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小説『今朝の出来事』(作:伊澤倫悟)
朝起きると首が痛かった。首の左側。首を左にかしげると、筋を違えたような痛みがある。恐らく寝違えたのだろう。暫くすればどうにかなるだろうと思って、とりあえずそのまま朝ご飯を食べた。食べ終わって、頭を左右に動かしてみる。痛い。首の左側の筋が伸びるように、頭を勢いよく右に傾けた。
ゴリッ。
嫌な音がした。しかしその嫌な音に反し、首の左側の痛みは感じられなくなった。良かった。たまにうまくいかないこともあるのだが、大抵はこうすれば寝違えた首も元通りになる。首が元に戻ったので、そのまま支度を続けて、学校へ向かう。初夏の気候は過ごしやすく、駅まで歩くのが少し楽しかった。電車に乗り、イヤホンをつけて音楽を流す。私の好きな曲ばかりを集めたプレイリストを聞きながら電車に揺られる。今日は月曜日のはずなのに、何だか気分もよく、思わず音楽に乗って頭を動かしかけたその時、
ズキッ。
痛い。今朝ゴリッとやったところが痛い。寝違えたところをさらに違えたようだ。消えたと思った痛みは、実は消えていなかった。それどころか、より厄介なものに変わっていた。ゴリッとやれば首の痛みが治ることもあるが、そうはいかないこともある。いや、違う。ゴリッとやってうまくいった試しなんかなかった。毎度毎度うまくいったと思い込んで後から後悔していた。今思い出した。ゴリッとやると寝違えたのを放置した時よりも痛みが消えづらくなってしまうのだ。痛い。地味に痛い。なぜ私は今までこの地味に嫌な痛みを忘れていたのだろうか。さっきまでの楽しい気分が、一気に憂鬱になった。
電車を降りて学校までの道のりを歩く。ちょうどいい具合の朝の陽ざしが気持ちよく、少しいい気分になった。左側から鳥のさえずりが聞こえてきた。何の鳴き声だろうかと左を見ると、
ズキッ。
痛い。やってしまった。気を取り直して、また歩き出す。左の方の足元にきれいな花が咲いている。何の花かよく見ようと顔をのぞかせると、
ズキッ。
痛い。ちくしょう。私はもう左側を見まいと、そのまま前を向いて歩きだした。暫く歩いていると、リュックが肩からずり落ちてきたので、左肩を軽く上げて元の位置に戻そうと、
ズキッ。
痛い。もうダメだ。どうやら私は今日の午前中、運が悪ければ夕方ごろまでこの痛みと付き合っていかなければならないようだ。こんな些細なことだけれども、何だかとっても嫌である。今朝ゴリッとやってしまったことが悔やまれる。次寝違えた時は絶対にゴリッとなんかやるものか。
しかしその決意を忘れたころ、私は再び首を寝違える。そのたびに首をゴリッとやって、そのたびに後悔する。多分私は一生、首を寝違えてはゴリッとやって後悔するのだろう。