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レイコ58①

ヘルプに上司がやってきた。
もうかれこれ1年になる。
営業企画が提案できない⇒新規開拓できない⇒売上下がる⇒予算割る
そんな職場を救うべく、人員不足に乗じてスルスルッと現場にやってきた。
レイコ58歳。
まったく、ただ明るいだけのオバサンかと思っていた。なのに。レイコはやってくれる。
「この間のWEB会議の落とし込みは、私がやるから!」
「新規獲得は私が穫るから!」
「ご挨拶回りの粗品、私が決めるから!」
「先月の本社報告は私が出すから!」
そして、
「お客様のアポ取っておいて!私が行くから!」
「支社長との会食、楽しかった!」
「そっちはダメ!こっちよ!」
「その電話、私!」
………これは、一体なんなのだ?
育てるのではなく、「私がやる!」タイプの組織クラッシャーなのだ、レイコは。
新人の現場担当者の女性たちに、レイコは仕事を与えた。
「Excelに写真を貼り付けられる?」
「あ、はい……」
明らかに困惑気味の新人。
「じゃあ、可愛く案内文とかお花の絵とか入れられる?」
「あぁ、はい……」
「営業ツール作りたいんだよー!やってみてよー!」
「わかりました、やります」
「お願いね!支社長から言われてんのよー!」
「いつまでなんです?納期」
「明日のミーティングまでだから…今日中に!!」
苦手なことを押し付けた、のではない。
レイコは部下を育てているつもり。大真面目に。
新人女性たちは思う。
(小学生でもできることを私はこれからいっぱいやらされるんだな…これがカイシャ…?)
レイコはパソコンが弄れない。
落ち着いて考えることもできない。イスに座ってじっとしていられないから、パソコンの使い方を覚えられない。
それよりも、手柄の匂いを嗅ぎつけることに注力している。
だから、
一応、レイコの肩書は営業課の課長補佐。5拠点にある支店の営業係を束ねる役割だが、支社にはほとんどいない。
支店の営業係を飛び回って、好きなように手柄を集めている。
レイコが通った後はみな枯草を敷いたみたいにカラカラの干上がった大地だけが残る。
去年の暮れに3人退職したのは、中堅の男性だった。
「僕が商談進めていたんだけど、レイコが飛び込みで来て…お客様が…」
「引いた?」
「違うんです」
「え?」
「レイコのこと気に入っちゃって、僕は…」
横取りされたというわけだ。
「支社報告、勝手に上げられて。レイコの手助けで何とか契約できた、みたいな」
ほう。すごい。
「ミーティングでも、押し方が甘いとか、信頼関係築けてないとか、散々言われて」
退職理由は「体調不良」だった。
レイコは叫ぶ。
「あのコはよくがんばった。でも頑張り方を間違えちゃうのよねぇ」
全員「うっせえなぁ…ババア引っ込め!」という思いはグッとこらえて、
「やっぱりレイコさんじゃなきゃねぇ」
などと引きつり笑いで俯くばかりだった。
そうかと思えば、
「支社長から今週は営業100件、契約20件必達って言われてるのよ…」
弱気なのかと男性営業マンたちがきょとんとしていると、
「契約20件はきついから、いけるとこまでがんばればいいから!ねっ!」
流石に月末最終週に営業実績100件はあり得ない。
コツコツ積み上げた今月の契約は13件。
「支社長だって無茶なことは承知してるわよ」
なんだなんだ?
結果予測を肯定的に捉えようと必死にしゃべるレイコ。
「ねえ?そう思うでしょ?」
「はぁ、まぁ…」
「所詮無理なのよ、ねぇ」
「そうですよね…無理かも、ですねぇ…」
「ね?そうだよね!こんなこと無理なのよ!」
レイコは珍しく手柄を放棄するんだと全員が思ったし、レイコも諦めていた。
(今回は少し休憩だな、悔しいけど…だって無理だもん)
これが2人目の退職の引き金をレイコが引いた時の光景だ。
誰もみな、レイコがひと休みするものだとばかり思った。
(僕らの業務に専念できるな、成績上げるなら今だ)
(覚えなきゃならないことがある。レイコさんの静かなうちにやってしまおう)
営業に連れ回されたり、契約を横取りされるようなこともないだろう。
本当にそうなのか、レイコ。
…つづく…

 

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