シナリオ「メイ・クラブ」
登場人物
堂島透(26)会社員
宇佐木やよい(24)家事手伝い
司会者
ツアー客たち
①喫茶店(夕)
堂島透(26)と宇佐木やよい(24)向かい合って座っている。
堂島はうつむいている。
やよい、堂島を見ている。
やよい「というわけで、私達はおしまいです」
やよい、席を立つ。
やよい「さよなら」
やよい、立ち去る。
堂島、天井を見上げ溜息を吐く。
②インサート、走る鈍行列車
堂島の声「許婚がいる、なんて、冗談だと思っていた」
③電車・社内
堂島、窓の外を眺めている。
堂島「俺は、捨てられたんだ」
堂島、携帯を取り出す。
堂島とやよいが海岸でくつろぐ写真。
堂島、首を振る。
堂島の声「もう二度と会うことはないだろう」
堂島、写真を消去する。
④鳥取県境港魚センター
にぎやかな市場。
売られている新鮮な魚、イカ、カニ。
堂島、茫然と立ち尽くしている。
堂島の前には、ラフな服装で無表情のやよいが立っている。
堂島「えっ、なんで?」
やよい「尾けてきたんですか」
堂島「違う違う! え、なんでいるの?」
やよい「友人との旅行です。一か月前から計画していました。ストーカーですか」
堂島「違うって、その、傷心旅行だよ」
やよい「そうですか、じゃあ、さようなら」
堂島「えっ」
やよい「わたしとあなたは、赤の他人ですから」
やよい、足早に立ち去る。
堂島、やよいを追おうとして、思いとどまる。
堂島の声「そう、俺達はもう分かれたんだ。やよいの幸せのためにも、忘れなくては」
堂島、自分の頬を両手で叩く。
堂島「腹、空かさないとな」
堂島、前を向いて歩き出す。
⑤インサート
ズラリと並ぶカニ料理。
⑥旅館、大広間(夜)
大勢の客が集まっている。
はっぴ姿の司会者、手に持ったベルを鳴らす。
司会「ここから30分、カニ食べ放題です!スタート!」
一斉にカニを食べ始める参加者たち。
その中に、浴衣姿で茫然とする堂島の姿がある。
堂島の視線の先には、同じく浴衣姿のやよいが座っている。
やよい、堂島を睨みながら、剥いたカニを食べる。
⑦同・中庭(夜)
やよい、腕を組んで仁王立ちしている。
やよい「完全に尾けてますよね」
堂島、慌てて取りすがる。
堂島「本当に偶然なんだって!」
やよい「わたしがカニカニ食べ放題チャレンジに申し込んだのは昨日のことです。盗聴とかしてたんですか?」
堂島「俺は一週間前から申し込んでたよ!カニカニ食べ放題チャレンジに!全然食えなかったよ!君がいたせいで!」
やよい「いいですか、私、結婚するんですよ」
堂島、言葉に詰まる。
やよい「こうして二人で話をしているのもマズいんです。金輪際、私の前には、現れないでください」
やよい、立ち去り、振り返って一礼し、そのまま去っていく。
堂島の声「浴衣姿のやよいは、可愛かった」
立ち尽くす堂島。
堂島「今日のことはしっかり覚えておこう。俺たちはもう、会うことはないのだから」
堂島、その場を立ち去る。
⑧大阪・道頓堀
にぎわう街並み。
⑨道頓堀・路上
堂島、スーツ姿でキャリーバッグを持ったまま立ち尽くしている。
やよい、ドレス姿で堂島を睨んでいる。
二人の頭上では「かに道楽」の看板の巨大なカニがうごめいている。
⑩喫茶店
やよい、コーヒーを一口飲む。
やよい「で?」
堂島、身を乗り出す。
堂島「本当に偶然なんだって!」
やよい「帰らせてください。訴訟を起こすので」
堂島「なおさら帰せないよ!出張!見れば分かるだろ!そっちこそ尾けてきたんじゃないのか!」
やよい「わたしは、許婚と会っていました」
堂島、言葉に詰まり、座り直す。
やよい、窓の外を観ながら、
やよい「1805年、フランスの詩人エミール・デシャンは、隣人のフォールギブ氏からプラムプディングをごちそうになりました」
堂島「は?」
やよい「十年後、デシャンはレストランでプラムプディングを注文しました。店員は最後の一個が今売れたところだ、いま、あの人が食べている、と一人の客を指さしました。それはフォールギブ氏でした」
堂島「何?プリン食べたいの?」
やよい「そして1832年、デシャンはあるパーティーでプラムプディングを頼みました。『これでフォールギブ氏が来れば完璧なのに』と笑いながら。すると会場のドアが開き、まさにそのフォールギブ氏が現れたそうです」
堂島「なんで年号まで覚えてるの?」
やよい「ユングの言うところのシンクロニシティです。我々はどうやら、どうやっても偶然、出会ってしまうらしい」
やよい、窓の外を指す。
かに道楽の看板。
やよい「カニのいるところで」
堂島「ロマンチックではないね」
やよい「原因さえわかれば簡単です。私は今後二度と近づきません。あなたと、カニに」
堂島「そんな極端な!」
やよい「わたしだって辛いですよ、どちらも」
やよい、席を立つ。
やよい「さようなら、あとで店を出てください」
やよい、立ち去る。
堂島「……『どちらも』?」
堂島、首をひねる。
⑪電車、車内
中づり広告。
「清純派女優・澄野カレン 大企業社長とお泊り発覚!」
「婚約者のいる社長をつまみ食い!」
など、俗な文言が並んでいる。
⑫堂島の部屋(夜)
堂島、電話をしながら室内をうろついている。
堂島「だから知らねえよ、やよいの居場所なんて。何回も電話したけどつながらないんだ。俺も大阪で会ったきりで、え、いや俺ら不倫してねえわ!やややこしすぎるだろ!訳のわからない話を聞かされただけで……」
堂島、ふと立ち止まる。
堂島「そうか、やよいを探しちゃダメなんだ」
堂島、携帯に叫ぶ。
堂島「カニだ!」
堂島、電話を切り、急いで出かける支度をする。
⑬海岸(夕)
水平線に沈む美しい夕焼け。
やよい、砂浜に体育座りして、夕日を眺めている。
堂島が歩いてきて、やよいの隣に座る。
やよい、堂島を見る。
堂島「俺を訴えた?」
やよい「いえ、まだ」
堂島「よかった、接近は禁止されてないな」
やよい、堂島から目をそらす。
やよい「どうして私がここに居ると?」
堂島「昔、来たことあっただろ。ひょっとしたらと思って。それに」
堂島、手のひらを見せる。
小さなカニが動いている。
堂島「どうやっても偶然、めぐり逢うんだろ」
やよい、堂島を見る。
やよい「このためにさっき、波打ち際をウロウロしてたんですか?」
堂島「えっ!見えてたの!」
やよい「はい。三十分ちかくウロウロ、ウロウロ、何してるんだろうとおもいました」
堂島「恥ずかしっ!間抜けじゃん俺」
やよい「婚約破棄した私のほうが間抜けです」
堂島「あー、やっぱり許せなかったんだ」
やよい「……これから、どうしましょうね」
堂島「そうだなあ、とりあえず、また偶然の話を聞かせてよ。帰りの車で」
やよい「送っていただけるんですか」
堂島、やよい、立ち上がる。
やよい「1911年、イギリスのグリーン・ベリー・ヒルで起きた殺人事件の話です」
堂島「もっとロマンチックな話ないかな」
堂島、やよい、海岸を歩いていく。
やよい「犯人は三人組だったんですが、なんと、その名前が……」
堂島が逃がしたカニ、砂浜に潜り込む。【完】
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