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エッセイ 田舎の事件 (関西弁バージョン)

 
 
 
  【田舎の事件】 (関西弁バージョン)
                  
 
 朝日新聞へのバッシングが止まりそうにありません。

 私から言わせてもらうと、叩く方も叩く方ですわ、ドブに落ちてもた犬を棒で叩き続けるんは、はたで見ててあんまり気分のええもんやおまへん。

 ライバルを踏みつけながら、その隙に我がとこの会社の契約部数を伸ばしたろっちゅう、セコい魂胆が見え見えです。

 だいたい事の本質は、朝日だけやおまへん。新聞を先頭に、メディア全体に対する、ワシら国民の不審感の現れで、それはそれで新聞業界全体の大問題に決まってま。

 そこんとこを、ちゃんとわきまえとったら、産経かって読売かって、うかれて調子に乗っている場合やないはずなんです。
 もともと読売は、巨人の記事だけ大きゅう扱うから昔からスカンですけど。

 逆に左は左で、朝日を生理的にかばってる姿勢が見え見えで……それもなんかおかしいんとちゃいますかね。

 左が先陣きって朝日の捏造を批判せな、それまでの論調、みんなひっくるめて国民に不審がられてまう危険性がありますやん。

 あいつらはあいつらで、朝日に対して計り知れんほどの恩と愛着があるやろし、その立場上の義理はある程度理解出来ます。

 そやけど、そんなんは絶対、正義の精神とはちゃいます。
 
 あいつらが叩かへんから、もう片方は、余計に世論の後押しを感じて、ここぞとばかりに気張って暴走するんです。

 朝日のホンマの問題は、右や左のイデオロギーやのうて、嘘つきは泥棒の始まりやという、メチクチャ基本的なとこです。
 そこを見間違えたらあきません。

 目的が反日や、中共や韓国への憧れやコンプレックスとか……そんなことは関係ないんです。

 少なく見積っても、まあ、自慢するほどではないにせよ、日本は近隣諸国よりはずっと表現の自由が保障されてる…はず…の国なんやから、好きなことを言えばええんです。

 そやけど、嘘はアカン。

 小学生でもしたらアカンもんを、大人…しかもほとんどの国民が"正しい"という前提で読む大新聞が嘘をつくんは、絶対にアカンことなんです。

 新聞社は特権意識やのうて、めちゃくちゃ重い責任感を、もっとつよう自覚せなあきません。

 それと、他のメディアも、おもしろおかしゅうに反日やイデオロギーの偏りにすり替えて批判するんやのうて、朝日の嘘や捏造、もっというたら、それが判明したかって、しらじらしゅうに嘘を貫き続けた、大組織の体質や構造を糾弾せなあかんし、その切り口やと、朝日に限らんと、よそも多かれ少なかれ、叩かれれたら埃がでるはずです。

 そもそも多くの国民が都会に住んで、頭も身体も都市化しているからこんな問題が生じるんやと私は思うんです。

 報道や人道も、田舎の方がずっと平和で、人間味にあふれてます。
 たしかに閉鎖的な嫌らしさはないことはないですが、あったとしても、あんまり悪質な嘘や捏造は少ないと思います。

 すべての世間の規模が小さいので、その必要がないといえばそれまでですが、人の数が多ければ多いほど、組織が大きければ大きいほど、金が動けば動くほど空気は淀み、嘘のウイルスが増加・増殖するのが人類の定めなんやと、最近妙に確信するようになりました。

 実は1週間に一度自宅に郵送されてくる地元の新聞が面白うてたまらんのです。

 新聞の名を「はぎ時事」といいます。
 全部で4面しかありませんが、パッと見だけは立派な新聞に見えるから不思議です。

 毎週心待ちにしているんですけど、なかでも9月19日発行のやつは、出色の出来でした。

 面白い記事がその号に集中してて、私にとってはまさに大豊作、大当たりやったんです。
 
 一面トップは、昨年7月の豪雨災害で壊滅的な打撃を受けた酒蔵再建の記事でした。

「豪雨災害から未来へ」に続いての見出しは、

「傷口、広げるところからのスタート」

とあります。

 こんなふうに書かれたら、本文を読まざるを得ません。記者の見事な手腕に、感動すら覚えました。

 記事を読んでみると、要は、これを機会に常識に反し、思い切って多額の借り入れをしてイチかバチかの勝負に出る。 具体的には生産量を今までの5倍にするための新しい酒蔵を建造するということなのですけど、その内容自体はさほど面白いわけではありません。

 それやのに、結果最後まで漏らさずその記事を読まされてしまったのは、やはり見出しの力だと思うのです。

 その横には、年金が引き下げられたかわりに消費税を上げられ、踏んだり蹴ったりで生活環境の厳しさが増した高齢者に対し、

「収入目当てにウチに来ては困る」と、シルバー人材センターの事務局が言ったとか言わなかったとか……。

 この見出しは、

「言葉足らずで誤解が」

「シルバーは働く場所?」

「仕事はハローワークへ」

 などと、本文に巧みに誘導しながら、やや大きなフォントで並走しているのでした。

 シルバー人材センターの事務局の受付の人間が放った言葉や態度が、木っ端役人独特の心ないものだったであろう様子が容易に想像できます。
 とはいいながら、やっぱりこの記事も、すべて記者の思惑通りに読まされてしまったというわけです。

 さらに、ペロリと大きな紙を1枚めくると、衝撃的な見出しが躍ってるやないですか!
 
「高校生とイノシシ衝突」

「県道で自転車大破」
 
 このイノシシの記述がまた実に素晴らしい。

「体長は1メートル近くあり、体重は30キロをゆうに越えている。里の栄養素の高い食物を食べているようで、見るたびに体重が増加しているようだという。人間を見ても恐れず、尻尾を振る愛嬌もあるが、少し近付くとすばしっこく逃げるらしい」

 思わず、
「なんや、このイノシシ、もしかすると案外ええ奴かもしれんぞ」と、思うものの、やっぱり高校生を襲ったら洒落になりません。

 そこでまたまた詳細を記した本文に引きずり込まれてしまうのでした。

 要約すると、

「事故は夕方に発生した。友人宅に遊びに行った高校生が自転車をこいで帰宅の途中、突然目の前に飛び出してきたイノシシと衝突したのである。
 高校生は激しく転倒、イノシシの方は"ゴメン"と言って謝ったかどうかはわからないが、とにかくこちらはこちらで驚いて、慌てふためいて現場から遁走した」

 つまり、イノシシが悪意をもって襲ったのではなく、いわゆる、出会いがしらの交通事故やったようです。

 双方が停止状態とちがうかったんで、道交法上は共に過失が生じるはずなんですが、イノシシ側に悪気と道交法の知識がなかったのは、客観的に見てどうやら真実にちがいありません。

 その後高校生だけが救急車で萩市内の病院に搬送されましたが、幸いにも打撲と擦り傷の軽症で済んだそうです。ところが乗っていた自転車は大破して、スクラップ……一方、イノシシの手当は……もちろん誰も行おうとはしていません。

 さてここからが、さらにローカル且つ人間くさくなるわけです。

 この「事件」と言っても、私は事故やと信じてるんですが、とにかくこの件を、地元出身の市会議員が市議会で問題視して、市の管轄指導で運営している「猿捕獲隊」の出動を要請したんです。

 そやけど、ここでまた人材腐臭問題が生じて議論されることになりました。

 そもそも「猿捕獲隊」というのは、オールマイティーな正義の味方やのうて、集団化した猿だけを捕獲する許可を市から与えられて活動している団体であるから、イノシシには対応できひん、というやありませんか。
 まるでマンガみたいな言い回しです。

 そこでついに市長の登場となるわけです。こういう時にこそ、市長は鶴と化して、リーダーシップを発揮せなあきません。

 その鶴(市長)はなんと、市内で過去に発生した「はぐれ猿事件」の時の特例措置の前例を持ち出しよりました。
 それを例にあげて、相手が仮に単独の猿であったとしても、はたまたイノシシであれハクビシンであれニシキヘビであれヤクザであれ…とにかく、公序良俗とヒトサマの治安を乱す可能性のある相手には、市が主導して出来る限りの対応をとっていくという毅然とした姿勢を明確に示しよったんです。

 ところが先に述べたように「猿捕獲隊」を今のままで使うには、人間社会的に行政上の無理がある……らしい。

 そこで役人は、独自に使い古した既製の脳みそをこねてひとつの答えを用意しよりました。

「猿捕獲隊」を中心に、「サル・イノシシの被害防止勉強会」を急遽開くことにしたのです。

 勉強会さえしておけば、あとで責任を追及されても、かわせる可能性が高まります。

 そして入念に資料を作成し、たっぷりと時間をかけて実施した勉強会が、机上の空論もしくは盆踊りにしか見えない阿波踊りであったことは、私が思うに、ほぼ間違いないところなのであります。

 とにかく、大の大人が揃って真面目に勉強して、とりあえずはインチキセミナーを受けた直後の仕事ができないサラリーマンのような架空の自信だけを、床に落ちないようにしっかりと腰に結わえて「その時」を待つことになったのです。

 実に、ワクワクします。

 例のイノシシは先にも述べたように、今まで同様人間を見ても逃げようとはしません。
 衝突の責任はお互い様だと思ってるから、悪気なく、当然反省なんかしてません。

 なんせ、こっちも痛かったんやで、という被害者意識が根強いわけですから、当然自らの罪の意識なんかさらさら持ってないんで、どっかへ高飛びする必要性を感じてません。

 ですからほどなく、捕まえようとする悪意がある人間、つまり「サル・イノシシの被害防止勉強会」を済ませたうえに、かつての「はぐれ猿事件」における栄光の実績を誇る「猿捕獲隊」に、新たな手柄のチャンスが簡単に訪れたというわけです。

 この大捕り物には市の威信がかかってます。だから決して失敗は許されません。
 もちろん重要なイベントと化しているので、そこに出席する"メンツ"は全てに優先されなあきません。
 私のように大爆笑を期待している不謹慎な者は一人も居ないわけです。
 何しろ市長が正式に旗を振ったんですから……ということで、大勢の大人が雁首をそろえることにまで発展しました。

 地元猟友会のメンバーをはじめ、駐在所長、支所長、市の有害鳥獣対策担当者、さらには猟犬までがかり出されたのです。

 こうなると、いくら陽気なイノシシでも、さすがに迫り来る我身の危険を察しましたが、時すでに遅し。気付いた時には勉強会で学んだとおりに、敵は四方を囲みました。多勢に無勢、さすがの愛嬌者も勝ち目はないと判断したのか、短時間でリングのコーナーに追い込まれてしまいました。

 あとはセコンドからタオルを投げ込まれ、ボタン鍋になるのを待つばかりとなり、大きな網が三方から近付き静止したのでした。

 ところが、イノシシの観念した表情を読み取った地元猟友会のメンバーと駐在所長と支所長と市の有害鳥獣対策担当者と猟犬が、勝利を信じてニヤリと笑った瞬間、事態が急変したのです。
 その場が一瞬で、織田信長…いや、今川義元の桶狭間になりました。

 勝負というものは、勝利を確信した瞬間に最大の油断が生じるもんなんです。

 イノシシは突然態度を豹変させて跳ね上がり、誰一人として想像せんかった、今川義元の本陣に向かって鋭く突進し、居並ぶ強者の間際を猛烈な速度でラグビー選手のようにすり抜け、そのまま山中に一直線に逃げ込んだのです。

 ホッとする結末と同時に、集まった人間の間抜けな面が私の部屋の天井一面に浮き上がりました。
 
「なんなんだ、この爽快な気分は……」
 
 田舎の空気感がいっぱいに詰まった素晴らしい記事でした。

 それでも、田舎には深刻な問題もたしかにあります。
 年を追うごとに人口の減少が刻々と影を落としているのです。

 それが次のこれまた画期的な見出しでした。

「西区は妊娠が1人」

 出産ではなく、妊娠かいな?

 妊娠に限定すれば、おそらく都心の中学や高校の方がずっと多いような気がするのは私だけでしょうか?
 
 以上が、稲刈りが終わって、秋の細かい粒子の風が吹き始めた田んぼを眺める縁側で、湯呑みの横に広げた地方新聞から読んで知った田舎の素敵な事件の、ほんのひとつまみであります。

 どうですか?

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