ギフトは、使ってこそ花開く
まもなく新年度のはじまり。
ここしばらく家に閉じこもっているので、まったく外の様子がわからないのですが、きっと街中には桜が咲き乱れ、温かな春の日差しが降り注いでいるのでしょうね。
「これは神様からのギフト、ゆっくり休んで!」とメッセージをくださった方もいましたが、いつもなら駆け回っているこの時期に、こうして家でゆっくり過ごすことが出来るなんて、確かにご褒美のように思えなくもない。ホント、何年ぶりだろう?
なんて一瞬思ったけど、よくよく思い返してみたら、ここ数年はこんなことばかり。動けるようになったと思ったら、すぐに動けなくなってしまうし、先の予定は立てられないし、手帳なんて書き直しばかりで、もう書くのをやめていたんだった。。
でも、いつものように出来ないからこそ、いつもなら出来ないことが出来る。動き回れないからこそ、いつもなら考えつかないようなことを思いつく。
だからやっぱり、「思い通りにならない時間」は、ギフトなのかもしれません。
先日は、オンラインで終業式に参加していた息子と一緒に、先生の担任最後の言葉を聞くことが出来てちょっとウルウル。こんな時でもなければ、生徒と先生だけの密な空間に入ることなんて出来ないですからね。
ウルウルついでに、他のママさん達にも教えてあげようと思って文章に起こしていたら、これが結構大切な話だったと気づいたのですが、注目すべきはウルウルの部分ではなく最後の締めくくりのところ。子ども達は感極まっていたから、気づけなかったんじゃないかな、、
もったいない、もったいない。
あまりにも、もったいないので、ここに置いておきます。
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「私のクラスのみなさんは、ずば抜けたデジタル技術を身につけたはずです。タブレットでこっそりイタズラ出来るようになっていたのも先生は知っています。ですから、次の先生になった時に物足りなさを感じるかもしれません。不満に感じることもあるでしょう。でも、不満や不服はあなた方自身のせいです。不満なら、どうしたら不満じゃなくなるのかを考えて行動してください。
人は成長とともに社会から求められるものも増えてきます。自分の技術をどう使っていけばそれに応えられるのか考えること、それが大事なんです。色々なことが変わっていく時ですが、思うようにならないことに折れず、しなやかに順応出来るようになっていってください。」
これは子供だけでなく、風の時代を生きる全ての人に大切な話。そして、今の宙だからこそ選択されたギフトのような気もします。
今までのやり方を手放さなければいけないことが起きるたびに、不満は募り、心が折れるけれど、思うようにならない体験もまたギフトです。思考し、対話し、再調整し、そうして何度でも、何度でも、練り直していけば、きっとより良い未来を創り出していけることでしょう。
ギフトと知性は、使ってこそ花開くのです。
そうそう、友人からもらったギフトも花が開きました。
素敵なギフト、ありがとう!