あなたへ

ご自由にお書きください。
と書いてあるので、ご自由に書きます。

わたしが、noteを書こうと思ったきっかけです。
わたしは専門家ではないので、ここに記すのは一個人の体験です。
それが正しいかどうかはわかりません。
見たくなかったら、見ないでください。
読みたくなったら読んでください。
途中でやめたかったら、デバイスを閉じてください。

私の親はうつ病でした。
さかのぼること、少し前の話です。
もう少しではないのかもしれない。
けれども、少し前の話です。

日に日にどこかずれていく、親の姿に違和感は覚えていた気がします。
突然、仕事に行かなくなった親の小さな背中を今でも覚えています。
「ごめんな」と謝っていた親の姿を思い出します。
親の話を盗み聞きした日のことを思い出します。
「寝なさい」と言われて、布団に入ったけど、気になって盗み聞きしていた日のことを思い出します。
あんなに泣いている、親の姿を見たのは初めてでした。
私もうつ病になるかもしれない、と布団の中で考えていたことを思い出します。
なんとか頑張ろうと思っていたことを思い出します。

けれども、親がそういった状態になってしまった時に
あなたが我慢をする必要はどこにもないです。
いつも通りのあなたでいればいいです。
苦労を掛けてしまうからといって、声を抑える必要はないです。
心は人間の中でなによりも脆く、重要なものです。
それは街ですれ違う人も友達も学校の先生も政治家も一概にいえることだと思います。
けれども人はどこかでそれを忘れます。

言葉の力は少し怖いところがあって、人は何気ない一言にとらわれ続けます。
何年も前のことを思い出し、足が動かなくなることもあります。
私は何気なく聞いた、学校の先生の言っていた言葉が突き刺さり動けませんでした。
親が言った「自分をうつ病が発症したきっかけを作った人にも家族」がいるという言葉に、「それなら私はなんなんだ」と悩んだこともありました。

あなたのことは知らないし、あなたの気持ちは1㎜たりともわかりません。
あなたのことはあなたにしかわかりません。
あなたはあなたです。
けれども、一人ではありません。

たとえ血を分かつ親でも、あなたなあなたで親は親です。
仮にそうなる要因はあったとしても、あなたはあなたでしかありません。
あなたはあなたです。
それをどうにかするのもきっとあなたです。

小さな部屋の中では、なにも見えないかもしれない。
自分ひとりだと、ふさいでしまうかもしれない。
けれども、世界は思っているより広い。
それだけは、覚えておいてほしい。
逃げたいときは逃げて、声に出したいときはなりふり構わず泣いていい。
形にならない声ならば、誰かに相談する。
きっとこの世界のどこかには、あなたの声を形にしてくれる人がいます。
いつか自分の心を形にすることができるかもしれない。
それってかなり難しいけど。
それをするのに、わたしは何年もかかりました。
あの時、身近にそういってくれる人がいればと今でも思います。
だからあなたに私が言います。
「逃げたいときは逃げて、声に出したいときはなりふり構わず泣いていい。」
時間がかかってしまうかもしれないけれども。
あなたはあなたしかいないから、どうかあなたを大事にしてほしい。

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