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パラパワーリフティングの魅力とは?歌舞伎の大向うのような掛け声が飛ぶ「自分との闘い」パワーリフト

「みうらさ~ん」「みうらー」
リオ五輪パラパワーリフティング49kg級で5位入賞を果たした三浦浩の順番が来ると、まるで歌舞伎の大向うのような掛け声が飛ぶ。

■パワーリフトが持つ独特の空気

三浦の登場時に代表されるように、12月17日に行われた第18回全日本パラパワーリフティング選手権大会は、今まで取材してきたパラスポーツとは違う独特の雰囲気が会場を覆っていた。
その空気感を今年、水泳からパワーリフティングに競技を変更した森崎可林も感じていた。
「周りの(出場)メンバーも凄く『頑張れー』とか声援を送ってくれる。(競技者同士の)チームワークが感じられる競技だなと。(以前プレーしていた)水泳はピリピリした空気感があるんです。それが悪いという訳ではなくて、パワーリフティングにも一瞬ピリピリされる選手の方もいますし。ただ、周りの(競技者の)人の声援とかは温かい」。


■パワーリフトとは?

もちろん、競技である以上、「VS」の構図や駆け引きはある。
例えば、今大会の49㎏級には、普段は54㎏級を主戦場としている加藤尊士が減量して階級変更してきた。ボクシングのように、男子十階級、女子七階級と細かく制限体重を設けられているパラパワーリフティングにおいて、階級変更は稀ではない。
加藤は三浦をベンチマークとし、第一試技(一回目)では三浦が112㎏の重さを選択したのに対し、階級変更前の自己ベストである113㎏と最初から勝負に出た。
ターゲットにされた三浦の考えはというと、「今回は肩を痛めていたので、自分のベストである135㎏に挑戦するというよりは、112㎏からスタートして、優勝できる範囲内の重さを選択することにしました」。

駆け引きに勝ったのは三浦だった。
三浦が狙い通り112㎏、さらに第二試技で117㎏と優勝ラインと予測した重さを成功させる一方で、加藤は同じ113㎏を三回とも上げられず、プレッシャーをかけられなかった。
大会後、49㎏級を制した三浦は、記者からの「これで何回目の優勝ですか?」という質問に「12年間やっている中の半分くらいだから、え~と、分かんないなぁ」と笑みを浮かべていた。

そんな国内で数えきれないくらいの優勝を手にし、かつ今大会も他を寄せ付けない強さをみせた三浦に、「(国内大会で)マンネリにならないんですか?」と問いかけてみた。

「今回でいえば、加藤君がおりてきたというの(で刺激は)はありましたけど。うん、でもね、結局は自分との闘いなんですよね。」

自分との闘い―
それが顕著にあらわれたのが、59㎏級だ。


■西崎哲男選手の凄さ

前大会チャンピオンの戸田雄也が第二試技で自身が持つ日本記録を125㎏に更新したが、その直後に西崎哲男が133㎏を上げ、その記録を大幅に上回った。
競技後、戸田は悔しそうな顔もせず、淡々と振り返った。

「西崎さんが133㎏を上げた時に『134㎏行け』という人もいたんですけど、急に10㎏も重くしてバーベルを上げられる訳ではない。狙えるのは、上げたことはないんですけど、130㎏かなということで、第三試技は130㎏にトライしました」。

この日、日本記録を138㎏まで更新した西崎は、本来は54㎏級を主戦場としている。コンディションの関係で59㎏級になったものの、今後は54㎏級で戦っていくと明言している。西崎も戸田も日本代表選手である。戸田の落ち着きを、穿った見方をすれば“西崎は59㎏級にもう来ない”という安心感から来る発言であり、だからこそ無理に西崎の記録にチャレンジしなかったとも捉えられるが、まったくの見当違いだった。

「一週間前にメキシコで行われた世界選手権に参加して、59㎏級でも140㎏を当たり前に上げられるようにしないと世界では勝てないことを痛感した。西崎さんが138㎏という記録を作ってくれたので、そこをターゲットにし、軽く抜かないと東京五輪でメダルを獲れませんから」。

どこまでも清々しく、「全員がベストを出し尽くす」という精神が根底にあるのを感じた。それこそパラパワーリフティングの魅力の一つだとも思う。
今大会、厳しいジャッジが続いたが、「ジャッジが厳しくなったというのではなく、ジャッジが世界基準になった」と選手たちは好意的に受け入れていた。


■パワーリフトの魅力

三浦の登場時のオーラがまさにそうだ。試合後、インタビュアーに「自信がありそうな雰囲気でしたけど」と訊かれたように、胸に手を当てながらスタンドを指さして、ゆっくりと車いすを進める姿は、メジャーリーガーの四番バッターのようだった。

■三浦はライブスタッフとして長渕剛氏と21年間仕事をしていたことで染みついたエンターテインメント性が抜群
「一本目は誰がどこにいるのかを何となくみて、あとは応援の声が聞こえた所に、出ていく時に素振りするというか。見に来てくれた人たちへのお礼ですね。そこに、自分を奮い立たせるということもあります」。(三浦)
鼓舞する声が飛び、競技者も反応する。競技者がベッドに寝て、バーベルを手にしてからは、会場全体が成功を祈る。
バーベルを上げるのは一瞬だが、その瞬間に今までの練習と全ての技術が籠められる。
バーベルをラックから下ろす時の腕の位置はポイントだし、バーベルを胸まで下ろす時のスピードが速いと、胸で跳ねたり、揺れたりしてしまい『NoLIFT(失敗)』になってしまう。また、下ろしたバーベルを上げて止めるためには、ベンチプレスの肝である上半身のパワーが必要になる。
ただただベッドに寝てベンチプレスを行うというシンプルな競技だが、シンプルだからこそ一つのミスで『NoLIFT(失敗)』となってしまう。それを競技者も体感しているからこそ、『GoodLIFT(成功)』の時に満面の笑みを浮かべる。
大会後、「バーベルが上がった時の気持ちってどんな感じですか?」と選手たちに尋ね回った。

「バーベルが上がった時は、すぐに判定を見て、『GoodLIFT(成功)』だったら、『やったー』って感じですね。」

喜びを噛み締めてもらうためにも、『GoodLIFT(成功)』の時は会場全体で大きな拍手を送りたい。(sports.nhk.or.jp/paralympicより)

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