【短編小説】和女食堂・カニカマたまご焼き
遅くなってしまった。もう駅ビルのレストラン街も閉まってる。松屋やバーミヤンに行くほどの気力もない。
わたしが食事に求めるものは、まず美味しさ。そして快適さだ。
いくらか広めのテーブルと椅子に、ゆったり座りたい。そしてガチャガチャとした広告など目に入れず、食べるものに集中したい。
疲れてるおじさんたちが、背を丸めて食事している姿も見たくない。なぜならそれは、疲れ過ぎた自分の写し姿だから。
「大森駅 300m 夜10時以降入店可」で検索しても、出てくるのは居酒屋さんとラーメン屋さんばかり。下戸でしかも食べるのが遅いわたしにはハードルが高い。
食べログを閉じると、Twitterに赤いバッジがついていた。インフルエンサーの友人がわたしをタグ付けしてくれたツイートに、いいねがついたらしい。
もう3日も前のツイートなのに、まだいいねがつくなんて。インフルエンサーの人ってすごいんだな。
ついでにタイムラインを見ると、和女食堂さんのツイートが一番上に出ていた。
「本日、夜食あります。ただしリピーターさんのみ。DMください」
和女さんだ。助かる! 和女食堂だったら、わたしの住むマンションから歩いて1分とかからない。
すぐさまDMを送ると、30秒で返事が返ってきた。
「ご連絡ありがとうございます。ぜひお待ちしております!ゆっくりお越しくださいませ」
和女さんは実際に会うと普通に友だち言葉になるのに、オンラインではなぜかいつも敬語だ。わたしのこと忘れてるのかな? と一瞬思ったが、リピーターだと認識しているから受けてくれたんだろう。
「こんばんは、遅くにすみません」
「らっしゃいませー。お疲れサマンサ。はい、おかけください」
熱めの白湯と、お品書きを持ってきてくれた。
【お品書き】
ウインナー 1本30円
カニカマたまご焼き 120円
おにぎり 10円
レタスとフランクフルトのスープ 250円
たまごサンド 100円
ゆでたまご 30円
目玉焼き 30円
もりそば 200円
グリーンサラダ 30円
S&Bホンコン焼きそば 120円
味噌汁(玉ねぎorあおさ)60円
牛乳 100円
麦茶 20円
アイスティー 40円
チーズ 40円
六花亭大平原 130円
相変わらず普通の家みたいというかなんというか。前回来たときは、白身魚のソテー ブールブランソースを作ってもらった。名前はしゃれてるけど、もろにフランス家庭料理の趣だった。そこがいい。
レタスとフランクフルトのスープってすごく気になる。でも今の気分は和食。おにぎり食べたい。おにぎりなら2個食べられる。
「すいません、おにぎり2個と、カニカマたまご焼き、あと、ウィンナーを2本お願いします。あおさのお味噌汁とアイスティーも」
「おにぎりは具なしだよ。いい? たまご焼きはカニカマと万能ネギとマヨネーズ入り。アレルギーない?」
カニカマと万能ネギとマヨネーズのアレルギーの人なんているのかな。そういえば、マヨネーズは絶対食べられないと言った友だちがいたわ。
ともこ。彼女のことを考えながらボーッとしていたら、さささっとお皿とお椀が並べられた。
「おにぎりは下手なの。まだ練習中」
なるほどね。あまり上手とは言えないかも。でもとても良いお海苔を使っているのがわかる。
漆黒の海苔をパリパリと鳴らし、ふっくらとした白米にたどり着く。ちょうどいい塩加減。
「塩加減、バッチグーですね。どんなお塩を使ってるんですか?」
「伯方の塩だよ。は・か・た・のっ塩!」
懐かしいCMソング聴けた。伯方の塩か〜。こんなに美味しかったかな。
深く切り目を入れたウィンナーは、香ばしい醤油の味がした。それが白米とよく合って美味しい。塩気が強めで、運動会の日のお弁当のよう。
カニカマたまご焼きは、フレアスカートのようにヒラヒラとした形に仕上がっている。カニカマとネギの色が、スカートの絵柄にも見える。
こちらは塩分控えめで、フワフワしたお味。出汁の効いたお味噌汁とともにいただくと、まるで実家のごはんのような安心感。
今のわたしは、思いっきり疲れた顔をしていて、思いっきり食べることしか考えていない。何の飾りもない、どシンプルな和女食堂のインテリアに癒される。
「ごちそうさまでした。たまご焼き、ホッとする味で美味しかったです」
「ありがとござます! 300円です」
ちょっと本当の笑顔で笑って言えた。一日の終わりにこんな笑顔ができるなら、まだまだわたしはがんばれる。
「無理しないでね。ゆっくりお風呂に入るんだよ。おやすみなさい」
「あ、はい。和女さんもご自愛ください。おやすみなさい」
やっぱりそんなに疲れた顔をしていたのかな。それとも、最近あった出来事に気付かれたのだろうか。
もう今日は泣きたくないなと考えながら、家に帰る。そうだな。お風呂に入ってすぐに寝よう。Good night and have a nice dream.
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