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エッセイ 休日のお仕事 太陽の五本指
(※ 2011年の話です)
観たい映画のDVDを手元に置きながら、なかなか観ることができない。
タイトルは《オール・アバウト・マイ・マザー》という1998年のスペイン映画だ。息子を事故で亡くした母親の、魂の軌跡を描いているという。
最近のアメリカ映画に飽きてしまった私の触覚は、アカデミー最優秀外国語映画賞を受賞したというこの作品にピクピクと反応してしまうのだ。
時節柄痛すぎるというストーリーも複雑に後押しする。
「あ〜観たい。早く観たい」。
けれどもその前に、こなさねばならない仕事が2盛りほど横たわっているので、どうも落ち着けない。
そんな気分のまま映画鑑賞を強行して、もしもその作品が極上であったなら、ものすごく後悔してしまう。ピンの作品は万全の感性で味わいたいからだ。
そのジレンマを解決するために4月3日の日曜日は存在した。いや、そのはずだった。
理屈は単純である。目の前の2盛りの仕事を処理すればよいのだ。
勝負事は先制に限る。
データを見れば、高校野球でも、先に点をとった方が勝つ確率が圧倒的に高い。
逆転勝ちは印象が強いから記憶に残りやすいが、その数は意外と少ないのだ。
とにかく先手必勝に限るのである。
だからこそ、まず朝は普段どおりの時間に起きることにした。
私の流儀では7時ちょうどのアラームで熟睡から寝とぼけ状態になり、次のアラームが鳴るまでの15分間、布団の中でゆっくりと自然解凍されることになっている。
それから起き上がって風呂場へ行き、半身浴をしながら髭を剃って髪と身体を洗い、仕上げにやる気と歯を磨くのだ。
軽い朝食をとれば、普段ならそのまま仕事モードに突入する。
けれどもさすがに日曜日は手強い。
なかなか食事が終わらないのだ。平日と異なり部屋の隅々まで緊張感が見事に欠落している。
必ずしもそれだけが理由ではないだろうが、知らないうちに、いつのまにか左手に読みかけの本が吸い付いている。
「ちょっとだけならかまわない」と油断することが、必ずちょっとだけでは済まないことを、これまでの人生で散々知らされているくせに、やっぱり本音では懲りてはいないようだ。
どこかで「今度は大丈夫」と、目前の世の中を舐めている。
玄関のチャイムが鳴った。
たいして面白い本ではないのに「あっ!」と気づいて時計を見れば、もう約束の11時である。
客を座らせ紅茶をいれる。ティーパックでも揺らさずきっちり蒸せば十分美味しく味わえると最近学んだ。
「大先生、もう出来ましたか?」
明らかに疑いが混ざった声で、上目使いに弟子が問う。
「先生」の前に「大」が付いているだけで、本音が見える。
わかっていないわけがないのに、
「何のことだ」と、わざと聞き返す。
「明々後日のラジオで流す選曲ですよ、ついでに、それについてのコメントも」
「あっ!」と声を出さずに叫ぶ、
もう一盛り仕事が増えたからである。
そのことをきれいさっぱり忘れていたのだ。
あまりに完全に忘れていたので迷わず開き直る。
「当然だ」
「えっ、本当ですか、早いじゃないですか、いつからそんなに改心したんです」
「何を寝ぼけているのだ」
「えっ、まだなのですか」
「当然まだだと言ったまでだ」
「そんなことだと思いましたよ、それなら当然、5月の歌の映像所見もまだですよね?」
「あっ!」と声を出さずにまた叫ぶ。
もう一盛り仕事が増えて、たちまち合計4つになってしまった。
ポケットをたたけばビスケットが増える歌がこめかみの奥で流れた。
けれどものんきにしている余裕などない。見えない敵にこのまま押しつぶされそうな実にヤバイ雰囲気だ。
そこで気分転換を理由に、ひとまず散歩に出ることにした。人は時にはこういう思い切った行動が必要である。
桜が咲いているが風は肌寒い。
維新公園のお気に入りの遊歩道をゆっくり抜けて、噴水を横目に野外音楽堂の外階段を昇りステージを見下ろした。
そこには誰も居なかったが、リハーサル室から吹奏楽が漏れている。
漏れる音に風情はあるが、演奏はお世辞にも上手いとは言えない。
「チャリティー•コンサートをするには、ここが使いやすいな、屋外だから開放感がある。それに大きな屋根があるから、少々の雨なら大丈夫だからな」
そう言い放って、次は国体用に建造された巨大なアリーナへ向かう。出来立てのほやほやである。不況だと言いながら思いっきり金がかかっている。もちろんグラウンドには入れないが、観客席は開放されていた。
赤茶色の400mトラックの内側の芝生の緑はまだ淡い。
プラスティックの座席はオレンジとグリーンの二種類である。山口県の特産物である夏みかんの色を表現しているに違いない。
スタジアムのすぐ後ろに小高い山が迫っている。アリーナのような建造物と自然の景色とのウエイトのバランスがちょうどいい。山口ならではである。都心では決してこうはいかない。
これほどのアリーナのまわりには、必ず無機質なビルがずうずうしく居直って建ち並ぶ。
「どうせなら、ここでやりたいですね」と弟子が言う。
「サッカーか? アメリカンフットボールとか? ゲートボールか?」
「チャリティー•コンサートですよ」
このスタンドを埋め尽くすほどの観客を集めて開催したいという、限りなく夢に近い希望を語ったに違いない。
けれどもそれを正面から受けるのは癪である。
「駄目だな、ここなら、雨が降ったらステージが濡れてしまう、濡れると音響機器で感電することがあるから危険だ」
「そういうことを言っているのではなくて……」と言いたいのだと顔に出ているが何も言わない。沈黙は時には寛容であり、また妥協でもある。
結局気分転換の散歩にかれこれ2時間を要した。
ようやく部屋に戻った私はいつものようにつぶやいた。
「疲れた、10分休憩」
そしてそのまま寝室の方に足を向けた。
「出たでぇ!」
横浜出身のくせにどこで覚えたのか、実に奥深い関西弁を発した。
この「出たでぇ!」ということばは、突発的事象に遭遇して自らが驚嘆した状態を「出た」という動詞で顕示すると同時に、その後の「でぇ」という方言的語尾をもってして、相手に対し強烈な批判的攻撃を仕掛けているのだ。
ここでの自他の動きと位置づけを正確にとらえて証明するには、特殊相対性理論が最も手っ取り早いが、あまりに複雑なので省略して、さっさと話を元に戻す。
「疲れた、10分休憩」
「出たでぇ!」
「何がだ?」
「今日の10分は、何分ですか?」
「だいたい15分」
「本当のことを言ってください」
「それなら余裕を見て、30分とすれば近かろう」
「わかりました。それでは、今が1時過ぎですから、2時に起こせばいいんですね?」
この時点で、30分からさらにサバがよまれているが、誰も指摘をしない。これを阿吽の呼吸と言わずして何とする。
結局私が10分の休憩から目覚めた時には、すでに窓の外は薄暗かった。弟子の姿もない。そしてほどなく空腹に気付く、たとえ眠っていても生きている証拠である。
そうだ、よくよく考えると昼食をとっていないではないか。
仕方なく電話をかける。
「飯、どうするよ?」
「知りません」
「なんで起こさんかった?」
「何度も起こしました」
「記憶にない」
「ロッキード事件ではありません」
「古いことを覚えてるなぁ」
「わかっているんですか? 原稿の最終校正は、本当なら明日の昼までに出版社に届くようにと言われているんですよ。
今晩徹夜で仕上げても、明後日にしか先方に着かないのですよ。ですからまず明日、朝一番に必ず出版社に自分の口で遅延の電話を入れてください。
それから、何度も今日中だと約束したはずです、8月の歌、海の歌が津波を連想させて時節柄まずいのであれば、空の歌か山の歌でもいいですから、チャッチャッと書いてくださいよ、私はそのあとスタジオにこもって形に仕上げないと駄目なんですからね……」
忘れたかった2盛りの仕事が塊になって襲ってきた。
覆いかぶさる言葉の群れが、現実という看板を掲げたまま暴徒と化して迫ってくる。
「わかった、わかった……全部今晩やりゃあええんやろ」
「そうです」
「とにかく腹が減っては戦ができん。まずは腹ごしらえや、それから一気に仕事モードじゃ!」
結局その夜は、食後に8月の歌を書いて息絶えた。
集中力とはそんなものだ。
あとに残ったのは、まっさらな3つの仕事の山と、スペイン映画一本である。
でもそれでいいのだ。満足できる歌が一本書ければ、残った仕事のストレスなど一気に蒸発してしまうからだ。
そして何より一本の歌が弟子の機嫌を見事に豹変させた。
五線紙を顔の前まで持ち上げ、少女漫画のようなキラキラと輝く瞳で歌詞を追いながら生き生きと語る。
「うんうん、私、こうゆうような歌が、8月にどうしても欲しかったのですよ、もうサイコー」
何はともあれ一難は去った。
まだまだ先は長い。
たしかに人生は重荷を背負って坂道を登るごとしである。
けれども、なぜ休日の道の方が平日よりも険しいのかが、いまだにさっぱりわからない。
最後に弟子に、バシッと背中を叩かれた。
「大先生……やればできるじゃないですか?」
山口でうまれた歌 8月放送予定曲
《太陽の五本指》 (合唱曲を想定)
作詞・作曲 久保研二
山の端から生まれた朝日が
雲をすり抜け空で笑ってる
海はきらめき波が歌う
緑も風も声をあわせる
町にあふれる光がはじけて
みんなの声が歌をうみだす
川の流れが景色を映し
小鳥も魚も声をあわせる
太陽の五本指が大きく広がり
太陽の五本指が大地を包む
太陽の五本指がタクトをふれば
みんなの声が空に響いてゆく
太陽の五本指が世界をつなぐ
太陽の五本指が未来を照らす
太陽の五本指がタクトをふれば
みんなの心がひとつに重なる