2023年映画ベストテン【邦画(新作)】
2023年は、映画に関わる仕事を始めるなど、単に映画を観るだけでなく、世の中における映画の観られ方や、映画業界の動向についても知ることのできた一年だった。
また、昨年よりもかなり忙しくなったため、見逃してしまった作品も数多くあったのは残念だった。しかし、今年も沢山良い映画と巡り逢えたと思う。
まずは、邦画(新作)のベストテンから発表する。
【2023年邦画(新作)ベストテン】
1.『PERFECT DAYS』
2.『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
3.『シン・仮面ライダー』
4.『キリエのうた』
5.『おーい!どんちゃん』
6.『658km、陽子の旅』
7.『チョコレートな人々』
8.『ほつれる』
9.『二十歳の息子』
10.『水は海に向かって流れる』
<講評>
全体として、現代で生きることの窮屈さをテーマにした作品が多くランクインしたように思う。バランスとしては、劇映画8本、ドキュメンタリー映画2本だった。
第1位に輝いた『PERFECT DAYS』は、邦画というジャンルに入れるべきかどうかはさておき、「今年観た映画」という枠組みを超えて、生涯ベスト級の映画だった。現代の東京を舞台に、役所広司とヴィム・ベンダースがタッグを組んだ作品を撮った、という時点で素晴らしい映画である事は確定していたが、想像を遥かに上回る、とても美しい映画だった。役所広司の、静かながら力強い生命力に満ちた生活の芝居と、同じように見える毎日の中の些細な変化を捉えたドキュメンタリーチックな映像を通して、人生における本物の「豊かさ」を垣間見たように思えた。ただ、本作はあくまで「THE TOKYO TOILET」という渋谷区の公共トイレ改修プロジェクトの宣伝として作られたという経緯もあり、目を背けたくなるような現実のトイレの汚いシーンは直接描かれず、また、平山の過去の葛藤を描いたシーンも、意図的に省略されていたため、全体として小綺麗にまとまり過ぎている印象も受けた。しかし、それでも、あのラストシーンの美しさは生涯忘れる事はないと思う。ベストワンに相応しい、大傑作だった。
第2位の『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は、絶対に、今年観られるべき映画のひとつだと断言できる。本作では、社会で起きる様々な出来事を、自分の問題として捉えて落ち込んでしまう、多感で優しい、繊細な人たちの姿を描いていて、特に大学生の主人公たちと同世代である自分にとっても、既視感のある映像ばかりで胸が苦しくなった。コロナ禍や戦争を経て、社会の偏見と断絶がより一層浮き彫りになった今の時代は、本作で描かれたような人たちにとって、非常に生きづらい時代になったと思う。だからこそ、そういった人たちが連帯して、本作のぬいぐるみサークルのような、お互いに干渉しない空間が今たくさん生まれていて、それは自衛の手段として非常に良いことだと思う。しかし同時に、自分の世界だけに閉じこもることで、傷つきやすさ、共感力の高さが、逆に周囲の人を攻撃する免罪符になってしまっているという現状もある。本作では、繊細な人たちが持つ危うさもしっかりと描いていて、正直でバランス感覚のある映画だと思った。この映画を象徴するような、バランス感覚を持った登場人物が、新谷ゆづみ演じる白城で、最後の白城セリフに、この映画の「やさしさ」がすべて詰まっていたように思えた。自分にとってこの映画は、この先も社会で生きていく上での「お守り」になる映画だった。これからも大切にしたい1本だ。
第3位の『シン・仮面ライダー』は、大作映画の中で唯一ランクインした作品で、『ゴジラ-1.0』や『キングダム 運命の炎』といった邦画実写大作映画と比べて、興行的には成功したとは呼べないものの、個人的にはかなり響いた作品だった。仮面ライダーのヒロイックな一面ではなく、敵を殺し、自己を犠牲にすることへの葛藤を中心に描いていて、これらの葛藤を乗り越えて、他の人を守るために仮面ライダーになることを決意した主人公の生き様に、非常に胸打たれた。また、魅力的なキャラクターが数多く登場した本作の中でも、柄本佑演じる仮面ライダー2号(一文字隼人)の朗らかな性格が非常に気持ちよく、好きになった。西野七瀬演じるハチオーグも妖艶で、これだけでも一見の価値がある作品だった。
第4位の『キリエのうた』は、思うところは多いものの、凄まじい映画としか言いようがなかった。自分にとって岩井俊二監督は、地元が同じ宮城県ということもあり、昔からずっと大好きな監督で、だからこそ、監督が自らの劇映画の中で初めて、震災を真っ向から描いたことに衝撃を受けた。しかも、これまで映画で描かれたことのない、震災の「瞬間」と、その時の人々の行動を描いていた。おそらく監督自身も、直接の明言は少ないが、相当の覚悟を持って描いたのだろう。ホームページでも事前に予告していたとのことだが、自分はそれを知らずに観てしまったので、感情がぐちゃぐちゃになり、途中からはまともに映画を観られるような心境ではなくなってしまっていた。しかし、映画全体を通して、岩井俊二監督の集大成と呼べるほどに、素晴らしい作品だったといえる。アイナ・ジ・エンドの歌唱シーンには、背筋がぞくっとするほどに魅せられ、『スワロウテイル』のcharaに次ぐ、次世代の音楽スターの登場を予感させられた。さらに、松村北斗の、しどろもどろな青年の演技のリアリティと、広瀬すずの掴みどころのないキャラクターと真面目なキャラクターの使い分けの演技の素晴らしさ、黒木華の凛とした佇まいも見ごたえがあった。そして終盤の、花とアリス』『Love Letter』を彷彿とさせるような、二人の少女が雪原の上で寝そべるシーンは、べらぼうに美しかった。岩井俊二監督の覚悟を含めて、今年屈指の傑作だったと思う。
第5位の『おーい!どんちゃん』は、今年一番心が温まった作品だった。
私の大好きな監督の一人である沖田修一監督が、自身の娘さんを主人公に、俳優仲間と共に遊びながら撮った作品で、現状では、映画館でしか観られない作品だ。一応昨年公開の作品という扱いだが、今年観たので、ランキングに入れることにした。この映画は、沖田監督にしか撮れない、奇跡のような優しさと多幸感に溢れていて、胸いっぱいに温かさが広がった。撮影期間は2014年から2017年で、撮影当初は生後半年だった赤ん坊が、徐々に成長していく様を楽しめて、幸せな家族のホームドラマを観ているようだった。登場人物たちのかみ合わない会話と、独特の間も面白く、その間に差し込まれる主人公の自由な動きが、この上なく可愛かった。幸せな気持ちになるだけでなく、子の成長という、二度と戻ることの出来ない時期への郷愁も感じさせられて、思わず大泣きしてしまった。この映画を観ることができて幸せだ。ぜひタイミングが合えば、どこかの劇場で観てほしい。
第6位の『658km、陽子の旅』は、ロードムービーとしても、東北の風土を知る映画としても素晴らしい作品だった。主人公である42歳の陽子は、東京で夢破れて、家に引きこもり、誰ともかかわらない生活を送っていたが、父の死の知らせを聞き、葬式に参加するために、ヒッチハイクで青森に行くことになる。このあらすじだけを聞くと、道中に素敵な人たちが現れて、陽子が徐々に成長していくという展開が待っているかと思いきや、陽子は、乗せてくれた人に対して感謝の素振りや、下手に出るような態度を露骨に出すこともなく、ただ淡々と、一人黙って過去の父との思い出を振り返っていた。この、無理やり成長物語に当てはめたり、陽子を好ましい人物として描こうとしない正直さが、とても好みだった。陽子の言葉足らずな感じや、愛想がなく、自分の事しか考えていない感じにいらつきはしたものの、人間くささがあって、嫌いにはならなかった。むしろ、人の優しさに当てられて、変わる方が不自然なように思えた。これは、菊地凛子が演じたからこそ成立したのだと思う。また、終盤のヒッチハイクの場面では、東北人の、言葉足らずだが、根底に温かさがある感じが描かれていて、ぐっと来た。劇的なことは起きないが、物理的な移動が、人間の喪失からの再生を促してくれるのだと思える、見事な映画だった。
第7位の『チョコレートな人々』は、愛知県豊橋市にある「久遠チョコレート」を舞台にしたドキュメンタリー映画で、代表を務める夏目浩次さんが、障害者の方やシングルペアレント、不登校経験者、性的マイノリティなど、多様な人たちが働きやすく、しっかり稼ぐことのできる職場づくりを続ける様子を描いている。この映画は、表面上の多様性ではなく、現場における多様性を実現するための試行錯誤を、上手くいかないところも含めて、正直に伝えてくれていた。この映画で特に素晴らしいと思ったのは、障害のある人たちがしっかりと「自分たちで稼ぐ」ことを目指していたところだ。法律で定められた障害者雇用率を満たすことだけを目指すのではなく、実際の働き手として、一人ひとりが力を発揮できるように、環境を工夫している点が、これからの職場づくりで見習うべき点だと思う。特に、組織を経営する人に届いてほしい作品だ。
第8位の『ほつれる』は、洗練された脚本と演出に基づいた、非常に完成度の高い傑作だった。画面の中に、張り詰めた糸のような緊張感が漂っていて、見ごたえのある劇映画だった。夫婦という関係性が、必ずしも心のつながりの深さの証明にはならず、愛せないときは、どう頑張っても愛せないし、関係性を修復することは、ある意味夢物語なのだと痛感させられた。
経済的には問題のない家庭内の不義理を描くことで、経済状況の豊かさや、社会的な肩書にかかわらず、人はどうしようもないほどに自分の事しか考えないし、それらが自分の愛を制限する理由にはならないのだと思わされた。
主人公の綿子を演じた門脇麦は、『あのこは貴族』でもそうだったが、東京のお嬢様を演じるのが非常に上手いと思う。夫役の田村健太郎の、おそらく会社では有能だが、家庭でもそのプライドを捨てきれない、侘しい男の演技も素晴らしかった。
第9位の『二十歳の息子』は、児童養護施設の子どもたちの自立を支援する団体で働くゲイの男性が、20歳の青年を一人息子として養子に迎え、家族として暮らし始める様子を描いたドキュメンタリー映画だ。
どんなことが描かれるのか、まったく想像がつかないまま観に行ったが、記号的に描かれがちな、児童養護施設の青年と、ゲイの男性という2人の実在する人間が、どのようにして生きてきて、そしてこれから、どのようにして二人で生きていくのかを、まるごと描いていた。この映画を観て、一人の人間が、ただ生きるということが、どれだけ難しいことなのかを実感させられた。そして、その難しさを知らないということが、どれだけ罪深いことなのか。自分には知り得ない世界が描かれた作品だったので、忘れないでいようと思う。
そして、最後に第10位の『水は海に向かって流れる』は、小規模ながら、胸を打たれた映画だった。元々、原作の田島列島先生の漫画が好きということもあり、期待して観に行ったところ、期待通りの面白さで、漫画の実写化としてはかなり完成度が高かったのではと思った。イメージよりは、小道具が色鮮やかすぎたり、自分が想像していたキャストとは若干違っていたが、全体を通して静かで、落ち着いた作品だったため、漫画の雰囲気を再現できていたと思う。画角や、突然のズームなど、時折ホン・サンス味を感じられたのも面白かった。広瀬すずのツンケンとした役柄や、當真あみのピュアな演技も非常に可愛らしかった。
以上、非常に長くなってしまいましたが、2023年の映画ベストテンと講評でした。次回は、体力と時間があれば洋画編もやりたいと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?