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うま味調味料でブースト?WAGYUMAFIAのアジシオ開発記
うま味調味料議論が何かと話題である。「プロとして料理していると、うまみ調味料使わないでしょう?」と聞かれることがよくある。うま味調味料を頭ごなしに否定する人たちに「なぜ?」と聞いたことがあるが、大体が科学否定系の話が多い。あそこの店は化学調味料の味がするっていう人も、「ふーん」と思う。たしかに歌舞伎町にあるいきつけのもつ焼きカミヤは、食べた瞬間に味の素のじゃりっていう食感がするので、そこならまだしも、結構な店でそんな話を俺は知っている的に語られたとしてもほんまかいなという感じなのだ。
僕がニューヨークの和食の名店でバイトしていたときは、味噌汁には味の素が必ず入っていた。とにかく和食の職人は味の素オンパレードで、賄いは必ずキューピーマヨネーズがついてくるというのがいつもの風景だった。ある日、赤だしの中にいつものように味の素を一振りしている料理人に聞いてみた。なんで味の素いれるんですか?「だって、ひさ。その方が美味いだろ。ほら、なしと入ったやつ比べて飲んでみろ。バカでもわかるぞ、この違い。」と言われて笑われた。そのときのあの料理人の発言が今でも僕は正しいと思っている。
自宅にはパンダ印の味の素と、ハイミーがある。ほぼ使わないがブーストするときは使った方がパンチが効いていい。みんなで日本酒や焼酎を飲み続けて数時間というときはこの魔法のパウダーが威力を発揮する。とはいえWAGYUMAFIAの料理で使うかというと、全く使わない。うま味調味料でブーストすると、コントラストが効いたフォトショップで加工されたような味になる。ドンシャリが効いているイヤフォン用の音とでも言おうか?ベースがしっかりした料理であればなおさらこの効果はビビッドだ。それが冒頭の赤だしへの一振り話しにもつながってくる。これはこれでたまに欲しくなるブースト味なのだ。
WAGYUMAFIAのフィロソフィーのひとつは、見えない周り道だ。僕らの料理はフィルム写真やレコードプレーヤーから流れてくるレトロな面倒くささがあっていいと思っている。ゲストの多くはいってらっしゃいのみでいいと僕は思っている、正直難しい話はあまりしたくない。これがどうで、あれがどうでって説明しながら食べる料理は個人的にあまり好きじゃないからだ。でも僕らの料理にはどこの誰よりも時間がかかったプロセスがある、だから僕らは自分たちの店の味に圧倒的な自信を持っている。そういう意味で、近道するうえでのうま味調味料は使わない。うまみ調味料がもたらしたのは、圧倒的な時短である、そううま味へのショートカットだ。僕らがよく使う牛骨ベーススープを生み出すだけでも、10頭分の大腿骨が必要でそれを圧力をかけながら8時間、そして一昼夜寝かしていくという家庭では絶対出来ない作り方をしている。そんなうま味をインスタントにそれもピュアな成分で作れるというのだからすごい代物だ。うま味調味料というのは科学の発見がもたらした人類への恩恵である。低価格、かつ時短で圧倒的なうま味を生み出すことが出来る。味の素少々、それで料理が美味く感じるのだ。
最近、僕らが最近取り組んでいるのはマフィア塩のアップグレードである。僕はうま味調味料の問題点というのは実は見えない塩分濃度だと思い込んでいる。うま味調味料にもナトリウムは10%強含有さている。だから10g入れたら1gの塩が入っているのに等しい。何事もそうだが入れすぎると全体のバランスを崩す、それは塩分濃度が崩れることを意味している。料理というのは、基本的に塩味というベースがあって、そこにうま味が舞台を照らす照明装置のように立体化させるものだと思っている。塩味だけだと輪郭がぼやけるのだが、うま味をあてた瞬間に、一気に輪郭がみえてくる。味がシャープになるのだ、塩だけで味を決めなくてもいいので、そして塩分濃度をさげられる効果も持っている。それがうま味の役割だろう。だから、僕らの塩は塩とうま味を含有させている。当然塩分濃度は一般の塩よりも少ないから、食後感が変わる。塩と旨味をベースにすることで、家庭でもかけすぎる心配がないというメリットがある。
この僕らの塩をフルリニューアルさせる研究をしている。ベースはあの羅臼昆布である、日本のうま味のすべてのベースはこのグルタミン酸である。これをベースにハイミー的なブーストをどうかけていくか?それも和牛の良質な肉質を包む甘い脂に負けないブーストをかけていく。近道が科学や工場のパワーだとすると、僕らは人の叡智と努力の結晶でこのプロダクトを作り込んでいる。だから僕のすべての仕事は時間も金もかかることになる。ただし、結果は世界最高の塩になるだろう。うま味調味料を使いたいけど、料理人だからちょっと使いたくないという人に送る自然が生んだいわゆる「あじしお」である。最初から塩を入れておくことで、塩分濃度のコントロールをミスることがない。
最近、発見した長崎のきのこがある。今まで食べた椎茸の中でも抜群に美味かったので、今度の長崎プロジェクトで使おうと思っているのだが、ここにまだ開発段階の塩を投入する。椎茸の傘から軸を外して、細かく刻んでいく。刻まれた軸を裏返した傘の中にいれて、薄く切ったバターを帽子のようにおいて、そこにグアニル酸ベースで作った開発中の塩をひとつまみ半。トースターで7分チンするだけなのだが、これが鬼のようにうまい。グルタミン酸郡にグアニル酸が乗算された瞬間に完全にトリップするのである。我が家ではこんな実験をしながら、うま味の配合比率の研究をしている。これも自然と科学双方のアプローチを理解していないと、決して完成出来ない研究なのである。