見出し画像

「(保険商品の)差別化の余地はいくらでもある」というのは本当か?

「潰れなかった保険会社」の話を書こうと思っていたら、興味深い記事が目に入りました。別の話になりますが、ネタが尽きないのはありがたいことです。

保険の自由化前に同一商品、同一価格で提供していたことの影響なのか、楽をしようと考えているのかよくわからないが、商品を差別化できないと思い込んでいるのではないか。商品だけでなく、付随するサービスやアフターフォローなどを総合して価値を提供するのが、保険会社の役割だ。差別化の余地はいくらでもある。保険以外の便宜供与で勝負するのであれば、もはやそれは保険会社ではない。

ちょっとこれはおかしいのではないかと思います。

保険商品の差別化は大変

保険商品は極めて差別化のしにくい商品です。保険料率はそもそも統計データに基づくものですから他社と大きく変えることはできません。要は、誰が作っても似たようなものにしかならないのです。
また、統計的に可能な範囲で保険料を変えようとしても、保険料そのものが認可事項ですから簡単ではありません。これまでの保険料と違った考え方の保険料を設定しようとすると事前に監督当局から厳しい審査を受けます。業界の相場観では「半年で通れば早いほう、1年2年はあたりまえ」くらいのスピード感です。そこまでしても正直できあがりに大差はないので、わざわざそんなコストをかけてまで「差別化」するメリットがありません。

保険に限らず金融商品は何でもそうでしょうが、金融とはお金とお金の交換なので、本質的に差別化しづらいのです。
これが車なら例えば「カタログスペックは同じだけどデザインを変える」という差別化は可能でしょう。デザインがよければ車の性能に対するコスパは悪くても売れるかもしれません。
しかし、金融商品には(外見的な)デザインはありません。

そういう意味で家電製品に似ているところはあるかもしれません。
国内メーカーは価格競争では勝てない外国産のテレビに対抗するために3Dなどの機能を盛り込んで「差別化」しようとしましたが、消費者に受け入れられず失敗しました。
「付随するサービスやアフターフォローなどを総合して価値を提供する」というのは簡単ですが、これもおそらくすべての保険会社がこれまで何百回も検討してきているでしょう。そして、結果的には「消費者はそんなものたいして望んでおらず、訴求力があるのは安さだけ」という結論がみえています。
みなさんも自分で思い出してほしいのですが、保険を選ぶときに付随するサービスやアフターフォローを気にして選びましたか?おそらくほとんどの人はまったく意識もしていなかったのではないかと思います。私も自分の保険になにかついているとは思いますが、気にしたこともありません。
アフターフォローも、つきあいで高い生命保険に入るときに「まあ高いけどアフターフォローはしっかりしてるから・・・」と、自分に言い聞かせているだけなのがほとんどでしょう。

実際、大手保険会社はお金は腐るほど持っていますから、かなりのコストをかけてそういう差別化の取組みはやってきています
「これからの生命保険は健康増進型だ!」みたいなのが最近の業界の流行りで、保険商品に健康のためのサービスをいろいろつけて差別化を図っていますが、消費者にはさっぱりウケていません。3Dテレビと同じです。
「差別化の余地はいくらでもある」といわれて、おそらくすべての業界人が「あったらこんなに苦労してないよ・・・」と思っているでしょう。

また、そうした差別化は常に法令違反と隣り合わせです。保険商品の販売時は、契約の見返りに(高額な)プレゼントや現金を渡すことが禁止されています(「特別利益の提供の禁止」といいます)。
これは禁止しておかないと保険営業が現金バラマキ競争になってしまうのでこれ自体は必要なのですが、差別化を難しくしているのも事実でしょう。
商品開発の現場では「契約して1年後にちょっとした景品を渡すのはセーフかアウトか?」みたいなことを延々と議論しています。そして監督当局も「それが契約するかどうかの判断に関わるようなら特別利益の提供にあたるかもしれないしあたらないかもしれない」みたいなふにゃふにゃした回答をしてきて、最後は「前例があるかないか」でセーフかアウトかが決まるようなのが商品開発の実態です。
新しいことをやろうとしても「他に事例ある?」と聞いてくるのが役所の常なので、現場のモチベーションはなかなか上がりません。ちょっと話がこじれると「時間ばっかりかかるしどうせこれやったところでたいして売上変わんないでしょ」ということで引っ込めてしまいます。

保険業界という枯れた業界では、差別化とはすなわち「営業」

ただ、保険商品の当局の審査が保守的なのは合理的な面もあり、そもそも保険業界自体がもはや枯れきった業界で、特に生命保険や自動車保険、火災保険のようなトラディショナルな商品はそもそもたいして商品開発の余地がありません。
むしろ、保険契約者保護のための仕組みであった解約返戻金を減らしたり無くしたりと、「車を安くするためにブレーキなくしました」というような消費者保護上の問題がある商品が出てきてしまうので、保険料以外の差別化なんてしない方がマシというのも説得力のある話です。
また、明治安田生命の意図的な保険金不払い問題に端を発して業界全体を揺るがした保険金の支払漏れ問題(これらはよく「不払い問題」と一緒くたにされますが、本質的にまったく別の問題です)への対応として、「保険商品の複雑化を抑制する」という方針がありました。
私としては、これは、大数の法則がビジネスの根底にある、究極の大衆向けサービスである保険業においては、正しい方向性であると思っています。差別化を意識するあまりどうでもいいような細かい保障がベタベタとついた商品を開発しても誰のメリットにもなりません。

結局、保険が売れるかどうかは、差別化しようのない商品やサービスではなく、大半は営業で決まります。効率よく保険を売れる営業手法をみつけたところが競争の勝者になります。それこそが「差別化」であるといっても過言ではありません。
「この効率よく」というのは必ずしもローコストということではなく、高いコストをかけても多額の保険を売れれば営業として成立することに注意が必要です。保険業界では、見込み客の情報を1件あたり4万円~5万円で販売するような業者(「リーズ業者」といいます)もいます。「契約が取れたら5万円」ではなく、「見込み客の情報だけで5万円」です。それだけのコストをかけても1件契約が取れれば十分儲かる業界だということです。

ビッグモーター・損保ジャパン問題は、そうした保険営業の構造のゆがみであり、原因は商品の差別化ができないことではありません。そんなことをいったらマトモにやっていた他の会社に失礼です。
明治安田生命の不払い問題の時もそうだったように思いますが、あくまでも個社の問題であるのに、なんとなく業界全体のフワッとした空気のせいにして、結局不祥事の中心となった会社が相対的に免罪されてしまうような状況になっているように思います。

「保険商品、サービスの差別化」などという無い物ねだりをしてもしょうがない

消費者側で商品間の競争原理がうまく働かないマーケットのルールを設計するのは難しい話です。制度設計に不備があれば力を持った営業者(例えばビッグモーターのような)が消費者被害を撒き散らしはじめます。

世の中の人は保険に興味なんてありません。自動車保険は車屋が勧めたものに入るし、火災保険は不動産屋が勧めたものに入るという人がほとんどでしょう。いちいち商品の比較なんてしない人が大半で(そうでなければ明らかに割高の保険ショップの商品を買う人などいないはずです)、「商品の差別化によって競争原理が働くはずだ」というのは幻想に過ぎません。

なぜビッグモーターや保険ショップが過剰な力を持ってしまったのか、保険会社より規制の緩い保険代理店がそんな力を持ってもよいのか、なぜ一部の保険会社はビッグモーターや保険ショップの圧力に屈してしまったのか、それぞれ必要なのは適切な制度とその運用です。
「保険会社が商品の差別化の努力をしていないからだ」と業界に責任転嫁をしても問題は解決しないでしょう。「そもそも乗合代理店は当初の政策目的に沿った存在になっているのか?」という1996年時点の議論まで遡った検討をする必要があります。

保険業法は生保危機やさまざまな業界の不祥事を経験して、制度疲労を起こしています。その場しのぎの増改築ではなく、保険業法の全面改正が必要です。
残念なのは、当局はもちろん、もしかすると学術界にももうそれを担える人材が誰もいないのではないかというところです。平成7年の保険業法改正に関する議論をみていると、保険の本質に迫る非常に高度な議論が繰り広げられており、オーパーツのようです。最近の審議会の議論はパッチワークの繰り返しで勉強する価値もありません(これは審議会やワーキンググループのメンバーの問題ではなく、意味のある課題を提示できていない金融庁の問題です。しょうもない案件ばかり諮問されるメンバーはむしろ被害者でしょう)。
もう誰もやれる人がいないからだましだましやっていくしかない、というのが「現実的」なのかもしれません。

よかったら著書もご覧ください。保険の話も少し書いてあります。

いいなと思ったら応援しよう!