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恐怖体験
2015年、12月11日、早朝4時ぐらいの事、
私は、ガサゴソという、物色音のようなもので目が覚めました。
外は激しい風雨でしたが、その音でも消えないほどの、いかにも屋内に響くガサゴソ音でした。
私は、認知症の父がトイレに行ったのだろうと思いました。
「トイレットペーパーが切れて、予備のと交換するのに手間取っているのかな? まあ、そのうちおわるやろ」
ところがなかなか終わらないどころか、今度は風呂場の方から、さらに物色音のような騒がしい音が聞こえてきました。
「またオヤジのやつ、あちこち酒を探してるな〜ええかげんにせなあかんで」
たまりかねて、私は布団から出てオヤジをどやしつけに向かいました。
まずはトイレ。
「あれっ?」
父は居ません。しかも、トイレの小窓の前の予備のトイレットペーパーが、3つそのままで、交換した様子がありません。
私はすぐに台所へ向かいました。
きっと、みずやや冷蔵庫を開けて酒を探しているに違いありません…しかし、台所にも父の姿がないのです。
私は慌てて父の寝室の電気をつけベッドを確認すると、禿げた後頭部をこちらに向けて爆睡してるではありませんか?
「なんじゃこれは?」
そう思った直後、今度は風呂場からさらに大きなガサゴソ音が……。
今までも、屋根裏や床下や家の周りなどから小動物が這い回る音は何度も聞いていました。おそらくイタチだろうということですが……しかし、それら小動物の音よりはるかに騒がしい……人間っぽい音なのです。
いつもの私なら状況を素早く分析し、冷静に対処するはずなのですが、今朝ばかりは異なりました。
昨夜に読んでいた本が悪過ぎたのです。
それは、今からちょうど100年前に起きた、三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)に関する本だったのです。
北海道の開拓地で、わずか数日のうちに胎児を含む7名が熊に殺されたり食われたりして、3名が重傷(後日1名死亡)を負ったという、史上最悪の獣害事件です。
囲炉裏で火を焚いてる屋内に、外壁を破って突然乱入してきたのは、金毛を交えた黒褐色の巨大なヒグマで、立ち上がると3メートルを超えていました。(後に射殺され、サイズが事実だったことが判明)
あまりに凄惨な事件の詳細を読みながら、そのまま寝おち、明け方冒頭のように異常な物音で私は目覚めたのです。
さすがの私もビビりますがな……。
でも、思いきって浴室の電気をつけ、ドアを開けました。
風呂場の窓も、外につながる扉も、正常でした。
けれども、さらにガサゴソと音が続き、やはり人の気配が……。
誰もいない浴室に、ガサゴソと響く音。
普通なら屋根裏をイタチが這っていると考えるのですが、どうやら音は下から聞こえます。
風呂場には、床下というものはなく、ウチはご承知のとおり五右衛門式なので、浴槽の下はカマドです。
もしかしたら、風呂場の外で何ものかが悪さをしている可能性もあります。
昨日は風呂がまに火をいれませんでしたから、カマドにもぐりこんだのかも……。
とにかくはっきりしていることは、イタチやネズミのような小動物ではないということです。
イノシシか? ……それとも……まさか熊?
外は大雨……表に出てまで確かめる根性はありません……とりあえず、明るくなるまで待とう……やがて幸いにもガサゴソ音は徐々に静まりました。
夜が明けてから、隣の農事組合法人の作業場に、地元の勇者、たきゃぎさんが来たので、すぐに事件を報告しました。
「まさか、クマとちゃいますよね?」
「クマは、民家には近寄らんよ」
「いや……そんなことないねんけどな……北海道で100年前にあった事件……ほんなら、イノシシですかね? 表をゴソゴソ」
そういえばこの前、餅つき大会で、父が通うディサービスに参観に行った時にとある近所の婆ちゃんが、
「ウチなんか、勝手口の扉をコンコンと叩くから、窓から見たらイノシシじゃった」と、言ってたなぁ……。
勇者、たきゃぎさんは、
「そら、タヌキじゃろ?」
「いや、タヌキよりも、もっと大きいと思います」
「そんな時間に出歩くのは、タヌキよ。今のタヌキは冬に備えて、丸々と超えて大きいなっとるから…外から、中に入れる穴がどこかにないかと、あちこち、探してまわるんよ」
「でも、タヌキやったら、人間見たら逃げますよね、わしがビビる必要ないですよね?」
「そら、逃げるよ……とにかく、タヌキよ」
さて、その話で朝から父と盛り上がりました。
「お前な、わしがコソコソと夜中に、酒なんか探すわけがないやろ?」
「前に何回もやったやないかい?」
「それよりな、お前は、自分の父親とタヌキの違いもわからんのか?」
「わからんわい!」
「そやからお前は、タヌキに化かされるんじゃ」
「なんも化かされてへんがな」
「まだ、自分が化かされてるのがわからんのんか?」
「どういうこっちゃねん?」
「わしの顔をよう見てみい……」
「あれっ? オヤジやとばっかり思ってたけど、コイツ、昨日のタヌキが、オヤジに化けてやがるな」
「今頃わかったんか?」
そこで私は丸めた新聞紙で、オヤジの頭をドツキ倒しました。
父は大喜びで、キャッキャキャッキャ叫びながら逃げまくり、最後は布団の中にもぐりこみました。
「こらタヌキ、もうあと30分で迎えがくるで」
「わかっとる、それまで一眠りや、コン!」
「今度はキツネかい?」
「まちごうた……タヌキはどんなふうに鳴くねん」
「知るか! そんなもん!」
「ワン‼︎」
「一生やっとれ、長生きするわ」
「長生きする!」
「生きる気満々かい?」
「ワン‼︎」
「もうええっちゅうねん!」