好きな言葉について
「物は言いよう」
同じ内容でも言い方によって良くも悪くも取られる。
好きな言葉というか常にそう思う言葉だけど
好きな絵本作家さんが同じ言葉を好きだと知って
少しテンションが上がっている。
同じ意味でも伝え方が変われば印象も変わる。
神経質は、几帳面ということ。
わがままは、自分の意志を伝えられるということ。
優柔不断は、慎重だということ。
視野が狭いのは、集中力があるということ。
落ち着きがないのは、行動力があるということ。
何だって自分の良い方向に捉えて生きていけばいいと
学生の頃から思っていたかも。
仕事でもよく
「怒っても響かなくてすぐ忘れて繰り返して…」とか
「全然自分から発言できなくて、いつも静かすぎるのがちょっと…」と相談されても
「気持ちの切り替えが上手って事だから、忘れる前にこっちから確認していこう」とか
「すぐ発言しないのは頭で考えられているからだし、静かだからこそ周りの子も傍にいて落ち着くと思う」と、常にポジティブな考えに言い換えるのが癖みたいな気もする。
だって性格ってすぐ変わらないし
ずっと付き合っていくものなのに
それを嫌だなと思いながら過ごしたくない。
そしてそれは人に向ける言葉でも同じこと。
髪をバッサリ切った友達を見て
「え、長い方がよかったよー。」
とは絶対に言いたくない。
それを言われた相手はどんな気持ちになるのか。
自分だったら確実にヘコむ。
もちろん自分の好みや気持ちを伝えるのは
悪いことではないけど、それも物は言いよう。
「長いのが好きだったけど今のもいいね」
くらいで良いんじゃないかと思う。
この言葉を伝えて「相手がどう感じるか」と言うことを考えるって私にとってはとても大切なこと。
それは友達に限らず誰に対しても。
よくお店の人に向けた言葉って性格が出たりすると言われるけど、それも分かる気がする。
発言の前に相手の気持ちを考えることは
相手の気持ちを大切にしている。
逆に考えずに発言するのは「この言葉を投げてあなたがどんな気持ちになるかなんて考える必要もない」と言っているのと同じだと思う。
そして気づかないうちに相手を傷つけたり
知らないうちに敵を作ったりするんじゃないかな。
そして、相手のことを思うと
「言わないと言う決断」も大切だなと思う。
思ったとしても「これはわざわざ伝えなくていいな」と自分の心に留めておくのってかなり思いやりがいる気がする。
もちろん、モラルやマナーだけが正しいわけではなく、ズバズバ言い合える関係や思ったことを素直に伝えるのが礼儀だという考えもあるだろうし、それはそれでその人の生きてきた世界だから否定するつもりもない。みんな違うのが当たり前だから誰かの考えを否定したいとは思わない。
でも自分としては
人を傷付けず、自分は簡単に傷付かず
相手に向ける言葉を考えて
自分は良い方向に捉えて
生きていけたらいいな。
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