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『お兄ちゃんはおしまい』

 また、やべぇアニメが始まってしまった。

 2022年秋期は『ぼっち・ざ・ろっく』がその演技、作画、演出等で人気を博したが、2023年は新年早々とんでもないものが生まれてしまった。

『お兄ちゃんはおしまい』である。

 もう、タイトルからしヤバそう。別の意味で。
 いわゆる「大きなお友だち」向けのアニメにはそんなに興味がないので、「これはパスかなー」などと思っておったのですが、僕がパーソナリティを務めているポッドキャスト番組『そんない雑貨店』で今期おすすめアニメの話をしなければならないので、「一応観ておくか」くらいの感覚で観たわけです。
 いや、反省しております。
 タイトルやキャラデザで判断してはいけない。そんなことはわかっていたはずなのに。わかっていたはずなのに、人は同じ過ちを繰り返す。

 1年前の『その着せ替え人形ビスクドールは恋をする』なんて完全にそうだった。
 そのタイトルから、「人形と、恋をするアニメ……?」と思い込み、自分の趣味とは違うかなとスルーしていた。
 あとになってうっかり1話を観てみたら、「なにこれ、青春ものじゃん!」
 青春ものは大好物なので、すぐに全話観ました。観させていただきました。
 特に9話では号泣しました。よかったね、心寿ちゃん!

 というわけで、ギリギリで過ちを回避して観始めたのが『お兄ちゃんはおしまい』だったのです。

 正確にいうと、本編を観る前にノンクレジットOP映像を観ました。この時点で、「これは……」と思いました。
 めちゃくちゃ動くんです、カメラが。
「あたりまえじゃん」と思われるかも知れません。最近のアニメ、OPでキャラがよく動きます。
 しかし、『お兄ちゃんはおしまい』(面倒くさいから、以下『おにまい』)ではカメラがキャラクターに寄ったり引いたり回ったりするんですよ。
 実際にはそう見えるようにアニメーターさんたちが絵を描いているわけですが、あたかもカメラが縦横無尽に動いているかのように、フレームが変わります。
 このフレーム、あるいは画角、本編でも大変重要になってきます。

 そのOPでいきなり心を打ち抜かれちゃったわけですが、それもそのはず、OPの絵コンテ・演出は渡辺明夫さんだそうで。
 この方、日本を代表する名アニメーターであり、キャラクターデザイナーでもあります。近年では『化物語シリーズ』や『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』のキャラデザとかをなさった方ですね。日本の宝です。
 その方が絵コンテ切ってるんですから、当然クオリティが高い。観てて目が楽しい。
 YouTubeで公開されているノンテロップOP映像は、2週間で120万再生を超えてます。

 さて本編。
 薄暗い部屋の中で、布団からもぞもぞと起き上がる人影があります。眠そうな声が聞こえますが、テーブルで隠れていて顔は見えません。
 その間、「からだになにか異変が起こった」という内容のことをつぶやくのですが、それがなんなのか、視聴者にはわかりません。
 はい、おみごとです。
 ここでの中心、というか対象物は「まひろ」という主人公の(元)お兄ちゃんなのですが、動きは見えどもお顔は見えず。視聴者の興味を引く、「見たい」という気持ちを起こさせる演出です。
 さらに立ち上がったあとも、まだはっきりとは顔を見せません。
 一瞬、手にしたタブレットに反射した顔が映るのですが、暗くてはっきりわかりません。
 そして本棚に立てかけたタブレットのカメラで確認すると、そこには可愛らしい女の子の姿が。

 ちなみにこの本棚、オタク感が満載です。
 それっぽいフィギュアがたくさん飾られていることもそうですが、『この素晴らしい世界に祝福を』や『けものフレンズ』、『ひだまりスケッチ』などをもとにした本が所狭しと並んでいます。しかもそれらがしっかりきれいに並べられているところ、散らかり放題の部屋の中とは対照的で、まひろの筋金入りっぷりがうかがえます。

 部屋についてもう少し書いておくと、部屋には何本かのペットボトルが置いてあります。
 このペットボトル、第1話前半ではとても重要な役割を果たしています。オタクの部屋にあるペットボトルといえば、使い道は「もう、おわかりですね」といったところなのですが、それはもう少しあとでで。
 ここではペットボトルがまひろの男らしさ、少なくとも中身が男であることを表しています。
 なにしろファーストショットが、カーテンから差し込む光に照らされて立つペットボトル。
 起き抜けに、立っているのです。まひろちゃんったら、男らしい(はあと)。
 これが単なる汚部屋描写のために置かれているのでないことは、すぐにわかります。
 まひろが布団の上で起き上がるとき、ペットボトルはすぐ近くにあります。ところが自身の姿を確認しようと本棚にタブレットを立てかけに行くことで、ペットボトルからは遠ざかります。
 これは、「男」という自己同一性から遠ざかっていることを表しています。
 もっとも、このペットボトルに薬を入れられていたのだという暗示でもあるのですが、それならそれがわかった時点でペットボトルの役割は終わり。ところがそのあとも出てきますから、まひろの男性性の象徴とみるべきでしょう。

 さて、まひろが自分が女の子になっていることに驚いているところに、女体化の犯人、妹のみはりが入ってきます。
 このときも、画面上はまひろの近くにペットボトル。一方でみはりは開け放ったドアのところに立っています。
 ペットボトルが男性の象徴なら、ドアは女性を表しているのではないでしょうか。古くから、入口や船、花は女性の比喩として使われてきました。

 こうして緒山姉妹(兄妹?)が揃ったわけですが、まひろの部屋ではアングルが特徴的です。
 おわかりでしょうか。まひろの部屋ではやけにローアングルだったり、物越しに見ているアングルが多いのですが、これは視聴者にのぞき見している感覚を与えます。
 見てはいけないもの、秘密にしておきたいものを見ている、そんな感覚を与えるのです。
 また、同じ家の中でもリビングなどではこうしたアングルはありませんので、まひろのプライベート空間だということも強調しているのでしょう。

 アングルという点でいうと、人物の配置も特徴的です。
 たとえば冒頭、みはりに罵倒され倒れ込むまひろ。倒れ込んだあとはカメラが切り替わり、手前に高い位置から見たみはりの上半身、その向こうに倒れ込んだまひろが映ります。
 この大きさの違いで、姉妹のこの時点での力関係が示されます。まひろは女体化して、弱体化していますしね。

 このあと、みはりから「女の子のからだでエッチなことしないように」という注意(本当はもっと険呑な言葉遣いだった)を受けますが、そのときは若干みはりを見上げるアングルになっています。
 この辺も力関係の表れでしょう。

 OPを挟んで、「モンスターを狩るマッスィーン」と化したまひろですが、迫りくる尿意には勝てません。
 ボスの湧き時間を考え、ボトラーになることを決意します。
 しかし、女の子のからだでそれは無理と判断し、ちゃんとトイレに向かいます。
 無事に尿を済ませ、いや、用を済ませ、部屋に戻ると左右にふらふらと揺れながら歩き、布団に倒れ込みます。倒れ込むの好きだな。
 ここには、「女性として用を足した」ということへの精神的なショックがあります。
 トイレから出てくるとき、まひろは着ているシャツにこすりつけて手を拭きます。これはやはり男性的な仕草でしょう。
 つまり男性である自分と、女性である自分が同時に存在するというギャップ、ショックを受けているのです。
 だから部屋に戻る前、廊下を歩いているときからすでに歩き方がおかしいです。
 そして布団に倒れ込むと、ペットボトルは画面中央上端、倒れ込んだまひろは中央下端という離れたところに位置します。
 ああ、男性性からの乖離。

 その様子をみはりが見守っています。
 監視カメラで。
 まひろの部屋での不思議なアングルは、みはりが(おそらくは複数)仕掛けた監視カメラをも暗示していたのです。

 続けて健康診断のシーン。
 やはりまひろの側にペットボトルがあります。
 健康診断を受ける→からだのことを考える→自分が本当は男であることを意識する、ということかも知れません。もしかしたら、妹に健康診断をされて、兄であることを意識しているということかも。
 このとき以外もそうですが、まひろのおなかはぽっこり出ていますね。
 こういうのを、イカ腹というそうです。見事な幼児体型。
 小さな子は腹筋が弱く、自然と胃下垂状態になるため、おなかがぽっこり出ているという特徴的な体型になるそうです。
 このアニメのお陰で新しい知識を得ました。
 ありがとうございません。

 健康診断で、体調よりも体臭に問題が見つかってしまったまひろ。強制的にお風呂に入ることになります。
「すわっ、サービスシーンか!」と思われるかも知れませんが、冷静に考えるとそういう見方に冷水を浴びせるようなシーンです。
 幼児体型とはいえ、妹を別とすればおそらく初めて生で見る女性の裸体、まひろはドギマギします。
 しかし、「見てしまえば、どうってことはなかったなあ……」
 そうです、他人から見ればどんなに劣情をそそるからだでも、当の本人からすればただの自分のからだ。エロくもなんともありません。
 どういう視線で見るかによって、変わってしまう。
 なんでもかんでもエロい、エロいといってる人は、そういう目でしか見ていないからでは?というメッセージを制作陣が送っているかどうかはわかりません。

 ちなみに、シャワーを浴びてるときはちゃんと髪の毛がペッタンコになってます。アニメで髪型変えるのって、大変だと思うんですよ。そのキャラの特徴でもあるし。
 アニメのキャラクターを特徴付ける要素として、髪型というのはとても大きいです。それを変えちゃうと、「誰、これ?」ということにもなりかねないのに、丁寧に描いてるんですね。
 そして鏡についた水滴も、CGだと思うんですがとてもいい動きしてます。進んでは止まり、進んでは止まり、というあの動きです。

 ややあって、一人で部屋でお着替えするシーンになりますが、おめかしした自分の姿を鏡に映してごきげんなまひろ。このとき、まひろの足もとにはペットボトルが転がっています。
 転がっています。
 転がっちゃってます。
 もう、すっかり男性としてのアイデンティティが……。

 さらにこのあと、気分を萎えさせようとわざとやってみたBLゲーム。女体化しているからか、「ちょっと興奮した」そうですが、このときもペットボトルは離れた位置にあります。

 BGMにも少しだけ触れておこうと思います。
 気分転換にとみはりがジョギングに連れ出そうとしますが、このシーンでのBGMはベースのソロから始まります。
 ベースはもちろん低音楽器、イメージは低く、隠れて悪だくみしているイメージです。そこにローズ的なピアノとワウの効いたギターが加わって、不安感を助長します。ただし、そこまで不安定な感じがしないのは作曲の妙。
 それが、外に出た瞬間からリズムイン。まひろの激しい抵抗とリンクします。

 このときの動きも素晴らしいですね。
 しゃがんでいる子を引っ張ったことありますか?あの重心、足の裏がこすれる感じまで伝わる、見事な動きだと思います。
 ちなみに、まひろは逃げ出してつかまったとき、姿は見えませんが小さく「きゃあ」と、すっかり女の子な悲鳴を上げています。
 さあ、行こうと足踏みをするみはり。ジャージ特有の緩い感じ、股のあたりのたるみがよく伝わってきます。

 とうとう2人でジョギングに行くと、場面はいきなり夕方です。
 さっきは日が高かったぞ。いったい何時間走っているんだ?
 そう、みはりちゃん、体力オバケでもあるようです。
 その証拠に、このあとのまひろの回想シーンで、みはりはスポーツ万能でもあったことが描かれます。
 そのみはりに連れ回され、ヘトヘトになるまひろ
 夕暮れどきの川べり、立ち止まるまひろと先を行くみはり
 2人のあいだには影になった街路樹。
 2人のあいだになにかを挟んで画面を分割するのは、分断や亀裂、違いや差を表す常套手段です。
「体力落ちてるよね、いろんな意味で」
「万全でも追いつけないっての」
 さっきまで真横から描かれていた2人ですが、みはりがふたたび走り出すと彼女のうしろ姿になります。
 背筋を伸ばして颯爽と走るみはりと、倒れそうに走るまひろ。2人の違い、少なくともまひろが感じている彼女との差が痛いほどわかります。

 まひろも再度走り出しますが、夕陽に照らされて手前に落ちる影の形がおかしい。普通は影は平行に伸びますが、このときの影は視聴者側に扇形に広がっています。
 こういう形で撮るには、現実世界では広角レンズ、それもかなり魚眼に近いものを使います。
 この画面が歪む演出は『おにまい』では各所に使われています。
 エヴァンゲリオンでシンジくんの心象風景を描くときに多用されたアレですが、『おにまい』では日常描写に使われていますね。
 しかも人物が画面端に移動するとちゃんとシルエットが歪むという、こだわりっぷり。

 その広角レンズ効果のせいでまひろの影は頭がやけに大きいのですが、これは次のシーンにつながります。

 まひろは「妹が優秀すぎる」というコンプレックスを抱えています。
 スポーツをやれば新記録を出し、勉強をすれば飛び級で大学に入学。そんな妹の兄として、お兄ちゃんは肩身の狭い思いをしていたのでしょう。
 中学時代、廊下に張り出された成績上位者一覧。満点でトップを飾るみはりは友だちに囲まれみんなの中心にいます。
 一方でまひろは離れたところから、独りそれを見つめるだけ。やがて彼は廊下の奥、暗がりの方へ歩いて行ってしまいます。あの暗がりは彼の心の暗がりでもあり、これから閉じこもる部屋の暗がりでもあったのでしょう。
 ちなみに、女体化したまひろの顔は、お兄ちゃんはだったころの顔とそんなに変わっていないんじゃないでしょうか。タブレットにうっすらと反射した顔に、違和感を感じていませんでしたものね。

「その挙げ句、こんなふうに妹のおもちゃに……」と自虐するまひろですが、そのセリフとは裏腹に、ここで笑顔になって顔を上げます。
「妹が優秀すぎる」というコンップレックスは、彼が考えすぎていたからなのではないでしょうか。その「考え過ぎ」を示しているのが、先ほどの頭でっかちな影なのではないかと思います。
 だってみはりはなんとかお兄ちゃんを真人間に更生させようとしてるし、あの髪留めだって、あんなに大事にしてるし……。
「実のところ、いまは妙に気分が楽だ。自分が、身の丈に合った位置に納まった感じがする」というセリフとともに、さっきまで低く描かれていた太陽が高い位置にあるかのように描かれます。おまけにフレアまで。
 高い位置にある太陽は、希望を表します。
 フレアも眩しい光、希望を表します。
 女体化することで、「お兄ちゃん」という妹より上でなくてはならないという軛から解き放たれた、ということではないでしょうか。

 と思わせておいて、ふたたびまひろは影の中に走り込みます。
 立ち止まり、光の中にいるみはりと影の中にとらわれているまひろまひろの孤立を強調するかのような電車の通過音。
 普通はきわめて不安をあおる演出ですが、そこは『おにまい』、大事なあるものを買いに行く作画カロリーの無駄遣い女の子ならではのコメディシーンにつながります。
 あのシーンは、演出的には包囲されてるとか、そのシンメトリーはキューブリックか!というのはあるけど、売ってるアイテムに詳しくないのでパス。

 場面転換に出てきた蝶はオナガアゲハでしょうか。そして花はヒナギクじゃないかと思うのですが、だとしたら花言葉は「希望」です。先ほどの太陽の演出と呼応しますね。

 そしてエンディングは、クレジットされていませんが、鈴木典光さんですって。
「ああ、それで……」となる、またしても歴史に残るエンディングですね。
 この方は『劇場版カウボーイビバップ』の原画を担当されていたり、最近では『ゴジラ S.P.』のエンディングを担当されていたり、有名どころでは『カードキャプターさくら』もそうなんですね。
 エンディング・アニメーション・アニメーターとも呼ばれるくらい、エンディングのプロ中のプロ。
 作画枚数もさることながら、各キャラクターの細かな演技に注目ですよ。ソファに瞬間的に座り直すなんて、アニメでやりますか?
 そして猫が液体であるというイグノーベル賞の知見を取り入れて……ないと思うけど、うちの猫もああ動くもん。 

 それからシリーズ構成、第1話、第2話の脚本は横手美智子さんだそうで。
 制作会社はスタジオバインド?あの『無職転生〜異世界行ったら本気出す』を制作するために作られた会社じゃないですか。
 観ました?あの超絶クオリティ。
『鬼滅の刃』や『Fate』とはまた別の、伝統的ファンタジーの絵柄と見せかけてえげつない演技させるニクイやつ。
 あの会社が『おにまい』作ってるんだ……。
 なんのことはない、オールスタースタッフで本気で作られたアニメじゃん、これ。


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