きな人に自由に好きだって言える時代が来るって。
おゆり 素敵ね。
与吉 まあその時代はその時代で大変らしいけどよ。いいよなぁ。そんな時代が来れば。
おゆり くるわよ。来る。きっとくるわ。
与吉 また生まれ変わったらそんな時代がいいな。
おゆり ええ、私もその時代に行くわ。
与吉 ああ、なんだか静かだ。
おゆり よきっちゃん!
与吉 悪かったな……。
おゆり よきっちゃん!

与吉の手がだらりと垂れた。
エリがやってくる。

エリ いたっ!
おゆり ……。
エリ え?
おゆり あなた……。
エリ ヨキリン?
おゆり ……。
エリ ど、どうしたの?
おゆり わからない……。
エリ すごい血……。
おゆり ……。
エリ ヨキリン? ヨキリン?
おゆり もう……。
エリ 嘘……。
おゆり 家に文が届いて、ここでって。で来てみたら、与吉さんが倒れてたの。
エリ そんな……。
おゆり ……。
エリ あいつだ! 新造だ! 警察、警察呼んで!
おゆり 警察?
エリ あいつを捕まえないと!
おゆり ムリよ。
エリ そんな……こんな……。
おゆり あなた、遠い先の時代から来たんだって?
エリ あ、うん。
おゆり いい時代みたいね。
エリ そうでもないけど。
おゆり この時代ではね、これが当たり前なの。愛なんかより大事なものが沢山あるの。
エリ ……。
おゆり あなたが変なこと言わなければよきっちゃんはこんな目に遭わなくてもよかったかもしれないのに。
エリ ……。
おゆり 誰もこんなの望んでなかったのに。
エリ 私のせい?
おゆり 違う?
エリ ……。
おゆり 二人にしてくれる?
エリ ……ごめんなさい。

新造が現れる。

新造 こんな所に。
エリ あんた!
新造 なんだまたおまえか。
エリ ヒドイ、なにもこんなこと。
新造 ん? こいつ……死んでるのか?
おゆり ……。
新造 ひどいな。
おゆり ……。
新造 こいつが与吉か?
エリ あんたじゃないの?
新造 オレが? これをやったと?
エリ でしょ?
新造 知らないな。オレはおゆりさんを送って、ずっと彼女の家にいたんだ。
エリ 嘘!
新造 疑うなら彼女の家の人間に聞くがいい。
おゆり 村の誰かかもしれないわ。
エリ そんな……。
おゆり 明日の話は村ぐるみで……だから。
エリ そんな……。
新造 さぁ、家に帰りなさい。こいつのことは私が引き受けるから。
おゆり もう少し!
新造 ダメだ!
おゆり ……。
新造 さぁ。
おゆり はい。

おゆり、去る。

エリ ……。
新造 お前も失せろ。
エリ ……。
新造 こいつと同じ目に遭いたか?
エリ ……。
新造 行け!
エリ ……やだやだやだやだ。
新造 口止めのために、お前を斬ってもいいんだぞ?
エリ やだやだやだやだ!
新造 仕方がない。

新造が刀を抜く。

新造 恨むなよ。
エリ やだやだやだやだ。
新造 南無三! ん!

新造がエリに斬りかかろうとした時に、与吉が新造の足を掴みかかる。

与吉 行け!
新造 まだ生きてたか。
与吉 逃げろ!
エリ でも!
新造 もう助からん。楽に行け!

新造、与吉を刀で刺す。

与吉 行けええ!
新造 くぉ!
エリ ご、ごめんなさい。
与吉 いけええ!
エリ ……。

エリ、去る。
与吉が倒れて動かなくなる。
新造、刀を与吉から引き抜く。

新造 ふん……。

刀の血を懐紙で拭い、エリの去った方を見た。
暗転。


昼の河川敷。
かばんを持って、エリが座っている。
後ろを着飾ったおゆりが通って行く。
エリがそれを眺めている。

エリ おゆりさん……。

おゆりは顔を挙げずに、ゆっくりと通り過ぎる。
そのまま眺めているエリ。

しばらくして、ふんどし一丁の翔がやってくる。

エリ なんだ。
翔 エリちゃん。
エリ なんなのよ、その格好。
翔 また落ちた。
エリ またぁ?
翔 ごめん。
エリ ばっかじゃない?
翔 ……。
エリ 近づくなよ。クサイ。
翔 ……聞いたよ。
エリ ……なんて?
翔 おゆりさんから、さっき全部。
エリ そう。
翔 オレらも、こっから出たほうがいいって。
エリ ……。
翔 ここにいたら、危ないかもって。
エリ ……。
翔 どうしたもんかな?
エリ とりあえず服着なよ。
翔 もう無い。
エリ はい。
翔 あ。

エリ、カバンから翔が最初に来ていた服を取り出す。

翔 オレの服。
エリ 洗っといた。
翔 ありがとう。
エリ ううん。
翔 いや、やっぱこれがしっくり来るわ。

翔、服を着ながら、

エリ どうしよっか。
翔 え?
エリ どうやって金儲けしようか。
翔 はぁ?
エリ だってもし帰れないならさぁ。私、一生ここで生きていくわけでしょ?
翔 まぁ、そうなるかも。
エリ じゃあさぁ、ここは未来人の知識で、ここでガッツリ金儲けして、リッチに生きていく。これ、タイムスリップものの定番でしょう?
翔 いや~そう言われても。
エリ ねえ、江戸時代でどうやって金儲けしよう。
翔 いや、そもそも江戸時代のどこかわかんないし。江戸時代ってほとんどどんなところか知らないし。まだ鎌倉時代で終わってるし。
エリ おいおーい。そのメガネはなんだぁ? おしゃれメガネかい?
翔 いや、目が悪いんですよ。
エリ なるほど。
翔 いや、普通そうでしょ。
エリ とにかく、そうなると、この時代に合わせて生きていかないとか……。
翔 そうだね。
エリ あのさぁ、
翔 なに?
エリ 私、ヒドイことしたのかな?
翔 ……。
エリ だって……。
翔 考えても仕方ないよ。この時代じゃ、こういうこといくらでもあったって。そう思うしか。
エリ そう。
翔 さぁ、ミカンでも運ぼうか。
エリ みかん?
翔 いつか覚えてないけど、ミカン運んで大儲けした話あったんだよ。
エリ そんなんで儲かるの?
翔 しらないけど。
エリ 頼りないね。
翔 まあ、しぶとく生きていく時代だから。
エリ そっか。
翔 さ、行こう。
エリ うん。

二人、去る。

PDFファイル

コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

いいなと思ったら応援しよう!