初めての彼氏 ❸
木製のシーソーが傾いたとき
渾身の顔面工事を遂行した私は、
当時の自分にとっては完全無欠、一張羅のブカブカカーディガンを羽織って、ひとくんとの待ち合わせ場所である公園へ向かいました。
余談ですが、当時私の母は色々な面において厳しい人(私にとっては)で、私が単独で外出するとなると、どこで誰と会い何をするのか、何時に帰ってくるのか報告するよう言われておりました。
これについては、いずれ別の機会でnoteに綴りたいと考えているのですが、当時の私は少しずつ溜まった不満が爆発しかけており、この頃から手始めに嘘をつき始めます。
ひとくんと会ってくる、とは言わずに、別の高校へと進んだ中学校時代の友人「みかちゃん」の家へ遊びに行ってくる、と伝えて、18時の待ち合わせに間に合うよう家を出ました。門限は20時だったため、タイムリミットは2時間です。
老若男女問わず、待ち合わせに使われることが多かった噴水前に向かうと、もうすでにひとくんは到着しており、足を組んで道行く人々を眺めていました。
なんて声をかけよう、どの角度から声をかけよう、5分は悩んだと思います。
結局なんの捻りもなく、あっさりひとくんの右側から登場し、声をかけました。
ひとくんは、チラッと視線を私に移し、微笑むというより口元が弛んだ様子で、「久しぶり」と言いました。
1週間という時の流れを、久しぶりだと感じてくれるのか、と嬉しく思いましたが、今考えればきっと、ひとくんなりの照れ隠しで出た「久しぶり」でした。
公園で遊ぶ子どもたちを横目に、わたしたちは奥ばったところに設置された、木製でボロボロのシーソーへと移動し、なぜか真ん中の支柱となっている部分に隣り合い腰を下ろしました。ベンチもあるのだからそちらに座れば良いものの、互いに緊張していたんだと思います。
それから暫く、地元が何地区だとか、好きな歌はどうだとか、他愛もない質問の投げ合いをして、突然ひとくんは黙り込みました。
え、私なんか変なこと言った?水瓶座の女の子NGだった?
そんなことを焦って考えながら、何か言葉を繋ごうとした時、
「あの、付き合ってください」
ひとくんが、言いました。
真っ直ぐ私の目を見て、と言いたいところですが、視線は私に向かったり地面に向かったり。
噛まないように慎重に、「よろしくお願いします」と返答すると、太陽みたいな笑顔で「ありがとう、よろしくね」と答えてくれました。
本当に、太陽みたいな笑顔だな、と思ったことを、強く記憶しております。彼の笑った顔が大好きでした。
それからまた、他愛もない会話を続けて、そろそろ帰ろうかという時、ひとくんはゆっくりと私に顔を近づけ、ゆっくりと唇を当ててきました。
勿論、緊張やら何やらで再びみぞおちの痛みと戦闘しておりましたが、それよりも、ひとくんが私の方に体重をかけたため、私たちが座っていたシーソーが左側に傾き、体勢を保つことに必死でした。
多分、ひとくんも、これ以上シーソーが傾かないよう、必死でした。
場所を変えようなんて野暮なことは勿論言い出せず、そのまま体感30秒は、お互いシーソーのバランスを水面下で保ちながら、つつき合いをしていたと思います。
それから笑って立ち上がり、手を繋いで公園を出ました。
こうして、門限を少し破った20時半頃、私に初めての彼氏が出来、私は初めて誰かの彼女となりました。
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