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「最後の一人」~#青ブラ文学部お題「魔法の言葉」

 わたしは魔法の言葉を知っている。
 正確に言えば、幼い頃、とても悲しい日の晩に街の川縁のベンチに座って何時間も泣いていたわたしに通りすがりの少女がその言葉を教えてくれたのだった。今もはっきりと覚えている。亜麻色の巻き毛の少女で透き通るような白い肌と海の底を思わせる深く青い瞳をしていた。その少女は泣いているわたしの隣に空気の如き軽さで腰をかけ耳元で魔法の言葉を教えてくれた。
「誰にも言っちゃだめよ」少女は赤い舌を出して茶目っ気たっぷりにわたしに手を振ると滑るように満月の川縁を去って行った。
 内緒にするべきだった。しかし幼かったわたしに先を見通せる分別があろうはずもない。あまりのうれしさに翌日友達に喋ってしまった。友達は最初は信じられないという面持ちで聞き流していたが、その翌日に涙を浮かべながらわたしの手をとると感謝の言葉を口にした。
「真央ちゃんありがと!真央ちゃんが教えてくれた言葉を唱えたら、お父さんが、お父さんが…。帰ってきたの!」友達は震える声でそう言った。
 その友達の父は、漁師をしていたが前の年に漁船が遭難事故に遭い亡くなっていた。もちろん遺体は見つかり、残された母と娘の二人と親戚筋で葬儀は終えており、丁度一周忌を迎えたばかりだった。
 ところが真央の教えた言葉を冗談半分に口にしたところ、今朝になって亡くなったはずの父が「ただいま」となに食わぬ顔で玄関から姿を現したのだという。いきなり父に出くわした母は腰を抜かして玄関に座り込み、友達も驚きの余り椅子から転げ落ちそうになったのだが、驚きはすぐに喜び変わった。確かに死んだはずの父がそこにいた。漁に出かけたときの姿のまま家に帰ってきたのである。
 内緒話のはずが噂はすぐに広まる。それも無理はない。死んだはずの漁師が行きつけの商店街をうろつき、漁業組合に顔を出したわけだから、周囲の人間は何事かと仰天する。訳をきかせてくれと友達の家に殺到し、わたしは内緒だと言ったはずなのに、浮かれた友達は集まった人たちに魔法の言葉を伝えた。一応「内緒にしておいてね」と付け加えたそうだが。
 その日から、街のあちらこちらで死んだはずの人間を見かけるようになった。数年前に閉店しシャッターが降りたままだったパン屋が復活した。癌で死んだはずのその店の女主人は午前一〇時になると「クロワッサン焼きたてだよ!」と商店街を歩く人たちに声を掛けた。数年前と同じ光景だった。
 高齢化が進んで過疎状態だった商店街のシャッターが次々と開き始めた。飲食店、貴金属店、眼鏡店、魚屋、肉屋… 小さな街は一気に活気づいた。少なくとも最初の頃、わたしにはそう見えた。高齢者が次々と死に、若者が都会へ去って行く小さな田舎町は半ば死にかけの状態だったから、日に日に人が増えていく様を見てまだ幼かったわたしはうれしくてたまらなかった。
 だがわたしが小学生から中学生に上がる頃、いくつか重要なことに気がついた。
 一つ目は、魔法の呪文によって生き返った人たち、いわゆる「蘇り」は死んだときの歳のまま生き返ることである。
 友達に聞いたところ、知り合いの高齢夫婦が若い頃に事故で亡くした幼子を蘇らせたところ、死んだときの幼子のまま生き返ったらしい。夫婦は死んだ我が子が戻ってきてくれたことを喜んだが、自分たちは既に老いており、幼いままの子供をどうしたらよいものか困惑したらしい。ただ、その困惑が無用であることはこれから述べる理由でわかるだろう。
 二つ目は、「蘇り」は食事も排泄も睡眠もしない。子供も作れない。生き返ったパン屋の主人は、生きていたときの習慣でパンを焼いているが、自分は一切口にしない。当然、通りを歩く「蘇り」もパンを買うことはない。買うのは、本当に生きている「生者」だけだ。眠る必要もないからパン屋の主人は一晩中パンを焼いているらしい。
 三つ目は特に重要なことだが、「蘇り」は歳を取らない。ずっと生き返ったときの歳のままだ。一つ目で例に挙げた老夫婦は、加齢と病気でわたしが高校生になる頃に二人とも亡くなったが、彼らが生き返らせた幼子は幼子のまま元気である。空き家となったアパートに一人取り残されたのだが、「蘇り」にはパンも眠りも必要が無い。病気にかかることもない。幼子だからアパートの外に出て旅をすることができないから、よほど酔狂な引き取り手でも現れない限り永遠にアパートの一室で窓の外を眺めて暮らすことになる。

 魔法の言葉によって最初は活気を取り戻したように見えた街だったが、一〇年、二〇年と経つうちにそれは間違いであることに人々は気づき始めた。
 生者は次々と死んでゆく。その一方で「蘇り」は生き返ったときの歳のまま、永遠に存在し続ける。その末路は言うまでも無い。街は次第に不気味な憂鬱に包まれていった。
 友達の母が老衰で亡くなった。しかし生き返った夫は若いまま今も漁にでかけている。漁に出かけて魚をとってきても、市場で仕入れる「生者」たちがほとんどいないので余った魚が市場や港のあちこちに捨て置かれ、強烈な腐臭を漂わせていた。漁師のほとんどは「蘇り」だったため、匂いなど気にしない。ひたすら漁業に専念している。
 わたしも友達も歳をとり、友達は生き返った父の歳をとうに追い越していた。父が帰ってきたときの喜びはとうの昔に消えていた。二人に会話はなく、ただ無意味で無機質な時間だけが流れていった。
 わたしが八〇歳になった頃、友達は病気で亡くなった。生き返った父は娘の死を悼むこともなく、葬儀を挙げることもなく、わたしが埋葬した。友達に魔法の言葉を使おうとは一瞬たりとも思わなかった。今の街の状況を見て、あの言葉を再び使おうとする者はいないだろう。
 パン屋の主人は相変わらずパンを焼いているがもはや誰も買う者はいない。商店街の店は開いているし、通行人もそれなりにいるが、誰も買おうとはしない。あちらこちらから、食べ物の腐臭がして、それを気にもしない通行人たちが人形のように街を徘徊している。何のために歩いているのか。何のために存在しているのか。意味を失った者たちがわたしの目の前を通り過ぎていく。この街は死者の街だ。
 わたしは長生きだったが、九〇歳近くで寿命を迎えつつあった。わたしの知る限り、街は「蘇り」ばかりで「生者」はわたし一人だった。街に病院はあるが、生死の狭間も苦痛も理解しない「蘇り」たちに診てもらおうとは思わない。生まれたこの家で死にたい。この死の街の最後の一人として。
 幼い頃、川縁で出会った少女の顔を思い出した。魔法の言葉など知らなければ良かった。あのとき泣いていた理由。夫と死に別れて一人でわたしの面倒を見ていた優しい母がまだ二〇代という若さで病気で死んだからだ。わたしはその日のうちに教えてもらった魔法の言葉を使った。
 だから母は今も側にいる。ひたすらミシンをかけている。二十代の若さで。
「さようなら、お母さん」わたしは母の若々しい後ろ姿を横目で見ながら眠りについた。

(了)


本作は青ブラ文学部のお題参加作品です。いつも企画ありがとうございます。


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