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ショートショート「海岸線」~ #あの時はそんな気分でした 

「年上のひとは上手なんだって」
 助手席の彼女が言った。一瞬にして僕の気持ちは醒めた。
 初めてのデートである。駅で彼女を拾って中古のギャランで海岸まで飛ばし、金色に光る海が見えてきた晩夏の夕暮れのことだ。
 僕はまだ女を知らなかった。しかし性欲は強かった。彼女のことを大して知りもしないくせにいきなりデートに誘ったのは彼女が肉感的で大人びた「そそる女」だったからで、車で海辺に誘ったのも僕に下心があったからだ。彼女は当然僕の意図を察知していたに違いない。その上で出た一言から察するに、彼女は僕が性的に(少なくとも自分と同程度には)成熟した男だと思ったのだろう。
 僕は海岸線の人気の少ない場所にギャランを停めた。シートを倒し、彼女にキスをして押し倒した。
「キスが大好きなの」
 そう言いながら彼女は僕の慣れない愛撫に反応してみせた。そのたびに僕の気持ちはどんどん冷えていった。本来なら頭が真っ黄色に染まって咆哮を上げるはずの欲情が一ミリたりとも動かなかった。
 僕は形だけのペッティングを済ませてシートを起こした。
「帰ろうか」
「え、うん」
 乱れた服を整えながら彼女が言った。気まずい沈黙が車内を支配した。恐らく期待の一〇分の一、いや一〇〇分の一も満たされなかったに違いない。あるいは、自分が何かの理由で嫌われたと思い、その理由を必死に探していたのかもしれない。
 だが彼女には何の問題もなかった。ただ性的に未熟だった僕が、性的に成熟した男を求められたことに怯んでしまっただけのことだ。性欲が強いくせにシモネタが嫌いなのは、自分に性的コンプレックスがあるからだろう。

 性的に自分より未熟な女性としかつきあえないな。

 僕は改めて自覚した。同時に、僕自身全くこだわりはないのだが男性が女性に処女性を求めることが多いのは、男が女よりも性的優位に立ちたいからだろうと考えた。男の支配欲を満たすには女が優位に立たれては困るのだから。 

 僕は助手席の彼女が世間話で間を持たせようとしているのをよそに、あれこれ思いを巡らせながら夕暮れの海岸線を走った。
 彼女とはそれきり会うことはなかった。
 
 
 (了)

山根あきらさんの下記企画の2つに参加します。いつもありがとうございます。 


#あの時はそんな気分でした
#昔話は聞き飽きたんだよ

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