労働日記|こういう日があったっていいんだよ
1
社員食堂でプリペイドカードのお金が足りなくてあわあわしてると、後ろにいた隣の部署のお兄さんが「一緒に払いますよ」と言ってくれ、スマートに支払いを終え、「気にしなくていいから」と颯爽と去って行った。
隣の部署にいるとは言え、挨拶なんかろくにしたことないし、ましてや一緒に仕事したこともないのに、その時社員証はポケットから取り出したくらいだったのに(普通の人は首から下げている)、俺のこと、顔で知ってくれてたのかなとも思って、呆然と後ろ姿を見ていた。俺が孫ついていると、会計が終わらないからそれなら一緒に払ってしまった方がいいか、という損得勘定だったかもな、と訝しんでしまったけれど、もし本当にドライな人だったら隣のレジに行くやろ、とも思った。
それで、昼休みにその人のデスクを探して、「できることがあればいつでも教えて下さい」と言いに行った。お金返すなんて野暮なことしないぜ、と思った。お兄さんは「本当に気にしなくていいから」と歯を見せて笑ってくれ、本当にいい人だったんだなと噛み締めた。
彼は所謂エース社員で、会議の受け答えの感じだと、クール&ドライな感じで、でも一人で遅くまで残っていることもあり、人と馴れ合う感じにも見えなかったけど、若手から慕われていて、良い意味でのちぐはぐさ、何かあるなとは感じていた。やっぱりいい人だったんじゃん、と嬉しい発見をした。
2
ドイツのビールとソーセージを売りにしているお店に行った。アメリカンウォーターフロントを彷彿とさせる、陽気なお店だったが、店員さんは日本人らしい丁寧な接客だった。
30代の働き盛りの先輩2人と話せた、あの15分間はとても貴重だったなと思い返している。自分は大学に何かを学びに行った訳ではないし、君のように、何かを突き詰めたいと思う気持ちはとても素敵なのではないか、この数年、哲学を学びたい気持ちを絶やすことなく、コロナで諦めざるを得なかった留学を風化させずにここまで来たというのは、途方もない意志を感じる。僕にそれはなかった、すごいと思う、と言ってくれた。
もう一人の先輩も、スペインのバルセロナにもう一度行きたかった、ガウディの建築を見て周り、完成したサグラダ・ファミリアを見てみたいと言っていた。留学に行きたい気持ちを持っていたのなら、行くべきだ、今がそのチャンスなんじゃないかな、と言葉をかけてくれた。
3
言葉はいい、見る人が見れば偽ることはできないし、普段は見ることのできないその人の内にあるものを見せてくれる。それは、その人が見せようとして見せるものではなく、ひとりでに見えるものである、という所がいい。その人がその人であることを、その人の意識とは別に、口をついて出てきた言葉が雄弁に語ってくれる。2人の先輩とは仕事の話か、時折世間話をするくらいで、その人自身を見ることはなかなかなかったけれど、グループミーティングで俺が「留学に行こうと思っている」と言ったことに、思う所があったのかなと思うと、それも嬉しい。上司が「オーストリアで頑張れよ」と言ってくれたのも、上司らしさが出ていた。お金とか筋肉とかいろんなものを言う人がいるけれど、言葉だけは信じられると俺は思う。
4
会社でこんなにいい気持ちで酒を飲んだのは久しぶりで、二次会行ってもよかったなとすこし思う。ちょっと物足りないくらいが丁度いいというのもあるし、明日もあるし、そろそろお水を飲まなきゃと思うのだけど、会社も捨てたもんじゃないな、とサラリーマンの良さを感じられて、幸せだなと思う。
サラリーマンの楽しさは飲み会の楽しさと言っていい。普段の仕事が楽しいなんてことは稀で、会社の中にいてのびのび出来るみたいなこともなくて、一次会も上司がいるから気を遣いながら飲むけれど、そのビールが、その後の二次会が楽しいのよ。飲むことが楽しいから、仕事しててよかったかなって少しは思えるんだよね。サラリーマンと飲みはセットなのに、それが瓦解してしまっているから、今の若者は古き良きサラリーマンを味わうことができない。それは嬉しいことであると同時に寂しいことでもあるんだと、時代の一番最後にそれを知れて幸運だったなと思う。
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