人と人との「つながり」を取り戻す ~仲間との出逢いから地域の再生へ~
散歩中、畦道に咲くオオイヌノフグリやタンポポ、ヒメオドリコソウなど、可憐な野の花を目にすると、春の訪れを感じ、心が柔らかく温かくほっこりします。アパートから見える西駒ヶ岳は、まだ雪化粧ですが、日に日に濃くなる陽差しに、コロナ禍でありながらも淡い「希望」を感じています。
精神疾患を発症してから10数年が経ちました。職場同僚との人間関係のトラブルに悩み、夜眠れなくなり、食欲が落ち、出勤が次第に苦痛になりました。同僚と顔を合わせるのがつらく、仕事のミスも増え、毎日落ち込んでいました。やがて、自分以外の全ての人を「敵」と考え、誰かが私を見て笑うだけで「私を破滅させようとする悪魔の微笑みに違いない」としか思えなくなりました。孤立無援で一人ぼっち…。不本意ながら精神科を受診しました。
薬による治療が始まったものの副作用に苦しみ、病状はよくなりませんでした。転勤しても新たな職場環境と同僚になじめず、休職してひきこもりました。当時は対人恐怖と視線恐怖が非常に強く、何もやる気が起きませんでした。生きた屍のような生活。つらい日は1日中ふとんから出られず、ただ泣きながら過ごしていました。生きる価値が見出せない細く長く暗い出口のないトンネル…まるで失意のどん底のような生活でした。結局、復職も叶わず退職しました。
ある方の誘いで、当事者の卓球の会に参加しました。初回は扉を開けるのも怖く、足がすくみ、胃がキリキリ痛み、緊張のあまり嘔吐しそうになりました。
しかし、扉の向こうには同じような障がいのある仲間たちが和気あいあいと自分のペースで卓球を楽しんでいる光景が広がっていました。上手、下手関係なくみんなマイペース。「あぁ、こんな世界もあったんだ…」心の氷が解けていく感覚。忘れかけていた何かを取り戻したような感覚との邂逅…。運動音痴の私はピンポンレベルの仲間と一緒に卓球をするのが、以来とても楽しみになりました。
仲間、同輩、同じような経験をしている人のことを「ピア」と言います。ピアと出逢い、私の心の暗闇、真っ黒に塗りつぶされた未来に、一筋の希望の光が春の陽差しのように降り注いできました。
ご縁があり、上伊那にある障がい者総合支援センターきらりあでピアカウンセラーのアルバイトを始めました。対人関係で発病した私に対人関係の仕事は無理。3日で辞めると思っていました。しかし、3年間働き続けることができました。同僚にも恵まれましたが、それ以上に同じような経験、悩みを抱えた仲間の話を聴いているうちに、私自身が励まされ、勇気づけられ、元気をもらいました。
支えているつもりが支えられている。仲間同士の支え合いや助け合いの営みを「ピアサポート」と言います。人は人によって傷つきますが、人によって癒されもします。働きながら「人薬」で仲間に癒された私は、少しずつ自分らしさを取り戻し、前を向いて生きようと思うようになりました。仲間からたくさんの「経験の宝物」をいただき、「絆」や「つながり」を取り戻すことで、対人関係のネットワークが広がりました。やがて、見失っていた自分の夢や諦めかけていた自分らしく生きる人生を模索するようになりました。
自分が思い描いている生活や人生を取り戻そうとしていくプロセスのことを「リカバリー」と言います。わたしのリカバリーは、まさに仲間(ピア)の力で始まったのでした。
自立支援協議会という障がいのある人たちの地域生活課題を話し合う場で、障害福祉を巡る諸課題を学びました。転職後、障がいのある子どものサポートにも関わるようになりました。認知症高齢者グループホームで認知症のお年寄りと心通わせる体験を経て、NPO法人子ども・若者サポートはみんぐにめぐり逢いました。
NPO法人はみんぐで、活動の幅はさらに広がり、ひきこもり経験者としての講演依頼なども増えました。多様な支援者、ご家族、当事者との出逢い、ご縁の中で、つながりのネットワークが拡大すればするほど、心が耕され、視野が広がり、自分の人生も豊かになる感覚を経験しました。「つながり」の大切さ、依存先がたくさんあると「自立」につながることを、経験を通して学びました。
はみんぐでは、生きづらさや困難を有する子ども・若者のサポートの一環として若者の居場所「おるら」のピアスタッフをしています。障がい有無関係なく、社会とのつながりに悩む(自称)若者たちと一緒に居場所でゲームや雑談などをしているうちに、生きづらさは精神障がい者だけの課題ではないと気づきました。子ども・若者個人の問題というよりは、むしろ背景にある学校生活のしんどさが、いじめや不登校、非行・暴力につながっている側面があるように思います。ブラック労働、非正規雇用の増加等、企業が抱える構造的な課題、ライフスタイルの多様化に伴う家庭を取り巻く環境変化、少子・高齢化と貧困、母子父子家庭の増加、外国籍・LGBTQ・ヤングケアラー、前科者の子どもや施設入所の子どもの生きづらさ等…多様な社会的課題があることも見えてきました。
居場所で見かける制度の谷間のエアポケットで苦悩し喘ぐグレーゾーンの子ども・若者の姿…それは私の脳裏で地域の苦悩と重なりました。過疎化や人口減少、その一方で加速度的に進むグローバル化やIT化…ここ数十年の社会の急激な変化が地域のネットワークや人と人とのつながりを希薄化し奪ってきたのではないでしょうか?社会とのつながりにくさを感じる人々の生きづらさは、まさに地域のあり方、地域課題の写し鏡であり、不可分。密接に関連している…そう思うようになりました。
時をほぼ同じくして「ピア南信しあわせの種」(略称「ピア種」)の活動も始まりました。ピア種は長野県南部(主に上伊那地域)に住むピアサポートに興味・関心がある精神障がい当事者有志の集まりです。ピアサポートに関心のある支援者や大学の先生も一緒に活動しています。ピアサポートを通して当たり前の地域生活を送ることができるよう関連団体等とも連携して活動しています。ピア種は立ち上げ後、仲間が協力してリーフレットやホームページを作成し、佐久圏域「来い・コイの会」ピアサポーターとの交流会等のイベント企画を実施してきました。その後のコロナ禍でもオンライン読書会やおしゃべり会、3密を避けたお散歩会、運営メンバーによる手づくりのピアサポート学習会、看護学生さん向け講義・グループワークなどの活動を仲間とともにできる範囲で実施してきました。
このピア種に関わっている支援者が「地域おこし井戸端会議」という地域活動団体を主宰しています。井戸端会議では地域で近年失われつつある「絆」やご近所同士の「支え合い」を取り戻すため、さまざまなイベントを企画しています。私もその一部に参加する中で、ピアサポートの支え合い、助け合いの営みは、地域住民の支え合いや助け合いの活動とも軌を一にすると思い始めました。人生の主導権を取り戻し主体的で自分らしい生き方を模索する「リカバリー」の考え方は、地域の活性化や再生、すなわち地域の「リカバリー」にもきっと役立つと感じます。ピアサポートを応用することで、地域のリカバリーに寄与できないか…そう考えるようになりました。
コロナ禍で思うように活動できないもどかしさもありながら「地域おこし井戸端会議」では、「知る・つながる・始める」をキャッチフレーズに、宮田村の「村人テラス」を会場に、土日を中心にさまざまなイベントを毎月企画しています。
地元ミュージシャンが集う「村人アート音楽会」。精神障がい当事者も「ミュージシャン」として参加しています。音楽を通したつながり。そこに障がいの垣根はありません。地域の暮らしは、地域住民の交流を通して活性化し、交流の場が心の拠り所や豊かさにつながるように思います。手芸やリメイクを得意とする有志が企画する手づくり体験講座では「クリスマスリース作り」「こっとんクラブ」「リメイククラブ」等を行っています。当事者が講師となる講座もあります。心の健康(メンタルヘルス)は「コロナうつ」と言われるように、今やすべての人の課題です。誰もが心健やかに暮らせることを願い、地元看護師の協力で瞑想の一種「マインドフルネス体験講座」も開催しています。「青空アロマヨガ講座」や地域での対話の総量を増やすため、長野県看護大学哲学研究の先生が「哲学カフェ」を定期開催しています。また長野県看護大学の里山看護学研究との連携も模索しています。フードドライブを活用した「井戸端食堂」(子ども食堂)や「子ども向け英会話教室」等も始まりました。
多様な思いや願いを持った地域住民有志が各々の「得意」を持ち寄り、地域を活性化=リカバリーしていく試み。できることから少しずつ始動しています。
ピア種も今後村人テラスで月1回「オープンピア種」の活動を通して、当事者はもちろん、支援者、地域住民と「ピアサポート」をキーワードにつながるイベントを企画していく予定です。
仲間と出逢い地域をともに創る。ピアサポートを通した地域全体のリカバリーへ。わたしの夢は、リカバリー志向の仲間とともに誰もが自分らしく生きられる共生社会の実現へ向け広がっています。
著者プロフィール
氏名 高橋 泰宏
☆プロフィール
飯田市生まれ。駒ヶ根市在住。2007年、社会人のとき職場同僚との人間関係のトラブルから精神疾患を発症。休職、ひきこもりを経て、2012年退職。
2013年4月より上伊那圏域障がい者総合支援センターきらりあにて3年間ピアカウンセラーとして勤務。
2019年4月よりNPO法人子ども・若者サポートはみんぐで、若者の居場所「おるら」ピアスタッフ。
2020年4月より長野県ピアサポートネットワーク役員。
現在トリプルワークをしながら、当事者団体「ピア南信しあわせの種」・「味噌汁の会」・「ピアサポの部屋」メンバーとして活動中。
「地域おこし井戸端会議」の活動にも興味がある。
☆趣味
創作活動(小説、作詞・作曲、詩、短歌など)
☆好きな言葉・座右の銘・モットーなど
好きな言葉:「あなたはあなたであればいい」「そのままの君が好き」
モットー:「自分らしく生きる」