中音域が厚いコーヒーとサラ・ヴォーンのようなステーキ
ありがたいことに僕とバリスタチャンプ井崎英典さんとの妄想喫茶が好評である。まだ生まれてから一年経っていないこの妄想喫茶がなんとスピンオフ企画を放つという。生意気ですいません。それもコーヒーとステーキというコンセプトだ。ライブで井崎さんがコーヒーを抽出するのはもちろんのこと、僕はライブでステーキを焼いていく。注意して欲しいのはステーキ&コーヒーではなく、COFFEE AND STEAKであるということだ。あくまでも主従の関係は主がコーヒーであるべき、そう仕上げのコーヒーを最高の状態で飲むためのステーキなのだ。
今回ちょっとした注文を井崎さんにお願いすることにした。それはサイフォンである。彼クラスのバリスタやコーヒー抽出士にとって、サイフォンはオールドファッションの極みである。それもあまり意味のない抽出方法だ。なによりも自分でコントロールできるパラメーターが少ない。使用するコーヒー豆の量を聞いて驚く、とにかく多いのだ。ペーパーの二倍は使うというから、実にエコでない抽出方法だし、喫茶店から消えていったというのもよく分かる。豆は高騰し、どんどん使用量を制限していっている、エスプレッソが一番低く、そしてペーパーなどのドリップへと続く、その二倍を使っているということを考えると、エコロジー以上にエコノミー的な問題なのだなとキッチン内で分かったのだった。
「浜田さん、早速一杯どうぞ!いやーここまでチューニングに時間かかった抽出方法は初めて。」
井崎さんはいつものニコニコ顔とバリトンボイスで突っ込んでくる。一口目、熱っ。まるでボーイスカウト時代に山頂で飲んだ淹れたてコーヒーの熱さである。それもそのはず減圧直後に淹れたサイフォン抽出コーヒーの温度は90度だ。薫りは弱いが、中音域が増幅されているかのように聞こえるサラ・ヴォーンの声だ。少しゆっくりと温度が70度ぐらいに落ちたタイミングでまた飲んでみる。間違いないこれはLPサウンドだ。CDやストーリーミングに取って変わってしまったのかも知れないが、まぎれもないアナログサウンドここにありという音。そう考えるとあの熱すぎるコーヒーの温度も懐かしく感じるし、それでも負けない妄想喫茶用のオリジナルの昭和系ブレンドが頼もしい。
ステーキはニューヨークのブロンクスでのミートパッカーでの修行時代に工場の庭でやいたBBQな感じを出したかった。備長炭をあえて空気との接触を増やしていく、そこに日本の焼き鳥の要素を入れていく。そう脂で脂を燻すのだ。肉は何万回と焼いてきた、久しぶりにニューヨークのステーキハウス、そこに焼き鳥の要素を少しいれた新しい焼き方で、サイフォンコーヒーに負けない中音域が倍音で聞こえる味を目指した。
アメリカ時代61年製のムスタングに乗っていた。ボルドーだったら当たり年だが、当時のアメ車はエンジンスカスカで鉄の塊みたいな車だった。都市にいくととにかく曲がらないクルマだった。それでも窓をあけるとアラバマの風が颯爽と抜けて気持ちよかった。シカゴからニューヨークまで当時の枝肉はそうやってミートパッキングに到着するまでにドライエイジドされたんだっけ。
二度焼きの時間に二度目のサイフォンコーヒーが差し出されていた。「いやぁ、浜田さんこの企画いいですねぇ」そんなことを井崎さんが呟いた。妄想喫茶が始まった3月はまだまだ小さかった息子のジョーくんの鳴き声がもっと焼いてもっと焼いてと煽ってくるかのように、煙いキッチンの中に響くのだった。馴染みのゲストと最高のパートナーである井崎さんとの二人ライブショーは今日も話し込み過ぎて時間オーバーしてしまった。これからの展開を激しく妄想した二人であった。いやーポテンシャル高いな、コーヒーと和牛。
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