エッセイ 演歌を書く
東京の高円寺あたりで石を投げるとシンガー・ソング・ライターに当たると言った旧知のシンガー・ソング・ライターがいる。
シンガー・ソング・ライターとは、自分がつくった歌を自分で歌うという、いわゆる自作自演の音楽家であり、おおむね昭和の終わり頃から世に広まった。
一般に広く流通している流行歌の場合は、最初からレコード産業として成立しているのだが、シンガー・ソング・ライターの場合は、あくまで自己表現が元にある。
よってその核には偽らざる自己の心底からくみ上げた歌詞である場合が多く、たとえそうでなくても、聞く側も、なんとなくアーティストの創作過程に対し信頼の原則というフィルターを通して認識するという習慣が出来上がっている。
かたや《流行歌》あるいは《歌謡曲》と呼ばれるものの中で、最も極東に振っているのが《演歌》である。
《演歌》の語源は明治の《演説歌》で、本来は反政府運動につながる節をつけた演説だといわれている。
その中身の精神は戦後《演歌》ではなく、アメリカから輸入された《反戦歌》などをなぞった《フォーク・ソング》が引きついだが、やがてそれらもノンポリ化して《ニュー・ミュージック》と呼ばれるようになった。
《フォーク・ソング》から、パフォーマンス的に《演歌》のスタイルに激しくスライスしたケースもある。また、語源に対する違和感からか、歌手によっては、あえて《演歌》を《艶歌》と呼ぶ者もいるようだ。
《演歌》やその他のジャンルの歌を、できあがった形からではなく、たとえば蒸留酒と醸造酒の違いのように、その製作過程で見てみると、なかなか面白いものがある。
今の《演歌》は《流行歌》の中でも特に業界に依存しているという特殊な事情から、より聞く側のニーズを満たすように工夫されて創られている。
具体的には、架空の運命や事件に、聞き手が感情移入して相乗りしやすく、安全な位置から容易に感動できるようにつくられているように見える。
リアルな雰囲気や設定はある程度は必要であるが、それはあくまで役者が演じるための大道具・小道具でしかない。
けれどもそれらはある程度定石として市民権を得ている。
カレーにはタクアンでは駄目で、やはり福神漬けかラッキョウでなければならないという感覚である。
たとえば演歌にあうのは、「雪」「北国」「海」「酒」「一人旅」「宿」「和服」「泪」「女」「恋」「離別」「汽車」「故郷」「未練」「死」「不倫」などであり、それらを背景に繰り広げられる情緒や感情や悲哀や運命や事件に相当なバイアスをかけ、非日常の世界を大げさに描くのである。
リアルな世界で終わってしまうと演歌になりきれないのがミソだったのだ。
そのようなことに私は、実際に自分が演歌を書かねばならぬようになって壁に当たったあと、あれこれ悩んで学んで考えた末に、やっとの思いで気付いたのである。
《演歌》の私における定義は《演劇歌》であったのだ。
つまり映画のようなリアルな演技ではなく、劇場で演じる芝居のような歌、ということである。
この構図をひとたび把握すると様々なことがスコンと腑に落ちて、ものすごく創作意欲が湧いてきた。
ただし忘れてはいけないのは、決してシナリオや脚本の難易度をあげてはならないというところである。
ひと昔前なら、石川さゆりが歌った《天城越え》のように、わざと素人が歌えないような難しい曲を創るというプロの意気込みが許されたが、今はもうそんな時代ではない。
素人が短期間で覚えやすく、カラオケで歌えるようなメロディーであり、何より発声可能な音域であることが求められる。
作詞においては、詩的になり過ぎたり、抽象度を深めては一気に評判が落ちる。
文学などをかじったことがないごく普通の人が、少し背伸びをしたら自分の眼で見つけることができる棚の上に、それとなくボタ餅を置く。そのいやらしいまでの絶妙の高さがヒットにつながるようである。
歌詞を覚えやすくするために、安易な繰り返しも重要度を増す。
そういうことを頭にたたきこんだうえで、ちょっとした男女のドラマを捏造してみる。
ふと家のまわりを見渡せば、急な寒波であたり一面見事な雪景色。雪が積もれば月の灯りが都会では気付かぬほどに明るい。
《しのぶ恋》
①
雪道照らす 月の明かりに
浮かんだ面影 愛おしい
このままどこかへ
連れて行ってください
泣いて寄り添う
しのぶ恋
②
したたる窓の 雪解け水に
写った面影 見つめます
この先一人で
生きて行こうと決めたけど
震えるくちびる
しのぶ恋
③
春まだ遠い 風の便りに
浮かんだ面影 恋しくて
やっぱり逢いたい
逢いにいっていいですか
泣いてもだえる
しのぶ恋
それらしい演歌が3分で書けた。
最大公約数の人が好んで歌えばカラオケが再生され、チャリンチャリンと制作側に金が落ちる仕組みになっている。
芸術性というものは、とにかく金や産業との相性が、とことん悪いようである。
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