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じょうげさゆーおくゆき (いろ〜んな窓における視覚認識問題メモ📝)

ポール・トーマス・アンダーソン監督の大傑作ラブストーリー『パンチドランク・ラヴ』論の中で提出した「視覚の連結」という概念との関わりからずっと気になっている「カメラの水平移動はなぜ見る者に奇妙な感覚をもたらすのか?」問題についてある場所でしゃべってたら、いろ〜んな人がいろ〜んな意見を言ってくれてえいちえーぴーぴーわいHAPPY!🐻わぁ〜(ノ˶>ᗜ​<˵)ノいっ.ᐟ.ᐟ♡
実際これは、いろ〜んな角度からいろ〜んなレベルで掘り下げられるヤバイ問題なのだ。


特にA氏の
「人間の視覚は上下認識に慣れておらず苦手である代わりに脳内補正が発達している。事実、歩いている時からだは上下に揺れ動いているはずなのに視界はガタガタにならない。反対に、左右方向の認識には日頃から慣れており得意であるためにさほどの補正がかかっていない」
という話はおもしろかった。
僕なりに広げてみよう。
映画を見るとき、その仮想的メディウムの支持体=物理的メディウムとしてのスクリーンをも同時に目撃することになるわれわれには、劇場の暗闇の中に開いた横長長方形の光の窓が正面をまるごと覆っているわけではなく、“途中で切れている”事実にふと気付く瞬間がある。その際、左右の端が切れている事実は良くも悪くも意識化されやすいのだが、上下の端が切れている事実はなぜか意識に上りにくい。
実際、観客席の最後列に座って今か今かと映画の上映を待ちわびている時など、スクリーンの左右の端の外にあるあまりに現実的な物物がチラチラ視界に入ってくるせいで、あらかじめ観賞の集中度が削がれ、もやもやしてしまうことがあるが、どういうわけかその時ですら上下の端の外側にあるはずのものは気にならないのだ。
A氏の意見にはやはり、ある程度の妥当性が認められることになろう。

こうした人間の特性、左右=水平の認識に秀でる代わり、上下とおそらく奥行きの感覚の認識がいまいち苦手な傾向のゆえに、われわれが映画の中でカメラの水平方向の動きと出会う時、「今まさに“世界”が動いている!」「切れた画面の向こうにある未知なる空間から次々と新しいものが現れ出る!」という感覚が強烈に意識されるのではないだろうか?
反対に、画面内を立体的にアップ(上昇)していくカメラの動きを見ても「上下方向に動いている!」という感覚が不思議と希薄でなのは、上記の特性に加え、アップしたカメラがぐるりを一周してわたしの裏側に回り込むことなど有り得ない、とわれわれがたかをくくっているためではないだろうか?
そう、映画に限らず視覚芸術の観者にとっての最大の恐怖とは、窓の中に突然自分の後頭部が映り込むことであるにほかならない。


ここにぜひとも付け加えたくてこってり忘れていたのが、“鏡の左右問題”。
哲学・心理学・認知科学・脳科学・レンズ光学といった複数の分野にまたがる大問題で、すなわち
「なぜ人間は鏡を見るとごく自然に左右が反転していると感じるのか?」。
というのも、鏡が本当に対象の左右の像を反転させている(だけな)のかどうかについては、まだ完全には明らかになっていないからだ。左右反転説には昔からさまざまな異論が提出されており、左右ではなく前後が反転している説もいまだ根強い。
こう書くと「なにをばかばかしい!」と思われるかもしれないが、残念ながら鏡は実際に前後を反転させている。
もしそうでないなら、朝方ベッドから起き出したあなたが鏡を覗き込んで目撃するのは、上に挙げたマグリットの『複製禁止』のごとき不気味な像でなければおかしいのだ。つまり、鏡は左右に加えて少なくとも前後を反転させている可能性が高い。
にも関わらず、なぜかわれわれは誰に教えられたわけでもなく“直感的”に「左右(だけ)が反転している」と思い込む。
これはいったいなぜなのか?


加えて、認知心理学の分野には“逆さ眼鏡問題”といういまだ決着を見ていない有名な論争が存在しており、これが“触覚的視覚”(われわれはスクリーンという物理的メディウムに触れることはできても、映画という仮想的メディウムに触れることはけっしてできない。にも関わらず映画は、AがBに触れているたしかな実在の手触りを視覚の橋渡しにおいて伝えてくる。おそらく映画は、こうした触覚的視覚の官能を表現するのに最も秀でたメディアだろう)やVR(ヴァーチャル・リアリティ)の問題にも絡んでむちゃくちゃおもしろいのだが、この話はまた次回。

·····とゆーよーなことを考え続けていくうちに、原理的に言って人間が意識的に描いたものしか映らないアニメーションのスクリーンの中には実体化され得ない実写映画の余剰=“作品の無意識”なり“映画の謎”を解くための鍵が潜んでいるのではないかしらん?
と当たりをつけているだーにゃなのであった·····🧸👀✨


※サムネイルは、触覚的視覚の感覚を史上最も恐ろしくエロティックに表現し得たジョゼフ・ロージー監督の名作『召使』より。


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