【寄稿】伊藤和子さん/「ビジネスと人権」から考える国内人権機関を日本にも
▼国連「ビジネスと人権」とは
スリランカ人女性ウィシュマさんの入管収容施設での死亡、そして人権侵犯を法務局に認定されても無視し、アイヌや女性等社会的マイノリティへの中傷や侮辱を続ける国会議員。日本の公権力は許しがたい人権侵害を繰り返し、制裁・検証・再発防止を確保する有効な仕組みは存在しません。
その一方、日本のビジネスが、弱い立場の人たちを犠牲にして利益を追求する病理的な構造も顕在化しています。ジャニーズ性加害問題は、日本のエンタメ業界のトップに君臨する人物が数十年にわたり少年たちを性的に虐待する一方、関連企業が利益のために加害を見て見ぬふりをしてきた、という極めて有害なビジネス慣行を浮かび上がらせました。その検証や被害救済は現時点に至っても到底十分とは言えません。
こうした企業を取り巻く人権状況を、昨年来日した国連「ビジネスと人権」作業部会は厳しく批判し、国連「ビジネスと人権指導原則」(以下、指導原則)に基づく改善を迫りました。指導原則は、2011年に国連人権理事会で採択され、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセス、を3本柱にしています。②は自社だけでなく取引連鎖のある関連企業も含めて、人権侵害を防止・軽減すべき責任とされ、③は様々なレベルの被害救済メカニズムの実現を求めています。世界の国と企業でこの原則が主流となる中、日本政府・日本企業もこの原則に従おうとする動きができました。しかし、その本気度が問われているのです。
▼あらゆるところに人権侵害
冒頭のジャニーズに限らず、映画界の#Me too、宝塚歌劇団でのハラスメント問題でも、民間組織で権力を得た者が人権侵害や性搾取を隠蔽し、責任をうやむやにし、十分な被害救済を迅速に実現しない傾向は共通しています。
人権侵害や搾取は、注目を集める業界だけで発生しているわけではありません。例えば、最低賃金以下で酷使される外国人技能実習生や、非正規労働者への差別的取り扱い。原発事故被災者の人権を踏みにじる東京電力の対応。職場のパワハラ、セクハラ、差別的言動の常態化は、社会に出たばかりの若者の未来を打ち砕いています。いずれも単発のアクシデントではない構造的な課題です。
理不尽に抗し、勇気を出して声を上げる人たちへのバッシングも深刻です。つい最近も、車いす利用者の女性が映画館での利用を断られた経緯をSNSで発信した結果、過酷なバッシングを受けました。日本が批准する障害者権利条約が正しく理解され、国も企業もそれに沿った政策を進めていたなら、こんなバッシングにはならないはず。みんなで足を引っ張って、みんなが生きづらくなるループにはまっていないでしょうか?
私たち一人ひとりに保障された権利を社会に根付かせ、起きた人権侵害が迅速に救済される国の政策や仕組みが求められています。
▼なぜ、日本にないの?
そんな時、日本に「なぜないの?」と声を大にして問いたいのが、国内人権機関です。1990年代初頭に国連が提唱した、政府から独立した人権擁護機関で、既に世界約120カ国で設立されています。
その役割の第1は、国が批准をした人権条約の実施を監視・推奨し、立法や行政にも提言を行なうこと。第2は、市民や企業、公務員等に広く人権の啓発・教育を行なうことです。時に権力を濫用しがちな政府と異なり、常に人権の応援団であり司令塔と言える役割を果たします。
第3の重要な役割は、人権侵害の救済です。国や行政、企業や学校等から人権侵害を受けた人の申立てを受けて独立した調査を行ない、人権侵害の有無を認定し、是正を勧告し、被害を救済する役割です。指導原則に基づき企業行動を是正し、被害救済を実現するためにも国内人権機関の役割は重要です。
日本は1990年代以降、国連の人権条約機関から何度もこの機関を創設するよう勧告されながら実現を怠ってきました。その間に、国内人権機関の活躍で人権救済が進み、人々の人権意識や政策が前進した例は世界各地にあります。
公権力やビジネスが弱者を虐げて、人々から希望を奪う悪循環を止めたい。そのためにも、世界で推奨される人権保護の仕組み、人権侵害を調査、制裁する機関を日本社会に築き上げることには大きな意味があります。私たち市民の優先課題として力を合わせて実現することが、今こそ求められていると思います。
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