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嘘をつくこと

僕は今日嘘をついた。
といっても小さいものでこれを書くまで覚えていなかった。
僕はやることがないとき、自分の性格を他人の立場になって考えることがある。そんな時僕は嘘をついていると必ず思う。

嘘といっても誰かを騙したり不快にさせるためではない。相手を傷つけたくない時、雰囲気を壊したくない時、僕は嘘をつくことがある、
話を盛ることとも違うのだが、根本的な原因は見栄っ張りという僕の性格にも絡まっている


noteの下書きを漁っていたら出てきた1番古い記録が上の文章でした。2021年の僕が当時、何を考えていたかほとんど覚えていませんが、こうやって形に残っているものを見るとぼんやりと思い出せます。

他人との接し方で悩んでいました。兄がいることで年上の人と昔から話す機会が多かったし、友達や知り合いはたくさんいた方がいいと思っていたので中高の頃は愛想良く振る舞うのが得意でした。心の距離感を合わせることが上手だったというか、あまりコミュニケーションに悩んだことがありませんでした。

相手に合わせようとすること、話が詰まったら何とかしようと盛り上げること。一人でいる時、他人と接している時の違いにだんだん違和感を覚えたのが高校三年の頃でした。広く浅く、人間関係を作ることの代償は人や環境によってコロコロ変わる言葉と見失った自分の軸でした。それを嘘という言葉で何とか表したかった気がします。

3年経った今、失ったものもあるし得たものもあります。けど確かなのは自分自身のあり方に対して悩みは無くなったということです。人間関係に対する考え方も変わり、嘘をついている感覚も無くなりました。社交性や寛容さは減りました。けど口に出す言葉の重みと自分の軸の大切さを知ることが出来ました。

人は変わる。良くも悪くも、時間が経てば経つほど。
性格が真逆になることも有り得るんだなとこれを書きながら実感します。

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