生の重さ、悲しみの重さ 〜舞台『雨夜の月』配信によせて~
生の重さ
「グリーフ(grief)」とは、「喪失をともなう悲嘆」のこと。
ラテン語の"gravis"に起源をもち、
重力・重さを意味する"gravity"もここから派生している。
グリーフももとは重さを表す語で、
喪失による悲しみは、心が重くなることから悲嘆を意味するようになった。
多くの物語において、生の表現には「重さ」が用いられる。
幽霊はふわふわと宙に浮き、地に足がついていない。
これは生き残っている側に重さがあることを対比的に実感させる。
悲しみの重さ
何かを失うということは、失った分だけ軽くなるはず。
しかし、グリーフは重さをもたらす。
まるで喪失によって失われた重さを、心が埋めるかのように。
心がその重さに耐えられないこともある。
パートナーとの死別後、心臓病のリスクがあがるという研究報告があり¹、 Broken heartという表現は医学的に正しいことが分かる。
重さをどのように対処するかは人それぞれであって、
当然ながら悲嘆に対する万能薬などはない。
あくまでも一つの救いのあり方として、
「死者を振り返る」という行為を提示したのが舞台『雨夜の月』であった。
振り返る物語
舞台『雨夜の月』は、一人の青年の死から生まれた。
クラウドファンディングの達成を経て、多くの方々の支持をもとに、今年1月の公演にたどり着いた。
資金を調達するのも、場所と役者とスタッフをそろえるのも、かなりの労力がいる。稽古期間も通常の倍以上とっていた。
しかし、感染者が出たらすべてが終わってしまう。
この時期に、舞台を無事に終えられたことが奇跡なようなことだった。
そして今回、お客様からのお声もあり、配信が決定した。
※販売期間:2023/4/15(土) 17:00~2023/4/28(金) 23:59
視聴期間:2023/4/29(土)~2023/5/7(日)
聖書、古事記、雨月物語、ドストエフスキー、
大江健三郎、J.D.サリンジャー等々……
本作には古典や名作が数多用いられており、よく一作にまとめられたなと思う。
読書や神話が好きな方は、ぜひ下記の参考文献リストの本を手元に用意して視聴してみてほしい。
この舞台に関わるとなると、自分の中にある喪失体験についても振り返らざるをえなかった。
私にとっては、祖父がそうであった。
結論というには弱弱しいが、
悲しみの重さはただの負荷ではなく、揺らぐ心を留めるための重しにもなるのではないか。そう考えた。
かなしみは、「愛しみ」とも書く。
重さは、「重んずる」で大切にするという意味もある。
悲しみの重さは、愛を重んずること、いつくしむことと表裏一体なのかもしれない。
ぜひ皆さんの喪失への向き合い方も教えていただければと思う。
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¹Simon Graff, Morten Fenger-Grøn, Bo Christensen, Henrik Søndergaard Pedersen, Jakob Christensen, Jiong Li and Mogens Vestergaard, "Long-term risk of atrial fibrillation after the death of a partner" Open Heart, vol.3-1 (2016) : 4-6.
パートナーの死を経験した人は、そうでない人よりも死別後1年間は心房細動(不整脈の一種)を発症するリスクが高く、
特に死別後8~14日後はそのリスクが1.9倍となる。