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地域別の休暇制度の導入について


 観光地の大きな繁閑の差を緩和するために地域別の休暇制度を導入するという案がある。具体的には、地方自治体が主導して夏休み、春休み、冬休みなどを数日減らす代わりに独自の休校日を設け児童らが休みになり、親が休校日に合わせて年次休暇を取得することにより、それぞれの家族に混雑していない観光地に訪れる機会を作る、という方策だ。東京女子大学の矢ヶ崎紀子氏の「観光需要の平準化に関する一考察〜休暇政策の変遷に焦点をあてて(2015)」によると、1年の65.5%を占める平日の1日あたりの旅行量は、その他を占める土日や三連休の1日当たりの旅行量と比べ10分の1しかない。日本では地域別の休暇制度に比する方策はほぼ取り入れられていないが、ヨーロッパなどでは導入されており、良い休暇の過ごし方を生み出している。私はその案を妥当だと考える。

 まず、地域別の休暇制度のメリットは、観光事業者や政府などの自治体にとっては繁忙日に合わせたインフラや設備投資の費用対効果が上がること、そして観光客側にとっては混雑を回避できることにより滞在の満足度が上がることだ。観光地は基本的に、道路、バスや電車、レストラン、宿、温泉など観光インフラについて土日や三連休に合わせた収容人数の設備投資を求められる。しかし、平日が1年の65.5%に当たるにも関わらず旅行量が10分の1であることから、投資を回収しづらい状況があり、多くの観光地や自治体で莫大な無駄や投資への躊躇を生み出している。また土日など以外に出掛けづらい多くの日本人は、観光地で混雑に巻き込まれる頻度が高く、また休日料金などにより相対的に高価なサービスの購買を強いられている。さらに、日本国内でインバウンド旅行者が増えたことにより、土日の混雑度はさらに上がっている。インバウンド受け入れを行えば国内の観光は良くなるという見方があるが、日本人にとってはより観光しづらい環境になっており、繁閑差による観光地の課題は棚上げされている。これらの課題に対する一つの明確な打ち手が地域別の休暇制度だ。

 その反面、地域別の休暇制度は日本には合わないという意見もある。しかし、その根拠は小さな誤解や、やや古い認識に基づいた意見が多い。例えば、日本人は休むことよりも働く方が好きである、または向いている、という認識が特に年長者や政策決定者らに見られる。しかし、レジャー白書2024速報版のアンケート結果によると反対の意識が見て取れる。2009年から2023年の間に余暇よりも仕事が生き甲斐であると答える人の割合は減り続け、仕事よりも余暇に生きがいを求める人の割合は継続して増え続けている。また、親が子どもの休校日に合わせて年次休暇を取得することは難しいという認識を強く持つ人がいる。個別にはそのような状況が見られるかもしれないが、全体としては年次休暇の取得は進んでいる。年次休暇は2023年度から日本でも5日間の取得が義務化されており、厚生労働省の令和5年就労条件総合調査の概況によると、年次休暇の取得率は2007年度の46.6%から2023年度の62.1%へと過去最高を記録している。労働現場全体として年次休暇が取りやすい環境が整備されてきている。さらに伝統的な家族の時間である正月やお盆の帰省について懸念の声があるが、こちらは典型的な誤解でGWも夏休みも年末年始も特に変更を加えるアイデアではない。このように地域別の休暇制度の導入には多くの反論や誤解があるが、概ね誤解や古い認識に基づいていると言える。

 結論としては、地域別の休暇制度を導入することは、経済的な面でも休暇の過ごし方においても大きなメリットがあり、導入に反対する意見の説得力や根拠はそれぞれが弱く、そもそも誤解に基づいているものもある。そのため導入をした方がいいと考えるが、多くの日本人は変化を嫌う傾向にあり、また制度変更によって手間が発生する個人やセクター、例えば銀行や役場などは前向きな姿勢を示さないことが見込まれる。しかし、経済的にも過ごしやすさでも日本人にとって大きなメリットをもたらす施策であるため、そのような障害を乗り越えて社会に実装する理由は十分にある。今後、休校日を設ける弊害をさらに明らかにし、年次休暇のさらなる奨励にあたっての障害も明らかにする必要がある。


参考文献
矢ヶ崎紀子(2015)『観光需要の平準化に関する一考察 : 休暇政策の変遷に焦点をあてて』
公益財団法人日本生産性本部、余暇創研(2024)『レジャー白書2024速報版詳細資料』
厚生労働省(2023)『令和5年就労条件総合調査の概況』

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