ローマ字の謎
「せんせい、ボクがパチプロをやめて、ちょうど今日で3ヶ月が過ぎました」
「ほう、そうか…それで、なんかええことあったか?」
「最近ですね、なんだか街の景色が違って見えるんですよ」
「そらまた雅なことやな?」
「みやび…って、どんな意味ですか?」
「まあ…風流というか上品というか…要は上等やということや。それで、どないに景色が変わったんや?」
「それがですね、最近せんせいに教えてもろうて、ようやくローマ字が読めるようになってきたじゃないですか」
「そうやな、頑張って勉強しとるもんな」
「そうしたらですね、今まで何のことかわからんかったから意識せんかった、看板とかがですね、なんかこう、向こうから話しかけてくるんですよ」
「そらメルヘンの世界やな」
「メルヘンって、どんな意味ですか?」
「おとぎ話とか、童話みたいなもんや。それで、どんなことを話してくるんや?」
「それがですね、ホットモットとか、サイキョウギンコウとか…ああ、そんなことを書いてあったんじゃ、そりゃわかりやすいわ、みたいに感じるわけですよ」
「そらまたワシらにはわからん境地やな」
「それでですね、昨日ですよ…車の運転をしていてですね、前の車の後ろに書いてある文字があるやないですか? それがですね、TANTO …タント…って、普通に読めたんですよ。そうしたらですね、嬉しくて嬉しくて、涙が出て来てですね、もう少しでオカマ掘るところでした」
「おまえはおっそろしく涙腺が緩いからな」
「るいせんって、何ですか?」
「涙が出る時の目の蛇口や」
「それでですね、看板なんですけどね、どうしてもわからんことがあるんですよ」
「なんや?」
「Yakult なんですけどね、アレ、なんで最後、O がないんですか?」
「そらおまえ、看板から O だけ落ちたんやろ?」
「ボクも最初そう思ったんですよ」
「思ったんかい?」
「でも、よう見たら、U もないし、だいたい、L じゃのうて、R やないんですか?」
「おまえの言うのも、たしかに理屈やな」
「それより、どこのヤクルトもそうじゃないですか? ぼくわざわざ確認しに行ったんですよ、そうしたら、小郡のヤクルトも平井のヤクルトも、おんなじように O だけが落ちるって、おかしいじゃないですか?」
「そうやな、それやったら、あの車のケツに書いてある文字が読めるか?」
「ノテ ですか?」
「それテレビのCMそのまんまやないかい? あれはノート と読むんや」
「なんでそうなるのか、わからんですねぇ…」
「ええか、いくらアルファベット…つまり、ABC とかを使っても、ローマ字というのは所詮は日本語なんや。そやから50音になってるやろ? あかさたなはまやらわ、の行と、あいうえお の段や、10×5=50や」
「はい、最初にそれは、せんせいに教えてもらいました」
「そやけどな、あれ見てみい。あの看板、なんて書いてある?」
「読めません」
「考えてみい、あの店なんの店や?」
「中古車屋です。ビッグモーターです…あっ、BIG MOTOR …あれで、ビッグモーターと読むんですか?」
「当たりや。あれはな、ローマ字とちごうて、英語や」
「そりゃあ、わからんはずじゃ」
「そやけどな、それだけで驚いたらあかんで、レストランとかならな、英語やと思うても、フランス語の時もあるからな」
「世の中はぼくがパチンコうっとるうちに、えらいことになっとるんですね」
「そうや…あれ、わかるか? あの店の看板」
「あれはわかります、コーヒーでしょ」
「当たりや、それでええねん。ローマ字の読みとちごうてもな、それはそんなもんやと、覚えたらええ、まあ、デザイン…ロゴみたいなもんや。coffee くらいは、そんな感じで、形で覚えといたらええわ」
「わかりました」
「ほんなら、なんぼなんでもアレは読めるやろ?」
「ハハハハハ、そりゃ、読めます。パチンコ です」
「あれっ? 最初のふた文字の球が切れとるな、PA を抜いたら、えらいことやぞ」
「ホンマですね、これは、えらいことですね」