エッセイの素(病床日誌No1)
【エッセイの素】病床日誌
これは、私の数年前の日記である。
実はこれが、偽らざる私の《エッセイの素》なのだ。
分類整理及び精製以前の原油にも似ている。
腐っても文人の日記だから、日誌とは違い、テーマはその日の実際の気分重視で、主観的に且つ自由奔放に飛び跳ねる。
その制約及び節操のなさは、まさに《エッセイ》の定義の王道に沿っているではないか。
エッセイの素、はじまりはじまり。
その1 《某月某日》
本日未明、早朝4時半。熱は39度4分。高高度を維持しつつ安定飛行。
胸やみぞおちに違和感があるので、山口の救急電話相談窓口に電話をした。
「カクカクシカジカの症状で、本人は肺炎を疑っています」
「本人というのは、患者さんご本人がすぐそばにおられるのですよね?」
「はいそうです。それが、私です」
「……えっ、でも、そんな長期にわたり高い熱が継続しているのなら、かなりおカラダがきついでしょう」
「そらもう、歌の文句やないですが、しんどくてしんどくて、とてもやりきれません」
「それなら119番していただいて結構ですよ、たぶん、今からなら救急車で日赤病院に運んでくれると思います」
「なるほど、日赤ならそのままとりあえず入院ですよね」
「それはわかりません。診察した医師の判断によりますから」
「救急車はイヤです。だいいちこの歳になって恥ずかしい……わかりました、あと4時間もすれば夜が明けて病院が開くので、朝一番に行きます。今はこんなに暗くとも、明けない夜は決してないのですから」
「日赤病院に行かれますか」
「いえ、維新公園近くのかかりつけのお医者さんです」
さて約束通り夜が明けて、大好きなお医者さんと会談……もとい診察をば。
「ブチ熱が出よるねえ、しかも継続して」
「まあ、そもそも人間が粘っこくて熱いですからね」
「低体温症よりはマシじゃけど、いちおう、インフルエンザのチェックをしとかんといかんねえ」
「インフルやないですよ、怪しいのは肺炎か心筋梗塞の予兆ですな、ほれ、左手がシビレているんですよ」
「フグは食べんかった?」
「せんせ、それなかなか面白いです」
「そうかね、よそでも使えるかね……じゃあすぐに検査するから、ちょっと鼻の穴をこっちに見せてごらん」
「インフルエンザと違いますって」
「どうして違うとわかるの?」
「宗教上の理由です」
それからロビーで待つこと約10分、再び結果を聞きに診察室に入ると、
「久保さん、当たりじゃった」
「どっちの当たりですか?」
「久保さんの言うとおり、インフルエンザじゃなかった」
「そうでしょ、なら肺炎の疑いありですかね?」
「いや、普通の人ならここまで体温があがればまずはインフルエンザで間違いないんじゃが、どうやらこれは、過労による、シンプルな風邪じゃろうね」
「普通の?」
「そう、普通の、けど普通の風邪でもバカにできんよ、久保さん本人が普通でないんじゃから……とにかく、疲れからきとるようやね、熱が下がらんのは、風邪をこじらせとるからじゃね」
「それなら、今日もらうのは風邪薬、PLですか?」
「そうじゃね、PLを出しとこうか、それとあと殺菌のための抗生物質と、解熱はカロナールよりもうちょっと効くやつを出しとこうね、カロナールは子供にも出せる薬じゃからね、心配せんと飲めばええ」
「ところで、せんせとこは、整形で出る湿布薬は出せませんか?」
「そんなことないよ、貼ったらちいとでも楽になるかね?」
「劇的に腰の痛みがとれますよ、名前……あっ忘れた、思い出せん……最近ずっとこんなんですわ、完全に海馬の萎縮が進んでるみたいです」
「カラの包装紙をみたら思い出すかね?」
「そらもちろん」
「この中にあるかね?」
「なんか金の斧と銀の斧みたいですな……これやない、これやない……あっ、コレですコレ。コレに間違いない。モーラステープ」
「それならこれも一緒に出しとこぅ、この湿布はそんなに効くかね?」
「とりあえず痛みは気持ち悪いくらいに消えますね、今の新薬は怖いですなぁ」
「じゃあ4日ほど経って、まだ調子が悪けりゃもう一度おいで、その時に、なんならレントゲンとか他の検査もしてみようかね」
「普通の風邪なら頑張って栄養つけた方がよろしいですな」
「そらそうじゃね、胃が受けいれたらね」
「今日はまだ朝飯を食うてないんで、このあと湯田に新しくできたラーメン屋で、ニンニク大量にいれて食うたろうと思うんですが、どないでしょう」
「そらええね、ニンニクは風邪によう効くからね、けどボクは家に昼飯をこさえて用意してあるんで、今日のところは遠慮させてもらうよ」
結局、目当てにしていた店が定休日で、その近所の他のラーメン屋で食うことになった。
どうも湯田のお店、縁がない。大昔あれほど京都の本店に通ってあげたのに……。
その2 に、続く。