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個室の夜は眠れない
一般病棟に戻って、術後ということで、個室に入った。
「やったー!」手術前に泊まった4人部屋が運悪く大声で唸る人と同室で、眠れない夜を過ごした私には、「個室です」の言葉は天使の声に聞こえた。
点滴台がつながった体だけど、個室での病院ライフを楽しめるようにスーツケースの中の荷物をロッカーやテーブル等に移動させた。
そして、後から「1日だけです」の婦長さんの声。ガクッと天使の声は幻だったとショックを受けて、またスーツケースに戻す作業。
余計に体が痛くなった気分だった。
小さなショックが消えたところで、一夜限りの個室の生活を楽しもうと気持ちを切り替えることにした。気持ちの切り替えが早い人間なのだと自分に言い聞かせることにした。
夜になって、事件発生!点滴のチューブがどうもおかしい。静脈につながっているのだが、血液が逆流しているようだ。
ナースコールをすると、新人らしい若い男性看護師さんが登場。夜勤の交替時間が過ぎ、私の担当の人が忙しくて替わりに来てくれたようだ。
詰まったチューブの流れを治そうと奮闘!点滴を外してチューブに注射器でエアを押し込んで、血液が固まりつつあるチューブを開通させようとしてくれている。
かんばってはいるけど、なかなかうまくいかない。思いあまってチューブの先から、ピンクの液体がベッドのシーツに飛び散る。驚いたことにそれに気がつかないのか、作業をやめない。
ピンクの点々がまた付いた。
この人は、何とかチューブを開通させようと必死なのだ。汚れなんて気にしてない。
それでも、うまくいかなくて、次の言葉を残して、ナースセンターへ戻って行った。
「少々お待ちください」 予想外の言葉にビックリした! 君は飲食店のバイトかい?
慌てたんでしょうね。患者の不安を取り除くような言葉掛けがあるとよかったなと冷静に思った。
結局、点滴の薬が必要でなくなったので、そのチューブは取ってもらうことになった。
開通作業が必要なくなった新人さんは、満足そうな顔で、「これで大丈夫です。」と言って点滴を片づけていった。私は、ベッドのピンクの染み(点々)をそっと隠して、笑顔でお礼を言った。
「ありがとうございました。お陰で助かりました。」
新人の看護師さんが成長するには、もう少し時間がかかりそうだ。
夜の消灯時間になったのに眠れない。少し熱が出たようだ。せっかくの静かな個室なのに眠れない。
そういえば、個室のエアコンが付いているがファンがカタカタ音がしている。眠れないとその音も気になる。スイッチを切ってしまうには寒すぎる。我慢するしかない。気持ちの切り替えが早い人間なのだとまた、自分に言い聞かせることにした。
ナースコールをして、氷枕をもらう。頭を冷やすと気持ちいいが、しばらくすると冷たすぎる。結局氷枕は外してしまう。
眠れないと要らぬことまで考えてしまう。
『肺がんの部位は切除してもらったけど、転移したらどうしよう。』
不安が心を弱くする。
せっかくの個室の夜は、眠れない夜になってしまった。
でも、気づいたら、朝になった。
翌日の担当の副師長さんに話をしたら、睡眠剤をもらうこともできたそうだ。
そうか、その場で何でも相談すればよかったと気づいた。
「自分で我慢をしない」何でも遠慮せずに言えば良い。入院中の大切なポイント!
もし、また入院するようなことになったら、この教訓をいかそう!
気持ちの切り替えが早い人間なのだと、またまた自分に言い聞かせることにした。
けど、本当は入院したくはないのが本音。実は、気持ちが切り替わってはいない。
「個室の夜は眠れない」思い出が残った。