【小説】猫
2015/02/11 に執筆だって! 高校2年生だってよ。笑
文芸の雑誌用にかいたやつ!
動物の猫は出てきません。笑
確か当時、前に投稿した「蝉」と併せて動物シリーズとして書きました。
配信アプリ等での使用・改変等はご自由に。
転載・自作発言・再配布はご遠慮ください。
クレジット(瀬尾時雨)は任意です。
藍太 あいた
彌川 壮一 やかわ そういち
遊季 ゆうき
雛恵 ひなえ
――――――――――
猫
瀬尾 時雨
「わっちは気がしれないね」
藍太は雁口を叩いて灰を落とした。靉靆とした空の果てで、鈍色を追うように柚子と菫が走る街に、その音はよく響いたように思われた。
私は口を開く。
「でも、見殺しには出来ないだろう?」
「でもねぇ、彌川、あんたは甘いんだよ。どことも知れないモンを拾って、何れその首は河原にでも転がされるのさ」
「や、それでも私は彼を拾う運命なんだ」
私の首に煙管の火皿の縁で触れた彼女をやんわり退けると、私はまた酒を呷った。
いつもは飲みすぎるな、とそういう彼女は、目をやや伏せて言い捨てた。
「猫じゃないンだよ」
私は、少し酔ったふりをしてそうだなァ、と頷いた。ここへはよく通うので、彼女にはこの下手な下戸の真似はバレているだろう。藍太は息を一つ吐く。
「勝手におし。――ホントに、馬鹿気たお人だこと」
私は肩をすくめると、此処で彼女の煙管を取り上げた。
「何すんのさ」
と、一応は言ってみれど、取り返す気はないらしい。店の経営者、という体裁を守っているのだろうか。私は代わりに彼女に猪口を渡す。彼女は受け取り、それをひらひら振った。
「飲め、ってのかィ?」
「ひと口だけさ」
「わっちはこの店の主だよ」
「客などいない癖に」
そういうと、右眉を微かに顰めた藍太は、諦めて机の上に猪口を置いた。そして、不貞腐れたように正坐を崩して足を投げ出すと、私の腕に手を添える。
「ほれ、入れておくんなまし」
「主じゃなかったのかい?」
つい笑いながら尋ねると、藍太は妖艶に笑っていった。
「今はお客よ、壮一」
私は、それに素直に降参した。そして、煙管を彼女に返すと、猪口に酒を注いだ。それに彼女が満足そうに微笑んだもので、慌てて弛む頬を引き締めた。
「君が」
「わっちが?」
「君が酒を呷るのを、初めて見る」
「いやね、まだ飲んでないだろう」
気が早いよ、と藍太は軽くそっぽを向く。「そう簡単に弱みを見せると思ってるのかィ」
「もうそういう隙を見せてくれるくらい、時は来たろうに」
「わっちは主でお前さんは客だった。平行線さ」
「それは会ったことのない人だろう。私らは顔を知り合っているじゃないか」
「意地悪」
藍太が再び雁口を叩く。そして其の儘煙管を置くと、私の腕に添えていた右手で酒を呷った。彼女は聞く。
「壮一、お前さん、どうして遊季を拾ったのさ」
遊季とは、私が先日養子にした孤児だ。彼は少々髪の色が特殊で、家族に気味悪がられて捨てられた。その後、いろいろな場所を転々としていたのだと言う。しかし、先日16の齢になる頃、14の頃から懇意にしてくれていた簪屋の店主が病で死んでしまい、その店を追い出されたのだそうだ。
「あれは、いろいろと苦労している身だ。三十路まで僅かな私より、ずっと、よっぽど、酷い運命を背負ってきている。」
「もしあれがお前さんの首を狙っていたとしたら」
「それを蒸し返さないでおくれ。遊季の目を見ればわかるさ、あれはそんなことはしないよ」
「ほらまたそういう。わっちは何時だってお前さんが河原で首だけになって朽ちているんじゃないかって、気が気じゃないんだよ」
「……遊季になら、殺されても文句は言わないさ」
私は、その一言を酒を呷ることで堪えた。言うと、本当に藍太が怒ると思った。そして、何か気の利いた事を、と口を開き、結局仄か紅に染まる顔の藍太にまた酒を勧めた。
どれ程経っただろう。雲は晴れ、暮れなずみ、陽が沈むくらいの頃。急に店の扉が音を立てて開いた。ここは簡単な造りなので、私のいる最奥の座敷からでもそれが誰だかわかった。私は、その名を呼んだ。遊季、と。
「壮一、雛恵さんがそろそろ帰って来いって」
残り日に照らされて、遊季の銀色の髪が光る。みんなが忌み嫌うこの色を、綺麗だと私は思う。その場で遊季に返事をすると、藍太は座敷を下りる。私も、それに続いた。藍太はすっかり酔いもさめたみたいで、すっかりいつもの調子で言う。
「雛恵にまだ迷惑かけてるのかィ。そろそろ義妹離れすりゃあいいのに」
「そう言われると弱いな」
私は言いながら、御代より少し多めにその手に置く。その藍太の目は、遊季にある。
「――そうだね、確かにこの目には弱い。これじゃ、猫だとしてもお前さんは拾うね」
藍太の言うそれが遊季のことだと気付いたのは数瞬後。藍太と違い、私は結構酔っているらしい。藍太は続ける。
「遊季、次にこの人が昼間っから来るとき、伴ってくるといい。饅頭でも一つ、馳走しよう」
ぶっきらぼうだったが、彼女の今までの冷たさは幾分か和らいだ様だった。
遊季はうん、と頷いた。
店を出て、私が思い出し笑いをしていると、遊季が見上げてきた。私は答えた。
「いやね、藍太はお前を猫だって言ったんだけど、私には藍太の方が猫だと思えてさ」
「……藍太さんも僕も、猫なの?」
すると、遊季はぽつりと聞いてくるので私は更に笑う。
「喩えるならそうだね。気まぐれで優しくて、急につっけんどんになったかと思えば、また知らぬ間に隙を見て頬を摺り寄せてくる。こんな愛しいものは他に居ないよ」
呵呵大笑。そんな言葉をこれでもかと体現している私と繋いでいる遊季の手に力が入る。これは照れているな、と、酔ったふりの心の奥で思った。私は、遊季の真っ赤な顔に語り掛けた。
「さあ、夕餉は何だろうな」
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2015/02/11 瀬尾時雨
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