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ウィーン日記|ドイツ語学留学の1日

 今回は正確にはドイツ日記になりそうです。友達に宛てた、ドイツの語学学校にいたときの日記です。この時は、ウィーン大学に来れるかも奨学金が降りるかもわからない不安と、外国でドイツ語を毎日勉強できる喜びに体を任せて、がむしゃらに勉強していた時でした。もう10ヶ月前の出来事です。

 ドイツに来たのが1月末だから、2ヶ月経ってその最初のガソリンが切れ始めて、泣きそうになってた時だったと思う。あの時は気持ちがびりびりと張り詰めていて、修行僧みたいな生活してたなといまはちょっと苦笑いする。もうこんな生活できないけど、すこしはこの時を見習って、毎日体操と瞑想くらいはまた始めたいな。

 当時遠距離恋愛していた恋人に、おんぶに抱っこだったんだろうな、とちょっと反省する。彼女を大事にしようと頑張っていたつもりだったけど、余裕のなさは伝わっていたんだと思う。彼女に救われてたんだなと思う気持ちと、まあお互いさまだよね、と思う気持ちがある。それでもやはり、あの時にそばにいてくれて本当にありがたかった。

 朝から夕方まで語学学校でドイツ語を勉強して、ホストファミリーの家に帰ってきて、夜ご飯食べて寝るだけの生活をしていました。参考になるかわかりませんが、一例としてここに置いておきます。では、いってみましょう!



2024.03.27
 朝5時に目覚ましが鳴って、シャワーを浴びに行く。シャワールームで寝起きの身体が強張っているのを確かめて、部屋に戻ると空気が澱んでいることに気付く。窓を開けて、自衛隊体操をする。バナナを食べて、白湯を飲む。スツールに座って瞑想をする。今日の予定とタスクを思い浮かべて、今日の目標を設定する。何に躓きそうか、どんな面白いことがありそうか、考えてみる。考え終わったら、ひたすら深呼吸する。今日の体調を確かめる。ここで6時過ぎだったら上出来。

 8時までドイツ語をやって、昼のサンドイッチと朝のオープンサンドを作って、リビングの丸いテーブルに朝食を並べる。ホストファミリーのエリザベスがめくった、日めくりカレンダーが俺の席に置いてある。iPadを片手にドイツ語を解読する。今日は「パースペクティブを変えてみたら、世界が全く別物に見えてくる」だった。昨日は「神は創造物たる我々に一つだけ、支えになるものを与えたーーすなわち、愛だ」だった。所謂名言集でガンジーと神学者が最近はよく出てくる。朝ごはんを食べたら、15〜20分眠って、8:45に家を出る。気分が良い時は音楽をかけずに、憂鬱な時はONE PIECEや呪術廻戦の音楽を聞きながら登校する。横断歩道で車や自転車と譲り合いをする時に、ミュンスターの人はしっかり目を合わせてコミュニケーションを取る所が気持ちがいい。ありありとお礼を言ったり、どうぞと伝えてくれたりする。

 9時から12時半まで授業を受ける。3月第2週まで、イタリア人のエリザとドイツ人のパスカルの授業を取っていた。2人とも30歳前後で、エリーザは博士課程にいて(ドイツ語では博士をやってる人、という職業名der Doktorandinがある。修士der Masterabsdventも同様。彼らは日本で言うところの”学生”ではなく、社会の一員である。)、イタリア人の彼女が流暢にドイツ語を使いこなしているのを見ると、自分のドイツ語について、何の言い訳も出来ないように思えてくる。津崎先生の「言語は毎日やってさえいれば確実に上達する」という言葉を思い出したりする。一方、パスカルは生粋のドイツ人で、体育教師みたいなキャラクターで、盛り上げ上手だった。彼の授業はさながらショーのようで、鮮やかな授業捌きが好きだった。発音が明瞭で説明も分かりやすく、文法や語彙を初学者向けに平易なドイツ語で解説することに長けていた。初級クラスの先生がパスカルで良かったと本当に思う。エリザとパスカルの授業はいつも楽しかったから、彼らのお陰でドイツ語嫌いにならずに済んだというのもある。ただ、自分より出来るクラスメイトがいなくなってしまったのと、飛び級で上がるなら今しかないというカリキュラム上の都合があり、一ヶ月早く中級クラスに上がることにした。

 愛のある厳しさを持ったダリアと老成したカールに見てもらうことになった。2人とも40代で、ベテランの部類に入る。ダリアの授業は、文法の説明をさらっと済ませたら、あとは練習、反復、復習。リスニングもスピーキングも組み込んで、堅牢なプログラムが組み込まれていた。何人もの先生の授業を受けていると、その先生の美点や授業構成に凝らされた工夫がよく見える。ダリアの授業の忙しさとは反対に、カールの授業はゆっくりで、ダリアの授業でやったことを復習し、語彙を学ぶ。カールはただ教室を整えるだけで、あとは学生が話せるように黒子に徹している。カールの性格上、そのスタイルが合っているように見えた。

 午前の授業を終えたら、週に2回、午後の授業がある。修士学生のアニカとドイツ語公式試験の過去問を問いたり、若手の先生のマリーと詩を書いたり、前置詞を覚えるために歌を歌ったり、カードを使って動詞の語法を覚えたりする。午後の授業は3月までにして、4月からは自習室に常駐しているゲオルグ大先生とテスト対策&奨学金のドイツ語作文に身を投じることにしたんだけど、午後の授業が寂しくなるくらい楽しかった。ドイツ人は本当に、色んな人がいて面白い。彼らの誰も、先生であるならばこうでなければいけないというステレオタイプに縛られておらず、誰もが人間であるように見える。日本人の本音と建前の文化は、相手をリスペクトしているように見えるかもしれないけど、本音は見えてこない。俺は人の本音が見たかったし、ミュンスターでは本音が見える。

 17時まで自習室に残り、買い物をして17時半に帰る。すぐに夜ご飯を作って、ドイツ語ドラマNicos Wegを流す。お腹いっぱいになってきたらドイツ語が聞こえなくなってくるので、夜更かしの読み明かしを聞いたり、ラーメン動画を見たりする。日本食が恋しい。洗い物をして、歯磨きをして、ポッドキャストPhiosophy to goを0.8倍速で聞きながら眠りにつく。20時に寝れば、5時まで9時間眠ることが出来る。

 そのような生活を2ヶ月続けてきたから、ちょっと挫けそうで、書きました。笑 書いてみると、日本にいる時と比べたら、とんでもない生活してるな〜!と思ってちょっと元気出た。

 今日、コロンビア出身の陽気でいつもポジティブな気を纏っているJJ(Juan Jose、スペイン語でフアン・ホセ)と話したときに、自分が切羽詰まって落ち込んでるんだなと思った。「俺は自分のことをコロンビアのステレオタイプだと思う、俺みたいなのがいっぱいいる、楽しくて、オープンな奴!」と言うから嬉しくて笑った。「日本はコロンビアほど明るくないし、閉じてるように思うけどRyotaは別だな」とローランドみたいな白い歯をにかっと見せた。(カールした黒髪、ぱっちりした黒い目、白い歯、すっと通った高い鼻、完全にローランドだった、ローランドはJJみたいになりたかったんだな。)「金曜と来週の月曜、授業ないの!?」とはしゃいだり、「月に一度、行ったことない国に行くのが楽しみなんだ。ヨーロッパを全部回りたくてね」と楽しそうに話すJJを見ると、俺もJJみたいにただ少年みたいにヨーロッパを楽しんでいたくて、でもこの所、4月27日に控えるドイツ語のテスト対策と4月末までに仕上げないといけない奨学金の書類作成、それから恋人との重めのやり取りに生気を失っていたことを感じた。慌てて、4月末にメリエムと会う予定を立て、5月にフランスに行くことにした。

 恋人とは、電話とOneNoteだけでなく、ボイスメッセージや手紙のやり取りもしていたのが、状況に追い込まれるにつれて出来なくなっていき、とうとう何も出来なくなった時に、体調も崩して心身ともに限界が来てしまい、「日本にいる人の方が一緒にいれるだろうし、今の俺よりそういう人の方が相応しいのでは」というようなことを口走ってしまった。そしたら、「二度とそういうことは言わないで欲しい」と泣かれてしまった。話を聞いてみると、付き合った日の1週間後からドイツ語を勉強していたようで、「私は一緒にやっていきたいと思ってるから、お願いだからそんなこと言わないで。あなたが私のこと本当に好きなのか分かんないよ」という言葉に、少し慄いた。

 2年間、配信アプリとSNSで繋がっていたとはいえ、俺が日本を出国する日に蔵前で3時間半会っただけで、よくそこまで直感できるな、とありがたく彼女の愛を受け取った。俺は自分のことを愛情深い人間だと思っているけど、自分より愛が深いと思った人に会ったのは初めてだった。今は結婚なんて考えられないよ〜とも思うし、ヨーロッパを楽しんでいたい気持ちもあるけど、大事にしたい気持ちも強い。彼女が31歳で責任を感じるとか、これから2年間修士をやろうとしていて申し訳ないとか(これも正直に言ってしまって、泣かせてしまった)、そういうことは一旦脇に置いて、ただ人として向き合っていられたらいいなと思う。その時々の状況で、耳を澄ませて行く先を見守るしかなさそうです。

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建内 亮太
最後まで読んでくれてありがとう〜〜!