エッセイ スカタンな母親
戦争映画のことで、突然思い出した。
小学生の頃に、母親とふたりで、たまたま一緒にテレビで戦争映画を観たことがある。
珍しい、ソ連の映画だった。
つくられたのは、私が生まれる前年。1959年。
子供の時に観たのに、かなり鮮明に覚えているので、それだけでも、名作といえると思う。
19才の兵士が、たまたま偶然マグレで、戦場で敵の戦車を2台も炎上させてしまう。ここはまるでチャップリンのような喜劇仕立てである。
そのご褒美で、彼には6日間の特別休暇が与えられたのである。
兵士は母親に会うために帰郷する。
ここからは、いわゆるロード・ムービー的に進むのだが、いろいろあって、想定外に時間をくってしまうのだった。
そのため、ようやく我が家に帰ったものの、若者は母親と、ほんの一瞬しか会うことができなかった。
畑で働いていた母親は、泣きながら、息子のトラックが遠ざかるのを、最後まで見送る。
そして、母親が息子の名前を大声で叫んで、エンディングをむかえるのである。
もちろん、息子が再び母親のもとに戻ることはなかった。
私は、泣いた。
私の母親も泣いていた。
しかし母親はそれからしばらくのあいだ、エンディングの母親が、息子の名を叫ぶシーンの真似をして、私を呼び続けたのである。
「アリョーシャ〜……」
私は、子供ながらに、そのスカタン具合が、とてもとても情けなかった。
映画の感動と母親に対するがっかり感が、いまでもハッキリと私の記憶に刻まれている。
この傷は、私が将来アルツハイマーになっても、消えないと思う。
再度その映画を観たいと思ったのだが、どうやら希少らしく、中古なのに高くて手がでない。 了
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