【世の中を舐める】
私には、人生の背骨の角度を決定づけるほどの影響力を与えてくださった、「恩師」が居る。
ここ2、3日、立て続けに、その恩師の夢を見るので、今日の昼間にでも、一度電話をしてみようと思う。
さて、私が通った関西学院は、兵庫県の西宮市、甲山の麓の上ヶ原というなだらかな丘陵地に、中学部、高等部、大学、が隣接しあって広がっていた……というか、いる。私の中では過去形だが……。
中学部の時に、週に一度柔道の時間が組み込まれた。
中学部には柔道場がなかったので、グランドを横切って、高等部の道場まで移動するのである。
その時に初めて、後のその「恩師」と出会ったのである。
さてこれは、私のサッカー部の、2年先輩…石田コーチから聞いた話である。
先輩らも、私の学年と同様に、週に一度、柔道を学んだ時期があった。
その、初日の出来事である。
まだ柔道着の着方も、帯の締め方も、誰も知らない、ホントに最初の授業でのこと。
けれども、その「恩師」たる、センセ が、恐ろしい人物、豪傑だという噂は、数々の武勇伝と共に、尾ひれ背びれがつきまくって、学院の津々浦々まで浸透していたので、皆、わけもわからずに緊張していた。
その授業の、センセが、生徒に向かい発した第一声。
「このクラスで、いちばんの男前は誰だ?」
質問の意味やねらい……わけがわからず、みんなが互いに顔を見合わせてモジモジする。
「自分から名乗ってもええぞ」
それでも、ゴソゴソ、ひそひそ……」
「誰か、おるやろ? 言うてみい」
すると、おもしろ半分で、もちろん本音ではなく、「石田や石田や……」というささやきが拡がった。
するとそれを聞きつけたセンセ。
「そうか、石田……前へ出ろ」
「なんで俺やねん?」といいながら、石田先輩が前に出た。
「そこに、立て、しばらくじっとしてろ」
立ち技でも仕掛けられるのかと思い、皆が緊張する。
センセは、しげしげと石田先輩の顔をチェックして、その後1人で爆笑した。
それで、事件はおしまい。
そんなささいなエピソードが、後々にまで伝わった。
あとになって考えてみても、センセ がその時に、いったい何をしたかったのか、サッパリわからなかった。
けれども、今の私にはある程度推測できる。
「世の中、すべては、なめてかかれ」
と、いうことに違いない。
そうなのだ。追いつめられる必要など、一つもないのだ。
緊張なんて、クソくらえ。
人生まるごと、どんな時でも、常になめてさえいれば、何も恐れることはないし、さらに、いざと言う時に、清々しくあきらめがつく。
もちろん、本気で、性根を入れてなめる必要があるのだが……。