スポンジ理論
人間は一生、貪欲に勉強せなあきません。
勉強……というと漠然としすぎなら……それはデータや情報です。もちろん信ぴょう性の高い情報。それをテレビではなく他から能動的にとりにいくのです。
情報は知識ですから、その知識から知恵を生産します。そしてその情報を得るためには、経験が必要になるのです。
もともと人間は台所用のスポンジみたいなもんやと思います。
新品のスポンジは色鮮やかで、形もしっかりしていて清潔です。
情報・知識・経験などの主要品目は、新品のスポンジに、まさに水を吸うように吸収されます。
新品のスポンジで高級なテフロン加工の鍋やワイングラスやメガネのレンズなんかを拭くとキズがつきます。
でも、水を含んだスポンジならキズはつきません。
スポンジは、何度も何度も水を吸収し、それを絞り、また吸収します。
そうです、必ず絞らなあきません。
いったい何のためか?
これは乾いたスポンジで食器をこするのではなく、水を含んで柔らかく、そして重たくなった状態で食器を……こする……のではなく、さするためなのです。
ハッキリと言いましょう。
それは、
「舐める」(なめる)と、いうことです。
人生は、とことんなめてかからなあきません。
もちろん、それでえらいにあったり、致命傷を負うこともあります。
それでもビビらず勇気を出して、なめてかからんとあかんのです。
なぜなら、ちょっとでもこちらが弱気になれば、人生になめられるからです。
人生は、まるで浮遊霊や悪霊のように、弱い人間に、多彩な技を駆使して襲いかかってきます。
人生も人間ですから……これ、矛盾してるようで矛盾してないんです。
人生は神みたいなもので、しかもそれは宇宙につながり、宇宙は人間の意識の集合体なので、つまり、人生、この世も所詮は人間なのです。
嘘やと思ったら、もしもあなたが大病を患ったり、自分が経営している会社が大量の負債を抱えて倒産したり、またはなんらかの事件で逮捕・拘留されたりすればその時にハッキリとわかります。
人生の舐めかたが……。
そんなハードボイルドな経験をせずに、良い子が真実を学ぶ。真実に近づく。
それは、知識を元にした想像力しかないのです。
想像力で経験を補う。決してだまされたらあかんのです。
とにかく、
人生になめられたらあきません。
人生はなめてかかるものです。
だからスポンジに水を蓄えましょう。
やがてそのスポンジはボロボロになり、使い物にならなくなります。
私の意見ですが、台所用スポンジはダスキンのがいいです。 100円くらいの安物は消耗が激しく、結局高くつきます。
話を人生に戻しますが、
新品の男性なら、だいたい84年くらいは持つそうです。