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ジェレミー・ドク――“爆発力”を秘めたシティの未来

マンチェスター・シティに所属する個々の選手の生い立ちやそのキャリアを紹介する連載記事City Stories。第16回は、ジェレミー・ドク。そのスピードとテクニックで相手ディフェンスを切り裂く彼がここまで歩んできた道のりとは。


原石が輝き始めた瞬間

ジェレミー・ドクは2002年5月27日、ベルギーのアントワープで生まれた。両親はガーナにルーツを持ち、アフリカ系の血を引く彼は幼い頃から卓越した身体能力を誇っていた。ドク一家は彼が幼い頃にアントワープからブリュッセル近郊のヘムベークへと移住。そこで彼はストリートサッカーを通じて、持ち前のスピードとテクニックを磨いていった。

サッカーとの出会いは自然なものだった。幼い頃からボールを持つと周囲を圧倒し、その俊敏性と爆発的な加速力は周りの子どもたちとは一線を画していた。地元のクラブでプレーしていた彼はすぐにその才能を評価され、10歳でベルギー屈指の名門アンデルレヒトの下部組織にスカウトされる。

アンデルレヒトのアカデミーに入ると、彼の成長はさらに加速した。もともと速さには自信があったが、クラブの指導者たちは彼の技術的な部分も磨き上げ、ドリブルの精度や判断力を向上させた。特に1対1の状況では誰にも止められず、試合では常に違いを生み出す存在だった。その圧倒的なパフォーマンスから、ベルギー国内では「次世代のエデン・アザール」とも称されるようになる。

10代になると、彼の名前はベルギー国内だけでなく、ヨーロッパのスカウトたちの間でも注目されるようになった。特にリヴァプールをはじめとするプレミアリーグのクラブは早くから彼に関心を示し、15歳の時には実際にリヴァプールのトレーニング施設に招待されるほどだった。しかし、ドクの家族は焦ることなく、アンデルレヒトでの成長を優先させた。この決断が、彼をベルギーリーグ屈指の若手選手へと押し上げる大きな転機となった。

若くして圧倒的なスピードとドリブル技術を備えたドクは、まさにアンデルレヒトが誇る「原石」だった。そして、その才能が世界に認められる日は、そう遠くはなかった。

スピードスターの進化の"軌跡”

アンデルレヒト ーーベルギーの神童、"衝撃の台頭”

ドクはアンデルレヒトのアカデミーで着実に成長し、2018年、わずか16歳でトップチームデビューを果たした。驚異的なスピードとドリブル技術を武器に、ピッチに立つだけで観客を魅了する存在となった。

2019-20シーズンから出場機会を増やし、公式戦34試合に出場。まだ荒削りながらも、その圧倒的なスプリントと仕掛けの姿勢は明らかに並の若手とは一線を画していた。特にカウンター時の推進力は抜群で、1対1の局面では相手を簡単に置き去りにする能力を見せつけた。アンデルレヒトは低迷期にあったが、ドクのプレーには確かな希望があった。

そして2020年、さらなる飛躍を求めてフランス・リーグ1のスタッド・レンヌへ移籍することを決断。ベルギー国内で「最もエキサイティングな才能」と評された彼は、新天地でさらなる進化を遂げることとなる。

レンヌ ーー“才能の開花、リーグ1屈指のドリブラーへ”

2020年10月、レンヌはドクの獲得に約2600万ユーロ(当時のクラブ史上最高額)を投じた。18歳の若さでフランスのトップリーグに挑戦することになったが、彼はその期待に見事に応えた。

1年目からスタメンとして起用され、持ち前のスピードと突破力を武器にリーグ1のディフェンダーたちを翻弄。2020-21シーズンは公式戦37試合に出場し、4ゴール8アシストを記録。特にドリブル成功数はリーグトップクラスで、ヨーロッパでも屈指のドリブラーとして認知されるようになった。

2年目の2021-22シーズンは度重なる負傷に悩まされ、思うようなシーズンを送れなかったが、復帰後は相変わらずの突破力を発揮。レンヌの攻撃のキーマンとしてプレーし続けた。2022-23シーズンにはコンディションを取り戻し、リーグ1で躍動。彼の爆発的なドリブルとダイナミックなプレースタイルは、ついに世界のトップクラブの関心を集めるまでに至った。

そして2023年夏、イングランドの王者マンチェスター・シティが彼の獲得に乗り出す。ペップ・グアルディオラの指導のもと、ドクの才能がさらに開花することが期待された。

マンチェスター・シティ ーー“スピードと技術が融合する新たな次元へ”

2023年8月、マンチェスター・シティはレンヌからドクを獲得。移籍金は約5500万ポンドと報じられ、シティの攻撃陣に新たなスピードスターが加わった。ペップ・グアルディオラは彼を「1対1で違いを生み出せる選手」と評価し、即戦力として計算していた。

加入直後からシティの攻撃に変化をもたらし、特に左サイドでの突破力はチームに新たな武器を提供した。プレミアリーグ屈指のフィジカルと戦術理解を求められる環境にもすぐに適応し、2023-24シーズンの序盤からスタメンに定着。アーリング・ハーランドやフィル・フォーデンとの連携も徐々に深まり、縦への推進力だけでなく、パスワークやプレーの選択肢も向上していった。

特に2023年11月のボーンマス戦では、1ゴール4アシストの大暴れを見せ、“プレミアリーグの新たなドリブルキング”として注目を集めた。また、チェルシー戦やリヴァプール戦などのビッグマッチでも積極的な仕掛けを見せ、ペップのサッカーに適応するための成長を続けている。

2024-25シーズンに入ってからもコンスタントにチームに貢献しており、プレミアリーグやチャンピオンズリーグの舞台でその実力を証明し続けている。スピードとテクニックに磨きをかけ、より完成度の高いウインガーへと進化しようとしているドク。マンチェスター・シティでの未来は明るく、今後のさらなる飛躍が期待されている。

ベルギーの新時代を切り拓く翼

EURO2020 ーー“ブレイクスルー"の大会

ジェレミー・ドクがベルギー代表で本格的に注目を浴びたのは、EURO2020だった。当時19歳と若く、ロベルト・マルティネス率いるチームにおいては経験豊富な選手たちが揃う中、ドクのスピードとドリブルは新たな武器となることが期待されていた。

開幕からの2試合は共にベンチで過ごすも決勝トーナメント進出を決め臨んだグループリーグ最終節のフィンランド戦にスタメン出場を果たすと、その突破力でフィンランド守備陣を破壊し、アピールに成功する。さらに準々決勝のイタリア戦では、エデン・アザールの負傷により急遽先発。ベルギーが1-2で敗れたものの、ドクは終始イタリア守備陣を脅かし、チーム最多のドリブル成功数を記録。PK獲得にもつながる突破力を見せ、世界中のファンにその才能を印象付けた。

この大会での活躍により、ドクは「ポスト・アザール」としての期待を背負うこととなる。ベルギー代表の次世代を担う存在として、今後の活躍が期待されるようになった。

カタールワールドカップーー苦しみの中で見せた"閃光”

ベルギー代表は黄金世代の集大成として臨んだカタールワールドカップだったが、グループリーグ敗退という厳しい結果に終わった。ドク自身も、チーム内での序列が確立されておらず、グループステージ最終節での途中出場のみの起用となった。

しかし、そのクロアチア戦では途中出場ながらもチームに推進力をもたらし、ドリブルで再三チャンスを作った。ベルギーはゴールを奪えずに0-0の引き分けに終わり、無念の敗退となったが、ドクのプレーには未来を感じさせるものがあった。大会を通じての出場時間は限られていたものの、持ち前の突破力は健在で、世代交代を進めるベルギー代表において今後のキーマンになり得る存在であることを証明した。

EURO2024──新たな”エース”への道あ

EURO2024は、ベルギー代表にとって「世代交代の遅れ」という課題を突きつけた大会となった。前回大会までエデン・アザールが担っていた攻撃の中心の座は、今大会からジェレミー・ドクに託された。シティでの成長を経て迎えた本大会、彼には単なる突破役ではなく、攻撃の柱としての役割が求められていた。

しかし、ベルギーはグループステージをなんとか突破したものの、決勝トーナメント1回戦でフランスに0-1で敗れ、早々に大会を去ることとなった。ドクは全4試合にスタメン出場し、持ち前のドリブルで局面を打開する場面もあったが、決定的な結果を残すことはできなかった。ベルギーの攻撃が単調になりがちな中で、ドクのスピードと推進力は確かにチームに勢いをもたらしたものの、それを勝利へと結びつけるには至らなかった。

この結果は、ベルギーが本格的な世代交代に直面していることを改めて示した。EURO2024後、多くのベテラン選手が代表引退を決断し、チームは再編を迫られている。その中で、ドクは今後のベルギー代表を牽引する存在としての役割を期待されている。これまでの「攻撃の起点」という立場から、「勝利をもたらすエース」へと進化できるかどうか──その成長がベルギー代表の未来を左右することになるだろう。

スピードスターを支える"家族の絆”

ジェレミー・ドクのプレーを見れば、その爆発的なスピードや切れ味鋭いドリブルに目を奪われるが、その裏には家族の強い支えと、彼自身の揺るぎない信念がある。

ドクは2002年5月27日、ベルギーのアントワープに生まれた。両親はガーナ出身で、ベルギーに移住し新たな生活を築いた。父のデヴィッド・ドクと母のベアトリス・ドクは、息子の才能を幼い頃から感じ取り、彼がサッカーを続けられるよう全力でサポートした。特に父デヴィッドは、ドクのキャリアにおいて大きな役割を果たしている。

幼少期、ドクはアンデルレヒトのアカデミーで育ち、多くのビッグクラブから注目される存在になった。14歳の頃には、リバプールやアーセナルといったヨーロッパの名門クラブが彼の獲得に動いていた。しかし、彼の家族は「まずはベルギー国内でしっかりと成長し、トップレベルの経験を積むべきだ」と考え、安易に国外移籍することを選ばなかった。この決断が結果的にドクのキャリアを大きく飛躍させることとなる。

ドクはピッチ上では圧倒的なスピードとテクニックで相手を翻弄するが、ピッチを離れれば非常に謙虚で礼儀正しい青年である。彼のチームメイトや指導者たちは、ドクの勤勉さと向上心を高く評価している。

レンヌ時代の監督だったブルーノ・ジェネシオは、彼について「ジェレミーは試合だけでなく、日々のトレーニングにおいても全力を尽くす選手だ。自分の弱点を理解し、それを克服しようとする姿勢が素晴らしい」と語っている。また、マンチェスター・シティ加入後も、グアルディオラの要求する戦術理解に素早く適応しようと努力し、周囲の評価を高めている。

彼の性格を象徴するエピソードとして、ある記者が「あなたにとって一番大切なものは?」と尋ねた際、彼は「家族」と即答したことが挙げられる。成功を収めた今でも、彼にとって家族の存在が何よりも大きく、彼を支え続けている。

ドクには兄のジェフ・ドクがおり、幼い頃から一緒にサッカーをして育った。ジェフもまたサッカー選手としてのキャリアを歩んでいたが、ジェレミーほどの成功には恵まれなかった。しかし、ジェフは自身の経験を活かして弟をサポートし、精神的な支えとなっている。

兄ジェフは過去のインタビューで「ジェレミーがここまで来るのは当然だと思っていた。彼の努力は誰よりも見てきたし、これからもっと大きな選手になると信じている」と語っている。ドク自身も「兄がいたからこそ、今の自分がある。彼の助言や励ましが、常に自分を奮い立たせてくれる」と感謝の気持ちを述べている。

ドクは成功を収めた今でも、家族や故郷への恩返しを忘れていない。彼は幼少期に育った地域の子どもたちに対し、サッカー用品を寄付したり、チャリティー活動に積極的に関わったりしている。特に自身がガーナ系のルーツを持つことから、アフリカの子どもたちを支援する活動にも興味を持ち始めているという。

彼のこれまでの人生は、才能だけでなく、家族の支えと謙虚な努力の積み重ねによって形作られてきた。ピッチ上で見せる爆発的なプレーの裏には、彼を支える家族の愛と、彼自身の真摯な姿勢がある。

代表とクラブで求められる更なる進化

EURO2024での結果を受け、ベルギー代表は世代交代の必要性を突きつけられた。アザール、デ・ブライネ、ルカクといった黄金世代が第一線を退きつつある中、次世代の選手たちが中心となるチーム作りが不可欠だ。その中でジェレミー・ドクは、単なる攻撃の起点にとどまらず、試合を決定づける「エース」としての役割を求められるようになる。

現時点でのドクは、スピードとドリブル突破を武器に相手守備陣を切り裂くアタッカーだ。しかし、ベルギー代表が次のステージへ進むためには、彼が「チャンスメイカー」から「フィニッシャー」へと進化する必要がある。得点力を高め、試合を決定づけるプレーを増やすことが、代表チームにおける彼の今後の課題となる。

そのためには、クラブレベルでの成長が欠かせない。ドクは2023-24シーズンにマンチェスター・シティへ移籍し、ペップ・グアルディオラのもとでプレーの幅を広げる機会を得た。シティでは、個の力だけでなく、チームとしての連携やポゼッションの中での役割理解が求められる。実際、彼はシーズンを通じて成長を見せたものの、スタメン定着にはまだ時間を要している。

来季以降、クラブでの競争に勝ち抜き、ゴール・アシストの数字を残すことで、彼の評価はさらに高まるだろう。シティでの経験を通じて、ドクがより多くのゴールを決め、試合を決定づける存在へと成長すれば、その影響はベルギー代表にも波及する。2026年のワールドカップへ向けて、彼が「ベルギーの未来を背負うエース」としての地位を確立できるかどうか──それが今後のキャリアの分岐点となる。

クラブと代表、双方で求められるのは「結果を残せる選手」への進化だ。ドクがこの期待に応えられるかどうか、それがベルギー代表の未来、そして彼自身のキャリアの鍵を握っている。

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