【短編小説】和女食堂・ケチャップライス
仕事の合間に和女食堂に立ち寄った。以前から評判を聞いて、行く機会を伺っていた隠れ家食堂だ。
「作り置きで良かったら、すぐ作りますよ」。ふくよかな女店主が言う。
お品書きを見ると、和洋中の料理名がいくつか並んでいる。まるで中学生が書いたかのように素朴で丸みのある手書き文字。
【お品書き】
カレーライス 200円
ハンバーグ 400円
牛丼 450円
ミートソース 200円
冷やしたぬきそば 300円
もりそば 200円
ネギたまご炒飯 50円
ケチャップライス 100円
ウインナー目玉焼きごはん 150円
おにぎり 10円
たまごサンド 100円
マッシュポテト 100円
オニオングラタンスープ 100円
グリーンサラダ 30円
牛乳 100円
麦茶 20円
アイスティー 40円
チーズ 40円
なんだろう。安い。そして牛丼だけ妙に高い。「どうして?」と聞くと、「池上の松屋で買ってきたから」とのこと。正直なものだ。
しばし悩んだ末、ケチャップライス、マッシュポテト、オニオングラタンスープ、チーズ、麦茶を頼んだ。
「ほい」
女店主はオーダーの確認もせずにキッチンに立ち去る。
まな板で野菜をバンバン切る音。フライパンで何かを炒める音。電子レンジの作動音と、チン!という元気なレンジアップの合図。
途中、冷蔵庫を開け閉めする音がバタンバタンと騒がしげにする。けっこう大雑把な人なのかな。料理の仕上がりが心配になってくる。
驚くほど早く、すべての料理が同時にきた。
「写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、「撮ってもいいに決まってんじゃん」と、砕けた返事。歓迎というよりは、「バッカじゃないの?」という顔でしかない。
なるほど。今どき撮影許可を乞う客も少なくなったものだろう。
ひとしきり撮影をして、光の加減を確認する。まだ十分に日差しのある時刻。赤いケチャップライス、海松色の皿、マッシュポテトの上のピンクペッパー。すべての彩りが美しい。
「いただきます」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。女店主はもうスマホに夢中だ。有線の白いイヤホンをしてニヤニヤと画面を見ている。
そういえば、この店はBGMがかかっていない。おそらく、店主がYouTubeを見るための邪魔にならないようにだろう。あのニヤニヤ顔は、BTSというよりは、ひろゆき切り抜きといったところか。
ふと壁を見ると、「キシロフォンレコードのオムニバスCD販売中! 店主も一曲歌っています♪ "お肉の歌"だよ! いちまい500円」というチラシが貼ってある。
お品書きと同じ文字だ。この人、歌も歌うんだな。あの体格なら、さぞかしいい声が出るだろう。まあ買わないけど。今日が初対面だし。いわば何の義理もない関係だ。
よし。ケチャップライスからいってみよう。
あ、美味しい。けっこう薄味なのに、しっかり旨みがある。かといって化学調味料の味はしない。この薄くスライスしたウィンナーから出た出汁だろうか。
ネギは玉ねぎではなくて、慎重に細かく刻まれた長ネギだ。たまごは柔らかさとポロポロした食感が両立している。ケチャップは一切ベタついていない。ちょうど白米に吸い付く分だけケチャップが加えられ、焦げ付く前にパラリと仕上げたようだ。
所作は大雑把だったが、料理は繊細と言っていい。
このケチャップライスの箸休めに、クリームチーズをいただくと尚一層コクが出る。
その横に、乱暴に引きちぎられたグリーンリーフにプチトマト。これは全くいい加減な印象。単なる彩りか。まあ彩りも大切ではあろうけれども。
ひとしきりケチャップライスに集中したところで、オニオングラタンスープをひと口。おっ、これは旨い。意外と時間をかけて作ったんじゃなかろうか。
きれいな焦茶色に染まった玉ねぎ自体の水分がスープになっている。トッピングのパンはカリッカリに焼かれていて香ばしい。そこへ加わる、粉チーズと黒胡椒とオリーブオイル。とてもこの目の前にいるYouTubeリスナーが作ったとは思えない出来栄えだ。
濃厚なオニオングラタンスープの合間に、マッシュポテトを口に入れる。ああなんだこれは、優しい味だな。良いバターと牛乳を使って、丁度いい粘度まで煮詰めている。
先ほどのケチャップライスもそうだが、案外きっちり詰めるべきところは詰める人と思った。そしてこの店、愛想はないが居心地はいい。勝手にやってくださいと言わんばかりだ。
ゆっくりと味わうつもりが、あっという間に平らげてしまった。素直に美味しかった。まあそうでもなければ、こんなマンションの一室で食堂を続けられるはずもないか。
「ごちそうさまでした」
「あざす。360円でふ」
でふ? よく見たら彼女、何か食ってるところだった。紺色のワンピースの胸の部分に、パン屑のようなものが落ちている。パン食ってYouTube見てたのか。自由気ままなものだ。
しかし不思議とそんなざっくばらんな態度に好印象を持った。また来たい。できれば明日にでも。
しかしそれではまるで、ボクが和女食堂に一発でハマってしまったと思われるばかりではないか。とてもではないが恥ずかしい。
女店主がこちらの顔を忘れた頃にまた来よう。そういえば、この人が和女さんなのかな。それを尋ねるのもまたにしよう。
「ありがとうございました。明日から海老フライも出しますよ。作りたてタルタルソースが自慢です。絶対美味しい」
おっと。言い切ったな。これって明日も来ていいということか?
「そうですか、美味しそう。また来ますね」
大人の余裕ある笑顔でそう言って、ドアを後にした。やべえ、海老フライか。大好物だ。
ボクはiPhoneでスケジュールを確認して、明日の段取りを頭の中で計算し始めた。
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