見出し画像

エッセイ/赤色の憂鬱

僕の好きな色は赤である。
代々の携帯電話やスマートフォン、自転車、バイクなどももれなく赤色だ。
ビタミンカラーに力を貰える様で好きだ。
もしかしたら自分に無いパワーを感じられるから好きなのかもしれない。

しかしながらふと気づいたことがある。
僕は赤色の衣類をどの季節も着ていない。

赤い服を持っていないのだ。

情熱や愛情を示す赤。
そんな赤を小物や乗り物で満たしては、自分自身には身に纏っていない。
これはかなりの小心者の証拠ではなかろうか。
情熱を身体で表現出来ていない隠れ情熱野郎なのだ。
完全に隠しているならともかく、小物で小さな炎を灯す気の小さな野郎だ。

きっと
自分ビタミンカラーですよ!
自分情熱みなぎってます!
と主張するのが恥ずかしいのだ。

よくてえんじ色のシャツを持っているくらい。
赤を少し濁らせて着ている。

僕が赤色の服を着たらどれだけ堂々と街を歩けるだろうか。少し猫背になってしまうのか。
これは僕自身が赤を着こなせる程の自信がないからなのであろう。
僕が僕に自信をもっていたならば、赤色の服で堂々と表参道の並木道を歩けるに違いない。
ではどうしたら自信がもてるのか。

詩で賞をとる。
仕事で成果をあげる。
だれかが毎日褒めてくれる。
こんなところか。

詩で賞を取る
これはなかなか難しそうだ。
これがとれたら僕はの自己肯定感はあがる。

仕事で成果をあげる
これは頑張り次第だができなくは無い。
ただ、仕事とプライベートを分けて考えるタイプの僕は
仕事の成果をプライベートに変換できない。
赤いスーツを着るのもなんだかな。


だれかが毎日褒めてくれる
これはドラえもんに頼んで、そういう都合の良いロボットを出してもらわなくては無理だろう。


上記を考えるとなかなか難しものだ。
ここは発想の転換が必要だ。
赤に見合う自分になるのでは無く、赤に自分が寄っていけばよいのだと考える。

赤色にパワーと自信を貰う。

これにつきるのではないか。
無理矢理赤い服を買い、着ることで。
後追いで赤から自信を貰える。
そうに違いない。ただただ安直な考えだが、なかなか理にかなっている。

そう考えた僕は、今度表参道に思い切って買い物に行こうと思う。

もちろん暗い色の服を身に纏って。

いいなと思ったら応援しよう!