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映画『トゥルーノース』の感想
日曜日に映画を観に行ってきました。
『トゥルーノース』です。
この記事はネタバレがありますので、これから映画を見ようと思う人は見てから読んでください。
詳しくはこちら。
北朝鮮の凄まじい政治犯強制収容所の実態を描いたアニメ映画です。最初は無表情な木彫りの人形のような絵に戸惑ったけど、それも慣れてきたというか、絵がシンプルなだけに物語と言葉がよく入ってくるように感じました。
9年間も収容所
主人公の家族は平壌で暮らしているところを連れ去られ、収容所に入れられます。不衛生で粗末な部屋で飢え死にしそうになりながらも、強制労働に従事します。その様子たるや、本当に目を背けたくなるようなものです。
それでも、ストーリーが進んでいくことに、これはもちろん北朝鮮の話ではあるけれど、人間の物語であるのだなという気持ちになってきました。
極限状態で人はどう生きるか。生きるべきか。
わたしはこれを読んで、『夜と霧』や『収容所からの遺書』をもう一度読みたくなりました。
生きるための悪
主人公は、収容所での暮らしに絶望して、楽に生きるために密告をしたり、人を裏切ったりして、見張り番に取り立てられていきます。
自分も飢えているのに、さらに飢えている人に、食べ物を人に分け与える母や妹のことを「なんでそんなことをするんだ?」と蔑んだりします。
そういう生き方に変わっていく主人公と母も妹も責めるようなことはせずただ見守ります。ただ、主人公は密告などをしていて恨みを買い、そのせいで母親を失います、絶望に打ちひしがれる主人公。
そんな主人公を救ったのは、妹がしていた看取るという行為でした。
収容所の中で、震えながら、死にゆく人の手をにぎり声をかけてあげる。
日本から連れてこられた人に「赤とんぼ」を歌ってあげる。
大事な人を失った人を抱きしめてあげる。弔ってあげる。
誰かを看取るという人間らしい行為が、主人公を人間にしていく様に感動を覚えました。
そんな主人公のお母さんはこう言って亡くなります。
間違っているか、正しいかを気にするな。
どうありたいかを問え。
どうありたいか、わたしも常に問うていきたいとおもいます。
そして、お母さんの今際のきわに妹が野の花を摘んできます。その花を見てお母さんは「美しい」と言い、
美しいものを探しなさい
これも深い言葉です。
何を美しいと思うか。
「美しいものを美しいと思うあなたの心が美しい」とは、あいだみつをの詩ですが、そういう人の行為はいつも美しい。
そして、主人公は自分のためではなく、誰かにために生きるようになります。そのために知恵を働かせるようになるのです。
そして、ラストに最大の自己犠牲をして、妹を助けます。
そういう物語がものすごくキリスト教的であるなあとおもいました。
極限で希望を捨てず生きるというのは、人類の大きなテーマだし、人間とは何か?というものをいつでも考えていきたいとおもいます。
では、また!
文中の参考文献
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