![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/24555121/rectangle_large_type_2_4ea9f5727dec155df9aed3f32d66d725.png?width=1200)
大人の童話 夕暮れロボット 星 新一 風 文体なりきり ショート&ショート
【夕暮れロボット】
久保研二 著
「一家に一台」と派手に宣伝されるようになり、値段も大幅に下がって、世の中のほとんどの仕事を一般家庭でもロボットが行うようになってから、はや50年の歳月が流れた。
半世紀に渡る進歩が、常に革新的な能力を新型のロボットに与え続けたために、初期型のロボットの値打ちはどんどん下がって、少し前からは、粗大ゴミとしてお金を払って処分しなければならないようになってしまった。
昔のロボットは、まず電池の持ちが今と比べて格段に悪かった。おしゃべりの相手ならともかく、ちょっとした庭の手入れなどの肉体労働をさせると、ほんの1時間ほどでバッテリーが切れてしまう。
けれども近頃の最新型の機種は、ロボットの体内に小型の発電装置が組み込まれてあるので、よほど極端な重労働をさせ続けない限りは、バッテリーあがりを気にする必要がなくなった。
おまけに昔のロボットは、とにかく冷蔵庫なみに図体が大きくて、家の中のどこに置いても場所をとって邪魔になり、何より電池が切れて動かなくなってから移動させる時は、大の大人が2、3人で、ようやく動かせるという厄介なシロモノだった。
それでもエヌ氏は、初期型のロボットをかたくなに買い換えずに今日までずっと使って来たのだ。
もちろんメーカーからは何度も、好条件での下取りセールの案内が新型機種のパンフレットと共に届いたが、エヌ氏はそれらにまるで興味を示さなかった。自分の古いロボットに人知れず愛着を感じていたのである。
それはエヌ氏が大学を卒業して会社に就職した時、生まれて初めてもらった給料をはたいて母親にプレゼントしたロボットだったからである。
その時母親はたいそう喜んでくれ、ロボットも当時の期待どおり、母親によく尽くし、晩年寝たきりになった母親の介護にも長期に渡り献身的に、しかも堅実に従事してくれたのだった。
20年ほど前のある夜、エヌ氏はロボットからの緊急連絡で、仕事を切り上げて急いで母親の家に行った。その時点で母親はすでに臨終の寸前だった。
母親は息子の手を弱った握力で握りしめ、ロボットを買い与えてくれたお礼を言って、最後は自分が逝った後もこの子をずっと可愛がって欲しいとまで言い残して、静かに息を引き取ったのだった。
そのロボットを、エヌ氏が簡単に手放したり買い換えたりする気分にならなかったのは、そういう事情があったのである。
最近売り出している最新型のロボットは、雇い主が寝たきりになっても、食事の段取りから血圧測定、薬の投与、点滴、娯楽に至るまで、全自動でほぼ完璧にこなしてくれる。
これは人工知能が飛躍的に高度化したからでもある。もちろんシモの世話も退屈しのぎも、さらに子守唄も人生相談も望めば何でも提供してくれる。
当然のことながら、エヌ氏の初期型のロボットには、そこまでの機能は備わってはいなかった。おまけに母親が健在な頃からずっと、メーカーが事あるごとに躍起になって推奨するバージョンアップの処理を、エヌ氏は今まで一度も行わなかった。
とは言いながらも、一部の最低限必要なデータ更新は、ロボット自身のコンピュータがサーバーに事あるごとに自動的にアクセスするので、完全な時代遅れには陥らずに済んだのである。
やがてエヌ氏も十分に歳をとって仕事も辞め、それなりに身体のあちらこちらに不具合が生じ、最近はずっとベッドに寝たきりの生活が続いていた。
こうして、親子二代に渡って同じロボットの世話になることになったのである。
エヌ氏はふと枕元に立つロボットに話しかけた。
「君は、母さんのことを覚えているかい?」
ロボットは"グキッ"という音をたてて首を横に振った。新品の時にはまったく鳴らなかった音である。
「君のお母さんのことじゃないよ。ボクの母さんのことを覚えているかい、と尋ねているんだよ?」
ロボットは今度はコクンと、途中からは重力に任せたように首を縦に振った…いや落とした。そしてゆっくりと、柔らかい電子音で言った。
「ヨク オボエテイマス」
「どんなことでもいいから、母さんの思い出話しをしておくれ」
「ゴボドウサマハ、○□△♢ネンニ、シボウシマシタ」
「そういうことじゃなくて、もっと……そう、情緒的なことを頼むよ」
「ジョウチョテキトハ、コトニフレテオコルサマザマナ、ビミョウナカンジョウノコトヲイイマス。ワタシハ、ソノブンヤヲ、モットモニガテトシマス」
「たしかにそうだよな、悪かったな。じゃあ、君がわかる範囲でいいから、具体的なことを教えてくれよ」
「グタイテキトハ、モノゴトガ、チョッカンテキニシリウルヨウナ、スガタカタチヲソナエテイルサマデス」
「そうだよ。それなら君の得意なことだろ?」
ロボットは"ブーン"という低い音を鳴らしながら窓際に移動してカーテンを開け、遠くの山に沈む夕日を指差しながら言った。
「アチラヲ、ゴランクダサイ」
エヌ氏がぼんやりと、ロボットが指差した方向にある夕陽を見つめると、オレンジ色の丸い球の真ん中に、懐かしい母の顔が浮かびあがったのだった。
「ゴボドウサマガ、ホラ、アソコデ、ワラッテ、テマネキヲシテオラレマス」
エヌ氏は驚いて、さらに窓の外の母の顔を見つめた。夕陽の中の母は、たしかに生前と同じ柔らかな微笑みのまま、ロボットが言うように、こちらに向かってゆっくりと手招きをしていたのである。
「君にも……あれが見えるのかい? そうか……きっとボクの寿命もあとわずかなんだな、そうに違いない。母さんがボクを呼んでいるんだ。不思議だなぁ……自分の死が迫っているというのに、まるで怖くないや、なんて安らかな気分なんだろう、きっとこれも、君が母さんの姿をボクに教えてくれたからだよ、ありがとう」
「イイエドウイタシマシテ」
「ギリギリになって、言えなくなってしまったら死んでからも後悔するから、今のうちに君に大切なことを言っておくよ、……二代に渡って、ホントに長いあいだありがとう。そして、心から……おつかれさまでした。それから……」
「ソレカラ?」
「さようなら」
「ハイ、サヨウナラ」
エヌ氏は潤んだ瞳のまま、ゆっくりと瞳を閉じ、意識を深く沈めて、そのまま安らかに死を受け入れようとした。
苦しさもなく、とても穏やかな気分だった。
その時、今まで聞いたことがなかったような、"ガクン"という大きな機械音が鳴り、エヌ氏は思わず病人とは思えないような勢いで上半身を起き上がらせた。
ベッドのそばには、完全に動かなくなったロボットが、窓から入る夕陽に照らされ、黄金色に輝いて佇んでいたのだった。 おしまい