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危険な再会

 知らない番号から突然の電話が……。

 もちろん物騒なこの時代、こちらからは名乗らない。
 すると受話器から…って、いつの時代やねん? 携帯のスピーカーから、

「くぼさん?」

 そこで初めて、
「はい、久保ですが?」

「あたし……わかるぅ?」

「すいません、どちらさんですか?」

「もお〜……いややわあ……もう忘れたん、あ た し 、あたしやんか」

 自分のことを"あたし"と呼ぶからには関西人に違いない。しかもこの異常なほどの馴れ馴れしさ、けど私が関西から離れてかれこれ15年くらいになるので、少なくともそれ以前に付き合いがあった女性であるはずだが……それがサッパリ思いつかないのである。

「まだこの電話番号つこてたんや、物持ちがええねえ」

「そらまあ……」

「あたし、結婚したん知ってる?」

「いやいや、そもそもどちらさんでしたっけ?」

「ホンマにわからへんのん? いややわ〜やっぱり男ってすぐに何でも忘れる動物やなぁ、しょうもない昔の男とのことはやたらひつこくいつまでも忘れんとこだわるくせに……声聞いてもわからへんねんやったら、裸見せたら思いだす?」

「ちょっとちょっと、ホンマにわからんのですよ、いったいどちらさんですか?」

「あたしやん、○○○」

「えっ? ○○○ちゃん? めちゃくちゃ久しぶりやん……たしかに、結婚するかもしれん、ゆうのは、聞いたような気がする」

「そうやねん、あたし結婚してんやん。それでな、この前その旦那が死によってん」

「そらまあ、ご愁傷様です」

「何ゆうてんのん、死んでせいせいしたわあんな奴。他に女こさえるわ、知らんとこで借金するわ、煙草パコパコ吸うわ、医者からやめろと言われても酒やめよらへんわ……まあそのおかげで早よくたばりよってんけどな」

「まだ若かったんとちがうん?」

「あたし?」

「ちがうがな、死んだ亭主や」

「あたしと半周違いやからな」

「半周?」

「ひとまわりの半分のことやん、そやからあたしの6歳上、51歳や」

「そら、なんぼなんでも早すぎるがな」

「癌やったからな、さすがにこのくらいの歳やったら、医者がゆうたとおり、見つかってから死ぬまで、めっちゃ早かったわ。まあ、コロナがまだここまで大騒ぎになってへんかったし、旦那の実家が奈良やから、そっちの病院に入院してたしな」

「子供さんは?」

「そんなもん、あたしにおるわけないやん」

「そんなんわからんし」

「それでな、四十九日が終わって、もうあたしお役御免やねん、旦那の実家ともずっと折り合い悪いしな、これでようやく心もカラダも縁が切れるわ」

「そやけど、何年ぶりや? ワシとこないして話をするのん?」

「最後におうたん、たしか明石か加古川か、あのあたりやったような気がするんやけど……あっ、ちゃうわ、そのあと名神の豊中インターの近くのホテルにとまらへんかった?」

「えっ? …………」

「あたし覚えてるわ、ちょうど小泉さんが北朝鮮に行ったニュースがテレビでじゃんじゃん流れてた時期やったもん」

「たしかに……そんなことあったなあ……そやけど、あの時は一晩中話を聞いただけで、何もしてないがな」

「何をどこまでしようがしまいが、そんなことは関係ないねん」

「関係ないことないと思うけどなあ……」

「それで、アタシ今日めっちゃ暇やねん。どっか大阪や兵庫から離れたとこにメシ食いに連れてってえや、そうや、伊賀牛とか、養老の焼肉がええな。メシ奢ってくれたら、そのあとはお持ち帰りオッケーやで」

「なんでもええけど○○○ちゃん、今どこに住んでるんや?」

「大阪に決まってるやん、前にくぼさんに引っ越し手伝うてもうたとこの、一駅隣の駅の近くのマンションやねん」

「ワシ、今、山口におるんやで」

「山口? 山口って、宝塚の上の?」

「そら山口町や、ちがうがな、山口県や、本州の西端」

「なんでそんなとこにおるん? 話がちがうやん?」

「いったいどう話がちがうねん?」

「くぼさんは、あたしの一番最後の保険やと、ずっとそう言うてたやろ?」

「知らんがな、そんなこと」

「言うとくけど、そら昔よりは歳は食うたけど、あたし、美人とまでは言わへんけど、ブサイクではないし、そこそこカワイイはずやで、オッパイは小さいけど」

「知らんがな、そんなこと」

「知らんことないやん、見せたったやん?」

「まあまあまあまあ……落ちついて」

「ほんで、くぼさんいつ帰ってくるのん、こっちに」

「出張とちゃうがな、15年前からずっと山口におるっちゅうねん、おまけにこんな時期に危のうて関西になんか行けるかいな」

「ふ〜ん、残念やなあ……」

「ワシも残念や」

「嘘つけ! 助かったと思ってるやろ?」

「そんなことないって……」

「アホやな〜今やったらすぐにパンツ脱いだるのに」

「脱がんでもええっちゅうねん!」

「なんで?」

「あのな、人間はなんぼ歳をくうても、性を捨てたらあかんて、やっぱり恥じらいというか、そういう情緒が大切やな、特に女子は」

「女子? あたしが? ほんまわらけるわ、くぼさんは相変わらずそういうとこは昔といっこも変わらんなあ……まあええわ、今日のところは特別見逃したるわ」

「おおきに……まあ、またいつでも遊びにおいでえや」

「どこに?」

「山口に決まってるがな」

「そんなとこまで行けるわけないやん」

「なんでえな、新大阪からのぞみに乗ったらすぐやで、新山口駅の改札まで迎えにいくわ、まあ最寄りの駅は湯田温泉やけどな」

「湯田温泉? そうか、そのあたりはラブホよりも温泉宿やねんな?」

「なんでそうなるねん?」

「猫おるからな、一晩くらいやったら何とかなるんやけど、山口は遠いわ、淋しがり屋やねん、ウチの猫」

「ほなまた今度やな」

「ピンチを切り抜けたと思ってるやろ?」

「そんなことないって」

「言うとくけどあたし、昔のあたしと違うよ」

「違ってくれた方がありがたいような……」

「それいったいどういう意味よ! 思えば昔はあたしも若かったわ、言いたいこともなかなかちゃんと言われへんかったし」

「そうかなあ……昔から好きなこと言うてた気がするけど」

「そら、くぼさんが勝手にそう思い込んでるだけや、いろいろホンマは言いたいことを、あの頃はそれなりに我慢しててん。それがまあ、若いというか、ええことでもあるんやろうけど、そういうの結局は生きて行く上でめちゃくちゃじゃまくさいねんな」

「ワシ、そのあたりの理屈はようわからんけど」

「くぼさんはな、圧倒的な安心感があるやん、それな、なかなかほかの男にはないねん。そやからな、最初はなんかバカにされてるんとちゃうか? とか、ホモとちゃうか、とか思うたんよ、マジで。普通このシチュエーションやったら次こないするやろ、ゆうのが、なんちゅうか、次元が異なるとこに事態が飛ぶからな」

「そら悪うございましたね」

「いやいや……それがやっぱり、自分も歳をくうてくると、なるほどあれはくぼさんなりの優しさやってんな、人間の大きさというか、経験の豊富さというか、そんなふうにだんだん気づいてくるんよ……そうしたら、あの時もっと素直というか、強引にというか大胆にというか……いや、ちがうな……もっと気軽にやな……まだまだあの頃は魂よりも頭で考えてたなっと、そう思うんよ今日この頃。そやから、今の私は違うで」

「どない違うんや?」

「そらもう、自分に正直というか……その時に自分が感じたことに素直に従うねんやがな」

「なるほど……とにかく、またいつでも気が向いたら電話ちょうだい」

「あかんあかん、たぶん当分のあいだ、電話かけることないわ」

「なんでや?」

「あたしな、今日の夜がええねん」

「そやから、そら無理やって、なんぼなんでも、さすがに今日は……」

「わかってるやん。今日は無理やってわかったから、それはちゃんと受け入れてるやん、くぼさんのせいやないということも……誰のせいでもない、ただ長い人生の中で、今日は縁がなかったな、と、まあそういうことやな」

「なるほど」

「ちょっと"もったいない"と思うた?」

「いや、別に」

「それがあかんねん、嘘でもそう思うて口に出さな……それがくぼさんの悪いとこやな、相変わらず伸びんな」

「悪かったな」

「今日やったら、もう、3秒でパンツ脱いだるで」

「そやから、脱いだらあかんとゆうてるがな」
 
「冗談やがな、冗談。まあ、万が一気が向いたら、また電話するかもしれんわ、そやからいちおう、電話番号変えたらあかんで、念のため」

「はいはい、ほなまたいずれ」

「ほなら、バイナラ〜👋」

※ この物語は様々な都合により「フィクション」であり、登場人物、会社名等すべて架空であります。念のため。

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