ジャンつるのハードル
私は子供の頃からプロレスにはまったく興味も縁もありませんでした。
もちろん力道山世代ではありません。
アニメのタイガーマスクは、毎週欠かさず見ましたが……。
特にプロレスを嫌悪してたわけではないのです。
なぜかまるで好きになれず、小学校の頃、馬場や猪木やミルマスカラスらに夢中になってたクラスメートとの多大な温度差を常に感じていたのです。
身のまわりで友達らが極端に流行しているものに自分だけが乗り切れず、夢中になれず、その魅力が理解できないことは、当時はそれなりに私のコンプレックスでした。
仮面ライダーのライダーカード コレクションもそうでした……。そんなものを集めていったい何が面白いのかわかりませんでした。
でも、「自分とまわりとで埋めきれない好みの差が歴然と存在するのだ」ということを、小学生のうちにはっきりと受け入れることができたのもそのおかげだと思っています。
さて私が高校の1年生の時、同じクラスに居た T に『ジャンツル』というニックネームがつきました。
私は何のことだかわからなかったのですが、それは、『ジャンボ鶴田』というプロレスラーの名前を略したものだと、すぐに友達から教えてもらいました。
この、ジャンツル こと T。
あることで名を馳せることになりました。
それは体育のハードルの授業でした。
体育教師が、後日授業中で開催される体育のテストのために指導します。
「ハードルとハードルのあいだを、3歩で飛べたら、1点だからね!」
なんせ成績がかかっているので、皆、自然と真面目に頑張ります。
そこで例のジャンツル こと T。
Tはハードルを越える時に、なぜかフワリと空中に浮きあがり、その上で身体をのばして、グリコのような、なんともいえないおどけた妙なスタイルになるのです。もちろん本人は真面目にやっているのですが、まるでふざけて踊っているようにしから見えないのです。
居合わせた人間の全員が腹を抱えて、地面を這いながら笑い転げるのでした。
本人が少しもふざけていないので、それとの落差がスカタンをより際立たせ、さらに面白さが増します。
この噂が、あっというまにA組からF組まで、学年すべて、およそ300人に広がりました。
そして1週間後、テストの本番の日。
その時間に、それぞれのクラスで別の授業があるはずなのに、明らかによそのクラスから来たギャラリーが少なからず居て、ひと目 ジャンツルのハードルを見ようと、グランドに集まったのでした。
あの時、iPhoneで動画が撮れていたら……
ちょっとした文明の遅れに、私は今も残念で残念で仕方がないのです。
たくさんの人間が集まり、注目し、面白いと噂がたてば、ますます面白さが感覚的に増幅されます。
実はその日、私は生まれて初めて、笑い転げすぎて、ホントに失禁してしまったのです。もちろん少量ですが……。
その後慌ててサッカー部の部室に駆け込み、体操服をパンツごと脱ぎ捨て、冷たいシャワーで流し、サッカー用のトランクスとジャージに履き替えました。
運動部…サッカー部でよかったと、心から運命に感謝した瞬間でした。
ということですが……私は、その、本物のジャンボ鶴田 という人の顔を当時知りませんでした。
それだけでなく、その後も、今までずっと……40年近く、知らないままに育ったのです。
そしてインターネットで、ついさっき、ようやく写真で確認したのでした。
「この顔……T そのままやん……」
いやあ、誰か知らんけど、Tにジャンツルと名付けたあの頃のクラスメート……誰か知らんけど、めちゃセンスがあったと、感動いたしました。さすがです。