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失敗できる社会

人生って不思議です。
命さえあれば、いつでもやり直しできるのです。

って、なんかすっごく考えたらすっごく陳腐な出だしになってしまった。
まあ、失敗にはこんな小さな失敗もあれば、人生を左右するような失敗もあるのです。

おじさんは失敗したら凹むのです。
それも人一倍。
だから失敗について考えるのです。

■【失敗できる社会】

小さな子供は毎日たくさんの挑戦とたくさんの失敗をします。
でもその失敗で人生を台無しにすることはほとんどありません。
それはなぜか?
そこには見守りながら失敗を許容し、何度でも挑戦するよう背中を押してくれる母の愛があるからなのです。
母と子供の小さな社会。
その社会は小さくとも安心して「失敗できる社会」なのです。

■【失敗できない社会】
 
子供は自分と母との「小さな社会」から学校や職場という「大きな社会」に旅立ちます。
一つの失敗がまわりの多数の人間の迷惑につながる社会。
「失敗できない社会」です。
この社会で失敗すると、叱責、非難、嘲りに晒されます。
それまでのびのびと失敗して成長してきた子供は、失敗を恐れるようになります。
失敗を恐れる子供は成長するための挑戦を避けるようになります。

■【失敗の種類】
 
おじさんは考えるのです。
「失敗って種類があるのではないか」と。
考えた先に一つの発見があったのです。
それは・・・
失敗には「ただの行動ミス」「挑戦の不成功」の2種類があるということです。
この2種類は本質が全く違うものでありながら、子供の心の中では一つに混じり合ってしまう可能性があるものです。 
行動のミスを叱責されたことで、挑戦して不成功になったときも許されないと思ってしまうのです。

おじさんは小学校の時、窓ガラスを2回割りました。
これは行動のミスです。 
そして、こんな自分には学級委員や児童会に立候補する資格はない、なったとしても失敗する、そして怒られるに違いないと思ってしまう。
こんな風に「ただの行動のミス」が挑戦への気持ちに影響を与えてしまうこともあると思うのです。
 
ただの行動ミス
、これは人であれば誰でも避けては通れないものです。
だれでも忘れ物はするし、時間に遅れたりもするし、窓ガラスの2枚や3枚割る・・・と思うのです。
でも好きでミスをする人間はいませんから、これは気を付けることに全力を尽くして、ミスをしてしまったら心からごめんなさいをするしかありません。
いずれ、AIがさらに発達してきたら、人為的なミスが起こらないようなシステムが構築されるはずです。
それまでは生身の人間として「ミスは人類の宿命なのだ」と、前を向くしかないのです。

【挑戦の不成功】

おじさんが大切だと思う失敗は挑戦の不成功
この失敗は母と子供の小さな社会で常に繰り返される失敗です。
赤ちゃんが寝返りし、ハイハイし、立ち上がり、歩き、走り、言葉を話す。そんな過程で何度も何度も繰り返され、そのたびに子供に経験を与え、次の成功を約束していく偉大な失敗。
それが挑戦の不成功

小さな社会では母の愛によって失敗の代償は完済されます。
ですが、大きな社会では失敗の代償を払ってくれる存在はいません。
ビジネスが成功せず大きな借金を背負うこともありますし、膨大な時間と労力をかけてきたものが無価値と判断されてしまうこともあります。
次の挑戦が難しくなる可能性が高い。
それが大きな社会での挑戦の不成功。

しかし、忘れてはいけない重要なことがあります。
人は皆、生まれてから何度も何度も「挑戦の不成功」を繰り返して成長を掴んで大人になったということです。

そして、大きな社会で「挑戦の不成功」をした人はその失敗分成長し、実のところその先にある成功により近くあるのです。
ですが今の社会、一度の不成功で次へ進む手段をなくしている人が多いのではないでしょうか。
それは社会の発展にとってマイナス以外何物でもないのではないでしょうか。

【母の愛に代わるもの】
 
子供に成功するまで挑戦を許してきた母の愛に代わるものが大きな社会にも必要じゃないか。
おじさんはそう思うのです。
でも大きな社会での失敗の代償は大きく、一人の人間が負えるようなものではないのも確かな事。
じゃ、どうするの?

それなら、それをみんなで負えばいいと思うのです。
どうやって?

挑戦の不成功」で発生した資金不足は次の挑戦への大きな足枷。
それなら、足枷を外す為にその成功の可能性と将来像を発信して再度資金を集めればいい
と思うのです。
いわゆるクラウドファンディングのような仕組みです。


【社会的価値】
 
ただ、「挑戦の不成功」の先に成功があるといっても、その挑戦そのものには価値が必要です。
その挑戦の成功がただその人個人の成功に過ぎないなら、そこに社会全体が応援する価値はない。
社会全体の応援が必要なら、社会全体の成長に繋がるものでなくてはいけない。

「挑戦の不成功」事業を続けて応援するには、社会全体が成長し、人々がもっと幸せになれる、そんな挑戦である必要があると思うのです。
そして、そこには社会全体が必要としている需要を体系化し、資金提供者がその社会的意義を理解できる必要があります。
資金提供者は、もちろん個人のリターンも求めますが、それ以上にその社会的意義に資金提供する仕組みを作るのです。

【大失敗の大逆転】
 
失敗を恐れずチャレンジできる仕組み。
安心して大失敗できる仕組み。
そんな仕組みがあれば、もっともっと社会はよくなると思う。
そこには私利私欲にまみれた投資ではなく、もっと社会をよくしたいという人の心にある道義心と成長欲求がもとになってほしいのです。
社会問題、皆が豊かになる技術革新、社会の将来を担う教育、そんな分野に対する「社会全体の道義心」が失敗を温かく見守る姿。
いいじゃないですか。
大失敗の先にある大成功を社会全体で支えるそんな仕組み。
社会が大逆転の大成功を収める仕組み。
そんな社会をおじさんは妄想するのです。


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