「モッズ」とは何か?音楽、ファッション、ライフスタイルからその精神性を考える
TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。
このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。
「モッズ」とは何か?音楽、ファッション、ライフスタイルからその精神性を考える
「モッズ」とはなにか?
7月1日の特集テーマが「60年代UKロック」なんですが、この時代のイギリスの音楽シーンを語る上で避けて通れないのが「モッズ」と呼ばれる若者文化です。モッズコートというファッションの定番アイテムがありますけど、
モッズカルチャーというのは音楽だけじゃないファッションも含めた
ムーブメントです。
まず、「モッズとは何か」。
一般的な定義としては、50年代終わりから60年代半ばにかけてイギリスの
都市部で流行した若者文化、ライフスタイルのことを指します。
音楽や洋服はもちろんのこと、髪型、バイクやクラブ遊びに至るまでを
ひっくるめたユースカルチャーの総称ですね。
モッズを語る前にまず考えてみたいのは当時のイギリスの社会情勢です。
第二次大戦が終わり、イギリスに限らずですけど経済成長があります。
戦争が終わって平和が訪れると国が豊かになって、国民の所得がどんどん
増えてゆく。敗戦国で焼け野原からのスタートだった日本と違って、
イギリスの場合は50年代には既に高度経済成長期が到来していました。
50年代のイギリス、高度経済成長と「テッズ」
国が豊かになると、若者はお洒落し始めます。まず50年代にイギリスで流行ったのが、テディ・スタイルと呼ばれるもの。これは20世紀初頭のイギリス国王エドワード七世のスタイルを真似たもので、具体的にはエドワード7世が好んで着た、丈の長い、膝くらいまでの長さの独特なジャケットをめかし込んでオシャレしたんですね。
エドワード7世は世界で最初のファッションリーダーと呼ばれた人で、彼のニックネームがテディだったので若者たちのことをテディボーイズ…
略して「テッズ」なんて呼びます。
モッズが誕生する前のテッズ。どんな音楽に夢中になっていたかというと、当時アメリカではロックが大流行していて、もちろんそれがイギリスにも
輸入されて若者の間で流行ってはいたんですが、当時のイギリスって若者
たちが「エレキ楽器やドラムセットを気軽に買えるほど」にはまだ豊かではなかったんですね。ロックやってみたいけど楽器が買えない。
そこで彼らはどうしたか?
アコギと洗濯板とゴミ箱とか、身の回りにある楽器を使ってロックバンドの真似事をした。「ありもの」の日用品で奏でるロックンロールのことを
イギリスではスキッフルと呼びました。
実はこの日用品で音楽をやるっていうのは、彼らの発明ではありません。1900年代初頭にアメリカ南部でジャズが生まれた頃、黒人労働者たちも
お金がなくて楽器が買えませんでしたから、洗濯板とかゴミ箱とかを打ち鳴らしてジャズやブルースを奏でたんですね。
それをジャグバンドというんですけど。イギリスの若者たちはここにヒントを得たわけです。
一体何故当時のイギリスの若者がそんな古い文化を知っていたかというと、実はイギリスでは戦後1950年代に入ってもアメリカのこういう初期のジャズっていうのは根強い人気で非常によく聴かれていたんです。
本国アメリカでは既にモダンジャズというアドリブの芸術性を競う新しい
ジャズが主流になってましたけど、イギリスにはまだ入って来ていなくて、もっと古いスウィングジャズとかディキシーランドジャズが一般的に好んで聴かれていたんですね。
で、若者たちがロックをやるにあたって、この古いディキシーランドの
ジャグバンドの楽器構成を真似たんです。お金かけずに音楽をやれるゾってことで、これが若者の間に大流行するんですね。
THE BEATLESのメンバーだって、もともとはこのスキッフルをやっていた。
徴兵制が廃止になった60年代。若者は自由に。
60年代に差し掛かるとイギリスの若者たちにとって大事件が起こります。
それは徴兵制の廃止です。もう兵隊さんに取られなくてすむことになった。さらに、分割払いという決済方法が普及します。
つまり、若者がますます時間とお金を好き放題使えるようになる。
そんな中で流行に敏感な一部の層がまず夢中になったのはイタリアスタイルのタイトなスーツです。50年代に丈の長〜いジャケットが散々流行ったその反動で、今度はめちゃくちゃ丈の短いぴったりサイズのジャケットと、
ツンツルテンの丈短めのスラックスが流行り始めたんですね。
今も昔もファッションの流行りって必ず揺り戻しがありますよね。
で、音楽に関しても、彼らはそれまでイギリスで一般的に聴かれていた
古い伝統的なジャズではなく、アメリカの最新のジャズであるモダンジャズを聴き始めます。モダンジャズっていうのはつまり、Charlie ParkerとかMiles Davisとか、アドリブの芸術性で魅せるジャズですね。
そもそもタイトなイタリアンルックなスーツに関しても、当時アメリカの
モダンジャズやってるジャズマンっていうのがこぞってタイトなスーツを
着こなしてましたから、それに憧れてモダンジャズ経由で火がついた可能性もあります。
モダンジャズを聴いているモダニストが「モッズ」
で、モダンジャズを聴き始めた彼らはそれまでイギリス国内で流行っていた時代遅れのトラッドジャズに対して、自分たちは最新のイタリアンルックに身を包んで最新のモダンジャズを聴いている。
我々はモダニスト、つまり現代人である、と。そうしてモダニストを縮めてモッド。その複数形で、我々は「モッズ」だと名乗り始めるわけです。
これが1950年代の終わりから1960年代初頭の話です。
とにかくモッズたちは他のイギリス人とは違うクールなことをしたい、
その一心で生きていた人たち。イタリアやフランスの最新ファッションに
身を包みオシャレなカフェでお茶して…今で言うところのインスタ映えする人生を送りたいっていう。仲間からのイイネが欲しいから二日続けて同じ
服着るなんて絶対ダメなわけ。
ブティックからカフェからクラブへハシゴするにしても、なるべくオシャレにスタイリッシュに移動したい。そこで彼らが目をつけたのが、カラフルなイタリア製のスクーター。ヴェスパとか、ランブレッタですね。
でも、スクーターで移動すると大切なスーツが汚れちゃいますよね?
それにイギリスは冬寒いし。じゃあどうする?ということで、アメリカ軍払い下げのミリタリーコートを着始めた。
ミリタリーコートがファッションアイテムになった瞬間です。
だから今でもM51とかM65のことをモッズコートって呼ぶんですね。
まだ誰も知らない音楽を追い求めたのがモッズ
で、音楽に関しても、彼らは人と同じはイヤです。さっき言ったように
ジャズを聴くならイギリスでは誰も聴いていない最新のモダンジャズだし、ロックンロール聴くなら、Elvis PresleyやBuddy Hollyではなくその元ネタである本物の黒人のリズムアンドブルースを聴きたい。
まだ誰も知らないこのレコードを俺は知っている!っていうのがモッズに
とっては重要なんです。
クラスに一人や二人はいたでしょう「スピッツの新曲聴いた?」みたいな
話題で盛り上がってるときに「いや、俺洋楽しか聴かないから」みたいな
ノリのやつ。スノッブな、感じ悪いやついたじゃないですか。
まぁ僕なんですけど…モッズってアティチュードとしてはまさにあれです。
こういうスノビズムって、まぁ友達付き合いするなら面倒臭くてウザいかもしれないけど、でも、彼らのこの「とにかく誰も知らないレアなレコードを手に入れたい!」という逆張りマインドがあったからこそ、知られざるアメリカの黒人アーティストの曲、あるいはイギリス領の植民地だったトリニダード・トバゴの音楽であるカリプソ。あるいは同じくイギリス領だったジャマイカの音楽であるスカ、こういうものを我先にと掘り起こして何の偏見もなく彼らは愛して広めていきました。
世界中の人々がアフロ系の音楽文化の素晴らしさに気付くきっかけを彼らは図らずも作ったわけですね。
モッズがいなかったら、こういった音楽文化が正当に評価されるまでに
もっともっと時間がかかっていたことは間違いありません。
人と違うを追い求めた結果、大衆文化に成り下がってしまう
でも、人とは違うことをしたい!というモチベーションに突き動かされて
生まれたモッズカルチャーは広がれば広がるほど自己矛盾を抱え始めます。人と違うものを狙い続けた結果、同じカッコした奴が量産されることになっちゃったんですよ。揃いも揃って同じようなタイトなスーツ、同じ髪型、
同じスクーター、同じミリタリーコート。
今もファッションの世界でありませんか?特にストリート系のブランドで、火のつき始めはものすごくカッコいいんだけど、いつの間にかそれが流行りすぎて、テレビで紹介されてみんなが着始めるともう逆にめちゃくちゃダサく感じ始めるみたいな。
だから、実はモッズって1960年代半ばにモッズの格好をしたバンドが次々に登場し始めた時点ではもう既に終わったカルチャーだったんです。
世間的には花盛りと思われがちなThe WhoとかSmall Facesが売れ始めた頃には実はもう既に商業的に消費されるモードに入っていた。本来モッズが一番嫌うはずの大衆文化に成り下がり始めてしまっていたんです。
ここらへんはまぁ若者文化の常ですよね。
なので、モッズって世の中一般の定義としてはタイトなスーツを着てミリタリーコート羽織ってオシャレなスクーターに乗ってR&BやJazzを愛聴する
イギリスの若者っていうことになると思うんですけど、本当の意味でのモッズって言うのは、コマーシャリズムを嫌い、人と違うことこそに価値を見出して、生活の細部に自分のこだわりを持つと言うその精神性のことを指すんじゃないかなと僕は思います。
さぁ、今日お聴きいただくのはモッズがまだ商品化される前の本当のモッズだったころ、1960年代前半にオリジナル・モッズたちが夜な夜なクラブで
熱狂したイギリス人オルガン奏者、Zoot Moneyの66年のライヴ音源をお聴きいただきます。
ちなみに冒頭でバンドを紹介してるのはこの日ライヴを聴きに来ていた
名オルガン奏者Brian Augerです。
Zoot Money’s Big Roll Bandで「Chauffeur」(1966)
youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。
金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。