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『奪う夜』 #短編小説

 僕と彼女は真っ白で小さな部屋の中で寝転んでいる。窓から差しこむ月色が漂ってはいるが、薄暗く何もかもの輪郭がぼやけている。耳をすましても、彼女の微かな息遣い以外は何も聞こえない。沈黙はかれこれ小一時間続いている。

 別に話題がないわけではない。ただそんな作り出した言葉など、浮かび上がって部屋の白壁に吸い込まれてしまう。そんな予感がしていたのだ。

 「ねえ、お話をしましょう」

 そんな彼女の言葉で、ハッと意識を取り戻した。僕の横に寝転んでいる彼女の顔ぞ覗き込んだ。理知的な顔立ちの上にうっすらと笑みを浮かべている。

 「もし私が過去に取り返しのつかない罪を犯していたとしても、一緒にいてくれるかしら?」

 彼女は凛とした口調で問いかけてきた。

 「うん、もちろん一緒にいるよ。」

 僕は答える。

 「じゃあ明日私がナイフを持って外に出かけようとしたらあなたはどうする」

 「もちろん止めるよ。」

 「それって矛盾してないかしら。」

 一瞬心臓が止まったように感じた。彼女は冷静に僕を見つめている。

 「なぜ昔の罪は許せるのに、未来の罪を許してはくれないのかしら。やっている行為も、動機も全く同質のものだと思うのだけれども。」

 曖昧な部屋の中で、彼女の言葉だけがはっきりとした鋭さを持って僕に刺さる。

 「さあ、わからないけど吐き出た思いをそのまま言葉にしているだけだよ。」

 僕は一呼吸おいて、次の言葉が紡がれるのを待った。

 「動機って何なんだい?」

 「許せないのよ。」

 空気が張り詰めた。今にも割れてしまいそうだ。

 「そうか。そうなんだね。でも、君が許せないと思うものは、きっと僕も許せないと思うよ。」

 僕の心は少しだけ揺れ動いていた。紡がれた言葉が部屋に溶けてしまわないか、少し不安だったのかもしれない。

 「なぜそう言い切れるのかしら。」

 彼女は呟いた。そのつぶやきはびっくりするくらい脆かった。

 「分からないよ。」

 「そう。」

 僕は気付いたら泣いていた。そんな僕を彼女はそっと抱きしめてくれた。

 「夜を利用してごめんなさい。そして、ありがとう。」

 彼女はそう呟いた後、再び口を閉ざしそっぽを向いてしまった。再び部屋に沈黙が訪れた。

 僕はずっと彼女の後ろ姿を見つめていた。少しだけ、彼女の肩が揺れているような、そんな気がした。

 部屋の輪郭が少しずつ鮮明になっていった。突然、沈黙を破るように彼女は振り向いてこう言った。

 「朝が来たら、目玉焼きを作ろうと思うわ。」

 相変わらず理性的な顔立ちではあったが、とても穏やかな微笑を浮かべていた。

 「楽しみにしているよ。」

 窓からは朝日が差し込んで来た。世界は再び鮮やかさを取り戻したようだ。


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