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恥ずべき思い出

 時々、不意に大昔の記憶がよみがえることがあります。あれは小学校 高学年の頃でした。

 まあ、今やから嫌味なく言えますが……
 私はもってうまれた頭の良さで、幼稚園から小学校6年まで、学業においては常にクラスで別格の地位にありました。
 もちろん、学業においてだけです。
 短距離とかは速かったですが……それでも私より足の速い人は、6クラス……ほぼ300人の中でわずかに5〜6人でした。
 でもそれは、私がダントツの1位では決してなかったので、たいした意味はありませんでした。足が速いというイメージ以外には。

 同級生の中には、ほかに、新しい遊びを考える才能に長けた奴。
 異常にマンガを描くのが上手い奴。
 カラダは小さいのに誰よりもケンカが強い奴。
 鉄棒がうまい奴。
 ブランコの凄い奴。
 面白いギャグを次々と生み出す奴。

 そんなふうに、私のできないことができる個性的な友達がたくさん居ました。

 私は、自分が学業を中心とした知的能力や作文能力、コミュニケーションのテクニック、弁舌、そして足の速さとソプラノリコーダーの指使い。
 それらのみが長けていて、他は決して他者より優れていない事実を、正当に、等身大に、客観的に知り尽くしていました。

 正直言って私はガリ勉ではなかったし、また、特別勉強が好きだったわけではありません。

 小学校までは、努力なしに、生まれつきの才能だけで優等生に君臨できるのでした。
 よって私は、努力らしい努力をした記憶や誇りなど一切なく、テストで満点をとっても、作文が市のコンクールで入賞しても、さほど喜びを感じませんでした。

 私は、当時から多分、よほど自分の視点や価値観に正直だったなでしょう。それが幸いして、自分より成績が悪い友達を下に見たり、バカにしたりする発想そのものを持ち合わせていませんでした。ただ、どうしてこんな簡単なことが、皆んなは理解できないのだろう? なぜこんなことをわざわざ学校が教える必要があるのだろう?
 それだけはずっと不思議に思っていました。

 一方、勉強以外では、今から考えたら異常なくらい、周りの方が偉いという、妙な思い込みがあったくらいです。
 そしてそれらは決して思想や自戒や道徳心や信心のようなものではありませんでした。
 そんな自分を我ながら素晴らしいと、今でも思えるのです。

 さて、ある日の席替えで……当時は男女がペアでとなり、隣合わせになるのですが、私のとなりに、クラスでダントツの最低の成績の女の子である F子 が決まりました。たぶんくじ引きによる偶然の結果だったと思います。

 F子は少し知能の発達に問題がありました。当時でいうところの特殊学級 に、入るかどうかがギリギリのラインで、よく教師と親で話し合いが持たれていたようです。

 F子は……ウチのクラスは概ね性悪な生徒がいなかったので……いじめ、まではありませんでしたが、やはり少しみんなから嫌われては、いました。
 それは時々ふてぶてしい態度をとったり、何より、女性なのに髪の毛がバサバサだったり、服装が乱れていたり。
 それよりもまず、顔がベッピンさんではありませんでした。

 先生が気遣ってバザバサの髪をとめる飾りのついたゴムみたいなのをF子にあげて、無理やりつけさせていました。それも嫌味のない、一種のせんせからの愛情に思えました。

 周りの男の友達は、みんな私を哀れがりました。けれども正直、私はそれほどには嫌ではなかったのです。

 ほどなく、F子が実はとても明るく、何より中身が面白い人間だということが、私だけにわかってきました。

 やがてF子はいろんな秘密を私に打ち明けたり……というよりは、私の知らないことをいろいろと教えてくれるようになったのです。

 2人のあいだには恋愛感情とはまったく異なりますが、奇妙な信頼関係が生じ始めました。
 学年一の秀才と、その真逆の頭脳の少女の友情は、周りの人の目からは実に奇妙に映ったようです。

 F子は会話のボギャブラリーも言葉も少ないのですが、ボソボソとしゃべる会話の意味は、概ね、難なく理解できるものばかりでした。

 時々女の子から、いじめに近いことをされたようです。たぶん私と仲がよすぎたのを妬まれたのでしょう。
 ちなみに小学生の時は、顔よりも身長よりも、成績が優秀な人間やペラペラと面白いことをしゃべれる人間の方が、女の子からもてました。

 女の子や友達からいじめられるのは、おそらくF子にとっては慣れっこだったに違いありません。そういう面は、びっくりするほどタフに思えました。

「クボケン(私)と何をしゃべってたのか?」と、詰問されても、別に隠さなくてもよいのですが、F子の口はきわめてかたく、一切口をひらかなかったようです。それで余計に周りの反感を買ったのだと思います。

 私は、少しも偽善者っぽくなく、純粋にひとりの人間としてF子を見ていました。
 なぜそうできたのか、今でも実は分からないのです。
 同じ境遇になれば、今の方がずっと倫理的なことを考え、無理をして目線を下げるような気がします。偽善者の成分をたっぷり含んで……。

 F子と私はそんなこんなで、短期間で非常に仲良くなりました。

 やがて、実はF子が一番、同世代の誰よりも、大人の性に対する知識が豊富だということを私は知りました。
 おそらく家庭環境に問題……異常があったにちがいありません。さすがにそこまでは突っ込んで聞きませんでしたが、小学生でも本能、直感でそれに気付きました。

 F子は時々、不思議なものを家から持ってきて、私にだけこっそり見せることがありました。

 たとえば、傾けると女性の衣服が消える仕掛けのボールペン。 もちろん輸入物で、金髪のヘアーヌードでした。

 また、覗くと万華鏡のように、中にエッチな写真が見える仕掛けのボールペンもありました。

 さらに、小さいプラスティックのオモチャですが、ゼンマイを巻くと笑顔の男女の人形が、変な腰の動きをするやつ。

 それらは今で言う大人のオモチャ、ジョークグッズというやつの一種でした。

 特に印象的だったのは、硬い透明なプラスティックの中に貝殻を封印したキーホルダー。

 実はそれは後々わかったのですが、成人の女性器そっくりの形をしていたのです。

 私にだけくったくのない笑顔で語り、他の友達にはほとんど心を開かなかったF子。

 やがて小学校で最後の席替えがあり、私はF子と席が離れました。
 それでも、もちろん2人の仲は悪くなかったのですが、やがてF子が急に私を無視し始めたのです。

 それは、クラスの中で私が、活発で運動神経にやけに優れたB子のことを好きだという噂が広まった時期と重なっていました。

 B子に対して私が好感を持っていたことはまんざら嘘ではなかったので、私は逆に少し嬉しいくらいで、特に声をあげて反論をすることはありませんでした。

 ある日、ふとF子が気になり、思い切って私の方から、昔と同じような表情でF子に声をかけました。
 するとF子は、いかにも悪意を込めた態度で、私のことを完全に無視したのでした。

 さすがに私はカチンときて、
「なんやこいつ」と感じ、そのあと、
「こっちが下手にでたのに」という思いが湧いてきました。

 そして心の中で初めてF子のことを、

「アホなくせに」
 と、見下したのでした。

 その時、私に罪の意識や自己嫌悪などは少しもありませんでした。

 それから半世紀を経て、その時の半乾きの腐臭を、急に思い出したのです。

 今ならいろんなことが理解できます。推測もできます。2枚も3枚もめくって、中に踏み込めます。

 戻れるものなら、あの瞬間に戻ってやりなおしたいと思う、今日この頃です。

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