エッセイ ゼロ戦はやと
忘れもしない。関西学院高等部、3年の時だった。
科目は……たぶん数学だったと思うのだが……なぜか教師の記憶がない……とにかく、低い平均点が予想される、極めて難易度が高い小テストがあった。
そして次の授業で、採点後の答案用紙が返却された。
注目は、クラスで誰が最低で、しかもそれが何点なのか? ということだった。
ご丁寧に教師は、1人ずつ、名前とともに、点数を読み上げて、教壇に招き、公開式に答案用紙を手渡したのである。
難易度が高かったせいで、20点とか、30点が続出した。
ふだん、そこそこ賢い奴が、予想外の低い点数をとり、ざわめきが起きることもあった。
当然本人は、へこんでいる。
注目すべき……優勝候補にあがる劣等生の番になると、教室は一気に盛り上がる。
教師が、
「〇〇くん、12点」などと、公表すると、
ドッカーン! と、大爆笑が起こり、当の本人も、なんだかスター気分になるから不思議だ。
そしていよいよ、私の番がやってきた。
どこからともなく、かけ声があがった。
「出た! 真打ち登場!」
「待ってました、大統領!」
それから、段々と大きな声になる、
「♪ くるぞ、くるぞ、くるぞ、くるぞ……」という、"少年忍者サスケ"の合唱が歌われた。
教師が……
「 久保くん……おめでとう! ジャジャジャジャ〜ン」と、もったいぶった。
皆が固唾を飲むなか、教師は、
「れ い て ん」と、かみしめるように言った。
一瞬、クラスが静まり返った。
それから、あちらこちらから、ささやき声が聞こえ始めた。
「まさか……マジで……ほんまかいや……ダンゴ?……シャレにならんで」
その直後、我に返ったクラスメイトは、ドッカーン! ドッカーン! と、大爆笑になり、全員が、もちろんアカペラで、合唱を始めた。
「♪ あ〜あ〜ゼロ戦……きょうも飛ぶ〜」
これは、テレビアニメ「ゼロ戦はやと」のオープニングの歌なのだが……。
テレビで「ゼロ戦はやと」が放送されたのは、私たちが、わずか4歳の時だった。
内容が、モロに先の戦争が舞台なので、教育上よろしくないというか、とにかくお茶の間受けしなかったのだろう、再放送もほとんどなかった。
つまり、幼い頃に見たアニメだったので、全員の記憶が曖昧だったのだ。
そのために、実は全員が、微妙に歌詞を間違えていたのだが、誰もそれに気づかない。
正しい歌詞は、
♪ 見よあの空に 遠く光るもの
あれはゼロ戦 ぼくらのはやと
機体に輝く こんじきの鷲
平和守って きょうも飛ぶ
ゼロ戦 ゼロ戦 きょうも飛ぶ……
つまり、「♪ あ〜あ ゼロ戦…」ではなく、
「♪ ゼロ戦 ゼロ戦 きょうも飛ぶ…」なのだが、そんなことは、大きな歴史の前では、まったくどうでもよかった。
「零点の答案って、実物を初めて見た」
「ちゃんと俺にも見せてくれ!」
などと言われ、私の答案用紙が取り合いになる中、突然、普段はおとなしい、O川が、机を叩いて立ち上がり、怒りの形相で叫んだ。
「おまえら、ええかげんにせえよ!」
何があったのかと、皆が静まる。
「久保はなあ……ホンマは、めちゃくちゃ頭がええんや、俺は小学校の時、浜学園で久保と一緒やったから、それをよう知ってるんや。
久保はなあ……勉強せえへんだけなんや。久保が本気になったら、ここにおる、おまえらの誰よりも、ずっとええ成績をとるんや!
俺はな、俺はな、それを知ってるんや!」
なんとなく、クラス全体が、気まずい雰囲気になり、私は、せっかくのスターから、この場の雰囲気をつくってしまったA級戦犯であるみじめな劣等生に、一気に急降下してしまった。
そしてこの時、自分の勉強不足を、高校生活で初めて、心から悔いたのだった。
それに懲りた私は、
「よっしゃ! これから勉強して、みんなを見返したろ!」
と改心して、それから勉強に励んだ結果……二度と零点はとらなかった。
もちろん、一桁は、何度かあったのだが……。 了