イスラエル・パレスチナについて
こんにちは轍三郎です。
今日は普段私が話題にあげる、公認心理師やキャリアコンサルタントといった内容ではなく、イスラエルとパレスチナについてnoteに綴ることにしました。
私は20年近く前に世界一周をしたことがあり、イスラエルにもパレスチナにも足を運んだことがあります。
2023年10月7日にイスラエルとパレスチナが戦争状態であるというショッキングなニュースが飛び込んできて、現地の悲惨な状況が漏れ伝わってきます。
シリア戦争の時も思いましたが、ニュースだけ見ると、怖い国、危ない国という印象しか持たれないと思うのですが、実際に現地を知っている人からすると、このニュースで流れてくる惨劇は本当にその国のごく1面でしかないと強く感じます。
したがいまして轍三郎視点でのイスラエルとパレスチナについてお伝えしていこうと思います。20年近く前なので記憶が曖昧でしたり、間違っている説明とかもあるかもしれませんが、ご了承ください。
イスラエル
日本から世界一周に旅立つ時に旅行会社に言われて今でも記憶に残っている言葉が3つあります。
1つ目
「狂犬病の予防接種はしましょう。発病したら100%死にます」
→最初は予防接種するつもりがありませんでしたが致死率100%と聞いてうけました
2つ目
「マラリアも発病したらほぼ死にます、蚊にさされないようにしてください!」
→いや無理だろ!っと当時思ったことを鮮明に覚えています。今は予防薬などがあるようですが当時は無かったと記憶しています
そして3つ目は
「イスラエルには渡航してはいけません、日本がイスラエルを国と認めていないので、イスラエルの入国スタンプがパスポートに押されると、最悪帰国できなくなります」
→もしかしたら少し説明が間違っているかもしれませんが、当時はこのような説明をうけた気がしています。
なので出発当初はイスラエルやパレスチナに入国しようなんて微塵も感じてなかったのですが、中東を周っている間に中東の魅力に惹きつけらてしまい、気づいたらイスラエルに入国することを決心していました。
入国
イスラエルに入国する際一番ポピュラーなのが、ヨルダンとイスラエルを繋ぐキングフセイン橋からの入国です。
橋の上にある国境のイミグルに行くと、まずヨルダン側の出国時にパスポートを確認されて、自分のパスポート番号が記載された2枚つづりの引換券を渡されます。
次にそれを持ってイスラエル側の入国窓口にパスポートと引換券を渡すと、引換券を半分破ってその裏側に判子を押して、残りの引換券とパスポートを返却してもらい入国しました。つまりこれはイスラエル入出国の判子を引換券に押してもらうことで、
パスポートには判子を押されないシステムとなっているそうです。
今思えばこういった引き換え券とかも写真に撮っておけばよかったのですが、明らかに10代だと思われる受付が、ちょっとコンビニまで位のラフな格好をしているのにその肩にアサルトライフルが装備されている光景にビビッてしまったのだと思います。
エルサレム
イスラエルという国、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
砂漠地帯で、瓦礫の家が所々壊れており箱詰めにされた軍人が乗っているジープが縦横無尽に走り回ってる発砲音とか割と普通にしてる国、そんな印象でしょうか。
少なくとも首都エルサレムは非常に都会でした。
道路はヨルダンより綺麗に舗装されており普通にショッピングモールとかもあって死海のミネラル化粧品を進められるぐらい、ペットを散歩されている姿を見かけるほどで経済の成長具合が高いのが見てとれます。
エルサレム内には色々な観光スポットがあります
嘆きの壁
ヴィア・ドロローサ
現地の言葉で「悲しみの道」というのでイエスキリストが極刑の判決をうけ十字架を背負わされて亡くなるまで歩いた道のこと
今考えると普通に考えるとすごい事。イエスが歩いた道が現存している。
イエスは十字架背負いながら結構迷った様子、坂も急で舗装もされていまい道は凸凹しており、2.3回道間違えて戻ったり、三回ほど躓いていると残されている。
その行きつく先はゴルゴダの丘にある聖墳墓協会
実際にイエス・キリストが磔刑に処された場所
ウマル・モスク
岩のドームとも呼ばれ、その由来となった中央にある岩には,そこから預言者ムハンマドが天に昇ったという伝説があり,イェルサレムにおける最も重要なイスラームの聖地です。
パレスチナ
ベツレヘム
エルサレムから南に10キロにある旧約聖書に登場する古い町ベツレヘム
そしてベツレヘムはイエスが生まれた街です
イエスが生まれた馬小屋こと聖誕教会へ
他にもクリスマスに世界のキリスト教が集まって祈る教会などがあります
本当に中東か?と疑うほど、素敵なモザイクのイエスやマリア、ガブリエルがとても綺麗に描かれています
分離壁
ベツレヘムはパレスチナ自治区にあたります
パレスチナ自治区は分離壁と呼ばれる壁で囲われており
そこを抜けるにはいくつかのチェックを受けなければいけません
ベツレヘムはそれほど治安は悪くないですが、衝突が激しい地域などはやはりすごいらしく、当時イスラエルのデモに参加したという人の話を聞いてびっくりしました
その方は「人の壁」というものをやったらしく
農作業をしているパレスチナ人をねらうイスラエル軍との間に
腕を組んで名のとうり壁を作るそうです
そして
「パレスチナ人は農作業をしているだけ
そして私たちも手ぶらで立っているだけ
なのになんで貴方達はそんな武装をしてどうするんだ」
等々訴えるらしいのです
もちろんイスラエル軍の反発にもあうそうでその人は催眠弾(失明する可能性有)空発弾(鼓膜が破れる可能性有)等の攻撃をうけたと話していました
分離壁、遠目に見ていた時は高速の壁、防音壁、普通のコンクリートの壁
って感じでしたが近づいて見てみると感慨深いものがありました
それは分離壁に書いてあるペイント
現地の人の思いがそこにはぶつけられており
叫んでいる顔が沢山描かれていたりします
特に私が考えされらてたのがこの大きな木の周りを分離壁が囲っており
分離壁の外は伐採されたような切り株が多数書いてあるペイント
大きな木がキリスト教(クリスマスツリーから)を意味していて
分離壁の中、つまりパレスチナだけがそれを守れているっとも捉えられるし
逆に大木はイスラム教でそれが守られているのはパレスチナの中だけでそこ以外はすべて淘汰されたなれの果てだともとらえることができます
正直宗教の事は全然知識がないので検討違いの考えかもしれませんが
なによりこの木のペイントには強い意志が感じられました
こうゆうものを見るとやはりここには大きな隔たりが存在するのだと
実感させられます
以上は当時の思い出と写真になります。
ご覧いただいた通り、イスラエルもパレスチナも宗教的に非常に重要な場所であり、そこには確かな歴史があり戦争で壊されていいものではなく、また武力で制圧してよいものではないと感じています。
紛争地域でおきる戦争は本当にその地域の一面でしかなく、もっと知られるべき文化が歴史があると私は感じています。
早く戦争が治まり、現地の人が安心して過ごせる日常に戻ることを祈っております。